帝歴284年・春 07話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
実は夕飯は厨房に直接頼むとテイクアウトできるし魔道具を使うと暇なら届けてくれる。
そう事務員のボリスに教えてもらった、なお食器は早めに返してほしいとも言われたが。
明日の授業のため少しテキストや参考文献を読み込みたく、試しに魔道具で注文してみた。
『アンジェ先生毎度ぉ! どうしましてぇ?』
「今日の夕飯なんですが……おすすめあります?」
『今日おおすすめってのがおすすめでぇ!』
「じゃ、それで」
『しばらくしたら届けられますんでぇ、お待ちくだせぇ』
電話口は厨房長だった。
いつもべらんめぇ口調でとっつきにくいが、悪い人でない。
ただ誰彼にでも大盛にするから若干迷惑なんだが。
それにしてもこれは楽だ。
今まで食堂行って学生たちにもみくちゃにされて食券を買い、注文受けて待つって作業が短縮できる。
しかも学生たちが集中する時間を避ければ持ってきてくれるらしいので非常に便利だ。
あと、学生たちは僕の顔を見るとなぜか小声でカオリルナッチの名が聞こえるのも気にはなってた。
なお料金は変わらないが教職員には小ボトルのワインが付くらしい。
別に要らないが、取っておくことにしよう。
頼んで数時も待たずに扉をノックされた。
「まいどー、夕飯ですぅー、私も付いてきました」
とラバトが持ってきてくれた。
テーブルの上に包みを開け、隅にある椅子を寄せて座る。
「大丈夫、ちゃんとあたしの分も持ってきたからさー」
僕は読んでる本を書架にしまうとラバトの向かいに座る。
「ラバト嬢。悪いね、僕の分、わざわざ持ってきてくれたんだ」
「んにゃ、ちょうどあたしも頼んでたし帰り道だからいいんよ、ついでついで」
そういってラバトはワインの栓を開け、
「何読んでたん?」
と訊く。
「あぁ、実践法力学で効率よく授業するにはどうすべきかーと考察してたのよ」
「ほぉー、実践法力学ってあれだろ? 遠い的に法力ぶつけるやつだよな」
「そうそう。というかエルフ族って法力は得意って聞いたことあるけど、ほんと?」
「んー確かにそうだなぁ」
と言いラバトは頭をがりがりと掻きながら溜息をつく。
「法力についてちょいと説明していいか?」
僕らが使う着火魔法や光球は生活魔法と呼ばれるもので、初等教育を受ける前の子ですら使えるように躾けられる。
ただこれら生活魔法と法力とは別物とされており、法力は専門教育を受けないと扱えないし扱ってはいけないことになっている。
そして、その法力は人によって力の強弱があると言われてたがここ十年ほどで物理法則を法力学にどう影響を与えるかといった学問、理論法力学や物理法力学の発達によって強弱の原因が証明されたのだ。
「まぁ、学校でその手の研究をしてたならわかるよな」
「えぇ、法力に指向性があるから強弱が発生する、と」
「そうか。あたしは学がないからわからんけど、だいたいそんな感じだろうな」
ラバトは腕を組んで難しい顔をしながら続ける。
じゃ、法力発動言語について考えたことあるか、と。
「まぁそれなりには」
「それなりか……、というと言語と発動要件については理解してないなぁ」
いつの間にか夕飯を終えたラバトが溜息をつき、「ちったぁ訓練所行くか」と言った。
僕はまだ夕飯が手付かずだから少し待ってほしいというと「わかった」と言って換気口の下で煙草を燻らせ始めた。
「一つ質問なんだが、ラバト嬢は肉、食べるんだね」
「あぁ、鶏肉すげぇ好物だぞ?」
「僕らが知ってる伝承では、エルフは菜食主義って……」
「おめぇなぁ。あたしだってトウモロコシ食ったら翌日には黄色いのがそのまま出てくんだぞ。塩ゆで若豆食べてたら時々原型留めてるのが出んだぞ。菜食主義だったらどんだけ効率悪いんだよ」
牛は植物の細胞壁を分解するため何度も反芻するし、胃袋の中に消化する何かを持っている。
馬は反芻できない分大量に食べ、盲腸で消化して栄養にするらしい。
人間は細胞壁を分解する方法や手段が貧弱なため大量に野菜を摂取すると原型留めて排泄されるが植物を一切食べないと便秘になるし感冒にかかりやすくなると農学専攻者が言ってた。
「あたしらって食物にタブー無いんよ。ただ辛いのは嫌いだぞ」
と言いながらピーマンが除けてあった。
それは辛くないぞー、子どもは苦く感じるらしいがなー。
実践法力学の実習で使う訓練所は地下にあり、普段は鍵がかかってる。
用務員であるラバトは腰だめから鍵を選び扉を開けた。
真っ暗な訓練所に魔灯具を点ける。
「てか、勝手に使っていいのかよ」
「いいよ、バレてもあたしらがズラに叱られるだけだ」
「すごく嫌だよそれ。あれかなり面倒くさいんだぞ」
カオリルナッチとの件で始末書一筆書かされなくてよかったけど、なるべく関わり合いになりたくないタイプの人間だというのは分った。
「まぁいいや、向こうに的あるだろ? おおむね十五コーリン、あれぐらいの的なら当てられるか?」
「あぁ、何で当てればいい?」
「岩弾でいいよ」
そういうと法力発動言語を唱える。
的がカンと軽い音を立てた。
