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帝歴284年・春 08話

2022年11月11日、一部文章を修正しました。

 えい、やー、とーと響く道場、僕は三回生の三人組に稽古をつけていた。

「マリ君、剣先はもう少し下げて」

「ラフェル君、足さばきはスッスッとやる、ペタペタ歩かない」

「パティ君、打込みは鋭く!」

と僕は思った以上に大きな声を出して指導してる。

 僕のキャラじゃないが、素直な彼女たちを見ていると指導にも熱が入る。

「せんせー、アンジェせんせー、友達連れてきたー」

 道場にジェイリーたちが入ってきた。

「おぉ、来てくれたんだ。みんな止め、集合!」


「剣闘術を選んだ三人だ」

と、ジョルジェとジェイリー、そしてミノンを紹介した。

「なおジェイリー君とジョルジェ君は経験者だったな、あとミノンは……」

 僕は目で合図を送るとジェイリーは少し溜めて「でかい!」と言った。

 ミノンは顔を真っ赤にして背を丸めて俯く。


「てかミノンだよねぇ!」

 防面を外したラフェルを見て抱き着く。

「え? ラフェルンだよね!? わー、ちっちゃー!」

「ちっちゃい言うな! あんたがでかいだけ!」

「きゅう……」


 ミノンって子は背が高い、たぶん僕と同じぐらいだろう。

 十二歳って年齢を考えたらまだ成長するかもしれないが、反応を見ると本人を前に背丈の話は控えたほうがよさそうだ。

「で、ミノンはなんで剣闘術しようと思ったの?」

 ラフェルが訊く、「ひょっとして私に憧れた?」と。


「……えっとね、ママが、あんた猫背だから、ちゃんとしなさいって……」

 剣闘術を習うと背筋が伸びるし姿勢も良くなるとは聞く。

 僕も始める前は猫背だったけど今では改善された、ただ背も伸びたが。


「ジョルジェ君も剣闘術やってたんだな」

 僕が訊くと彼女は顔を赤くして激しく頷き口をぱくぱくさせていた。

 きっと言葉が紡げないんだろうか、慌てなくていいから一緒に頑張ろうと言うと、再び激しく頷く。

「さて稽古だ。ジェイリー君とジョルジュ君、ミノンに道着の着方や防具の付け方教えてやってくれ」

「はーい! ジョルジュとミノンいくよー」

と、三人は更衣室へ向かった。



「で、僕らはついに試合に出られるな」

 そう僕は言ったのだが、このシュトレーメにどんな大会があるか実は知らない。

 キュリルに相談して練習試合を組んでくれそうなところを探そうか。

「試合ってことは、勝つんですか?」

とラフェルが僕に訊く。

 まさかわざわざ負けに赴くやつはおらんだろ? と応えておいた。

「練習して一つでも勝てるよう、一本でも取れるよう稽古しような」

 僕は出来る限りの笑顔でラフェル、マリ、パティに言った。

「後輩たちの良い見本になれよ?」




 放課選択を終えてから、西街のエルクーァへ行く。

 飲み屋に営業を切り替えるには少し早い時間にリルツァとエルツァの家庭教師をする。


「この前渡した練習問題だが、みせてくれ」

と二人に宿題を見る。「難しかったか?」

「あのねアンジェさん。こんな問題見たことないよ」

 エルツァがそう言った、リルツァも解んなかったと言う。


「そうか。これは六年前の過去問の改変だ、すごく良問なんだよ。帝立中等学院の受験は二種類の問題が出てくる、工夫などして必死に頑張れば解ける問題と、出来ないやつを完全に振り落とす問題だ。僕は前者を良問だと思ってる。この問題の良いところは『解くのに工夫が必要』で『解けたら気持ちいい』んだよ」

「ごめんアンジェさん、私はその域にまで達する自信が無い」

とエルツァが顔をしかめる。

 リルツァに至ってはなるほど解らんと言う。

「じゃ、ひとつづつ解説するからな、解らんかったらすぐに手を挙げろ。解らんところを一つずつ潰して頭に叩き込めば類似問題にも対応できるさ」



 司書のカロリーナに中等学院過去十年分の試験問題を取り寄せてもらった。

「あら先生、ひょっとしてアルバイトですか?」

「まぁ成り行きでね」

「うふふ、素敵ですね」

 一大穀倉地帯を抱える中街では農家と兼業の教師もいるためこの学院は副業を禁止されていない。

 と言っても兼業教師は算術教諭のミモーゼンだけだが。


「私、化学担当じゃないですか、高等学校では理系課程だったんです。でもこの算術は全然判りませんでした」

「カロリーナ先生、この手の算術問題って解く練習(答練)をひたすらやるんですよ。基本は出来てて当たり前ですからね。その基本という武器を振り回して解法を切り開く練習をするんです」