「ほぉ、ちゃんと当たったな」
「久々に撃ったから当たるか心配だったけど、どうだ?」
「んー。さて、今の法力発動言語について考えたことあるか?」
「いや、テキストにある通り唱えてるだけだが」
「そかそか、じゃあさっきの法力のしこーせい?とかってやつはどこだ?」
「ん? それは発動する指先ってテキス……」
「そこが違う、しこーせい?ってのは法力発動言語自体に依存するんよ」
「え? そんなことテキストに書かれてないぞ」
「そりゃ法力は元々エルフ族の専売特許だったからな」
ラバトはにやりと笑って法力発動言語を唱える。
目に見える程度の緩やかな速度で岩弾がカーブしながら的に当たり、砕けた。
「アンジェ先生のさっきの法力発動言語は『早く・まっすぐ・岩弾』の三音節で、その時に利き腕を前に出して法力発動言語にしこーせいを預けてるだけだな」
と言うと、ラバトはもう一度法力発動言語を唱える。
山なりの氷弾が緩やかに的に当たって砕けた。
「そのしこーせいは、法力発動言語をどの方向に唱えるかに依存するんだよ、利き腕を出さずにやってみな」
僕は右手を身体の横に戻し、気を付けの姿勢で唱えた。
岩弾は的にかすっただけだった。
「一つアドバイス、法力発動言語の音節ごとに、的に向かって息をヒュッと吹いてみぃ」
もう一度気を付けの姿勢で唱え、息を吹く。
岩弾は直撃して的を砕いた。
「なんだよこのパワー、的が砕けたぞ」
「それが正しい法力発動言語なんだ。と言っても息を吹くのは効率が悪いがな」
「これ大発見じゃないのか?」
「いんや、こういうこともできるぞ」
ラバトは僕を見ると後ろ手で物を放る仕草をした。
岩弾が弧を描いて的を撃ちぬく。
「え……、無詠唱法術かよ」
「さぁな、これはエルフの秘伝ってことにしといてくれ」
「いや、教えてくれ、どうなってるんだよ!」
「いいよ、あたしとアンジェ先生の仲だ。簡単にだが教えてやる」
ラバトはそういうと、また腕組みをする。
「まず、耳に聞こえない音があるのは知ってるか?」
「あぁ、可聴範囲ってのがあってそれから外れると聞こえないな」
「あれってそんな名前があるのか? まぁあたしは本当に学が無いんだ。んでエルフは人間に聞こえない音でしゃべることもできる、それを利用すると無詠唱モドキに思われるな」
「そんなことができるのか?」
「あぁ、しかも普通の声より遥か遠く届くし、人間には全く聞こえないらしいからエルフ同士で秘密の会話をすることもできる。だからこんなにでかい耳ぶらさげてんだよ」
と、ラバトはヘアバンドで隠れた耳を指す。
「ほかに質問は?」
「的を見ずにどうやって撃てるんだ」
「それか? 先に的を補足して発動を寸前で止めることもできるぞ。例えばこうかな?」
ラバトは法力発動言語を唱えながら説明してくれた。
「あれ・ゆっくり曲げる、……ここで実は止められるんだ。そして岩弾」
と詠唱を実践する。
岩弾は法力発動言語通り、ゆっくり曲がりながら的を撃ちぬいた。
もちろんラバトは的をちらりと見ただけだ。
「テキストには止めちゃだめだと……」
「おいおいアンジェ先生よ、さっきからテキストテキストって。そんなに偉いんかそれ? ん?」
「いや、そんなわけじゃ……」
「そのテキスト、多分ルヴァン・トゥルリーセンって奴が書いたんじゃねぇか?」
「確かそうだったと思う」
「それ、あたしの姉だよ。本名ルヴァンティクシュール・コンフィルマンディン・トゥルリーセン、ルコト姉ぇの事だわ」
「ラバト嬢にも姉が居たんですね」
「おめぇ、人を木の又から生まれてきたみたいに言うなや。もちろん、あたしと一緒、父名と祖父名が付くぞ」
「確かボウモーレ・クレイアムですよね」
「覚えてるのかよ、すげぇなやっぱ」
どっちも火酒の名前っぽくて憶えてるだけ。
きっとラバトと同じ呑兵衛なんだろうか。
「おめぇ、誰が呑兵衛だよもぉ! あたしだって嫁入り前だぞ!」
そういえばラバトは読心が使えるんだった。
「さっきの無詠唱モドキだったらいくらでも要人暗殺できるじゃないか?」
「あぁ、できるよ」
ラバトは僕と目線をそらすと「やりたくないがな」と言った。
「あともう一つ。あんたら人間でも無詠唱モドキの法力発動言語、実は使えるんだ」
「それ、教えてくれないか?」
「落ち着けや先生。その実践法力学ってのは、何で教えるんだ?」
「ヴィルム学長は護身術の一環だと」
「なら、そんなもん不要じゃないか? それともなんだ? 人殺しを養成する気になったか?」
「馬鹿な! そんなつもりは……」
「やっぱあんたは学者先生だ、あたしみたいなあんぽんたんと違う生き物だから知識欲が暴走してるんだろう、んでさ、踏み込みすぎるとほんと痛い目遭うぞ、好奇心は猫を殺すって言うだろ?」
「……」
「ここらへんまで話半分で聞いとくだけでいいぞ、もう良いだろ?」
ラバトは鍵を僕に押し付ける。
「まぁ気になるならしばらく練習して考えたらいいぞ」
そういうと後片付けよろしくーと言って出て行った。
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