「さすがですね、アンジェ先生」


 顔を赤くして過去問集を見るカロリーナ。

 パラパラとみる過去問の中に懐かしい問題を見つけた。

 当時、試験委員だった教授のファルスが作った問題だ。

 しかし実際は忙しいと言って僕に丸投げして作らせたのだが『過去最大のヘンタイ問題』と世間で言われたのだ。



 なおどんな問題かと言えば、


正直村の住民は常に本当のことを言い、嘘つき村の住民は常に噓をつく。

ある時『私が正直村の住民なら、コイツも正直村の住民です』と言った場合、この二人はどこの村の住民か?


だった。



 他にも問題文があまりにも難解なため『地理歴史で微分方程式使うぞ』と言われたのもある。

「他にも口頭試問の問題とか禁書とか欲しかったら言ってくださいね」

「ありがとうございます、カロリーナ先生」

「いいえ、司書ですから」

 ふふふと笑うカロリーナ、禁書ってそんな簡単に手に入るのか……。


 なお、週に二度ほど二人の家庭教師をしている。

 リルツァは呑み込みが早いが初見問題で判らないと判断すると投げるのも早い。

 エルツァは同じ問題を何度も解く。一つの問題にじっくり取り組む癖があるようだ。

 二人は早朝から夕刻まで働き、家庭教師が無い日は家で夜遅くまで勉強しているらしい。

 あまり無理するなよと言ったらリルツァから「一年ぐらい無理しても大丈夫だ、風邪引いたら看病よろしく」と言われた。

 風邪引いたリルツァがあまり想像つかないんだが。



 家庭教師の帰りは西街の公衆浴場に行く。

 学院の入浴施設は女性用(教師・学生別)しかなく中街東街は蒸風呂かシャワーばかりだ。

 西街は温泉が湧くので僕の地元と同じく入浴習慣があった。

 しかし、未だ西街独特の入浴方法にはなかなか馴染めない。


 番台で湯着を借りて脱衣場で着替える、ここまでは同じだ。

 そして湯舟に浸かり疲れを癒すのだが、この先が文化的衝撃と言うべきだろう。


「はいっ、兄さん時間ですぜ!」「うほ……良い男!」


 湯着姿のガチムチなオッサン二人が僕を湯舟から強引に引き上げるのだ。

 そして一気に湯着をはぎ取ると大理石製の寝台に放り投げられ、一人のオッサンが僕の体のアカスリを始めるのだが、


「兄さん、私の屈強な大胸筋を見てくれ。こいつをどう思う?」

「すごく……いいです(怒)」


と、ひたすら筋肉を見せつけてきてうざいのだ。この前は大臀筋だった。


 そしてアカスリが終わるとお湯をぶっかけられ、石鹸で身体を洗い上げられてアロマオイルでマッサージされる。

 なお特別料金百ハンズを支払えば別室でさらにサービスを受けられるらしい。

 ただ『あおおー!』と獣のような叫び声が別室から聞こえるので怖くて頼めてないが。


 なお湯舟に入ってアカスリしてもらい、オイルマッサージまで付いて百ハンズ。

 メルクーァで飲むコーヒー一杯が十ハンズ、シュトレーメの街中を走る乗合馬車は一回十五ハンズ、学院の食堂は一食五十ハンズ(ワイン小ボトル付き)、カオリルナッチがよく飲んでるワイン一本が七十ハンズと考えれば安いのかもしれない。




 帰宅してすぐにラバトが部屋に来た。

「おーい先生、手紙来てたぞ……くんくん、花街帰りか?」

「違う。西街の風呂に行ってきたんだ」

「あれいいよなぁ、身体洗ってくれるしマッサージしてくれるし」

とラバトは相好を崩す。

「で、どんなお嬢と風呂場でばったり会ったんだ?」

「だから違うって。ガチムチなオッサンに洗われたんだよ」

「へぇー、アンジェ先生、そっちサイドの人かぁ」

と、ラバトは目を細めてニヤッと笑って言った。


「違うって! 僕はノーマル! んで手紙早く頂戴!」

「おー、用件忘れてたわ、ほれ。……ん、この封蝋、カルグストゥス家の紋章じゃねぇかよ!」

 ラバトは目を見張った、今日のラバトは表情目まぐるしく変わるな。


「そっちサイドで王家から呼び出し……ごくり」

「ラバト嬢、なに勘違いしてっか知らんが、勘弁してくれ」

「カオリル先生に報告……」

「するな。マジで」

 ラバトを小屋から追い出し、封を切る。






参考文献:慶應SFC2004年総合政策学部・改

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