帝歴284年・春 06話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
「今日の授業なんだが、まずはテキスト九十八頁開いてくれ」
生徒たちがパラパラとテキストを開く。
「ここに載ってる公式、悪いが誤植で間違ってると出版元から連絡があった。訂正をお願いしますと送られてきたのがあるから上からこのパッチ貼っておいてくれ」
僕は皆の座席を回って小さなメモ紙じみた修正パッチを配る。
裏はシール状なので濡らして押し付けたら貼りつくようになってる。
「なお、この誤植に気付いたのが、ここにいるジョルジェ・アリアスだ」
皆が一様にえーっと声を上げる。
「なお、僕も流し読みしてて気付かなかった。危うく大変なことになるところだった。拍手!」
皆がぱらぱらと拍手をする。
なおジョルジェの顔は真っ赤だった。
「と言っても九十八頁やるころはきっと来年だがな。この一冊は三回生まで使うから、くれぐれも質草にしたり虫眼鏡で焼いたりしないようにな」
「先生ー! 私たち、もういい歳なんで虫眼鏡で焼いたりなんかしません!」
と、挙手して指してもないのに立ち上がって噛みついてきた、やはりデリッカだった。
「当たり前だ。解ってるが、やって大惨事になりかけたバカが身近にいるから言ってるだけだ」
「そんなバカと私たちと一緒にしないでくださいません?」
「おぉ、そのバカの名前を教えてやるぞ」
と、僕はにやりと笑った。
「リーナ・ド・カルグストゥス、氷結の薔薇って言われてるあの王女様だ」
みんなが絶叫を上げる。
「そ、そんな! 氷結の薔薇姫はそんなことしません!」
デリッカは顔を赤くして抗議する。
だが僕はニヤリと笑って言った。
「デリッカ君、君がリーナ嬢を思う気持ちは分かるがあいつと僕は学院の同期だ。新聞屋も知らん話はいっぱい持ってるぞ、言わんけどな!」
そういってテキストを開く。
「はい、この話は終わり! 十二頁開いてくれ」
リーナが教科書を焼いたのは本当だ。
僕がたまたま持ってきてた虫眼鏡を貸してやったら教科書が焦げるーと嬉々として焼いてたら発火したのだ。
ただ、発火した場所が悪く図書館だった。
慌てたリーナが教科書をぽいっと放ってしまい書架に燃え移ってボヤ騒ぎとなってしまったのだ。
場所が場所だけに図書館全焼もあり得たのだが、ボヤで済んだのは運がよかったのだと思ってる。
で、この事件を下手に伏せたりしても漏れると思ったのか、率先して消火に携わったのがリーナと言うことにしてある意味事件を揉み消したのである。
なおその教科書は僕のだった。
後日王宮から口止め料と思わしき見舞金が教科書代として振り込まれた。
今もそのお金は使っていない、返せと言われたら困るぐらいの額面だったからだ。
他にもリーナのポンコツ伝説があり、いくつかは品位を疑うレベルの話だ。
きっと僕は墓場にまで持っていくのだろう。
氷結の薔薇と市中で人気なんだろうが、等身大の彼女は……かなりのポンコツ少女だ。
教師として働きだして二週間。
本当にこんな仕事が自分にできるのかと思ってたが、テキストに書かれてることをわかりやすく説明し、生徒はそれを習熟してくれればいいのだ。
空いてる時間は研究に打ち込めるし、なにより給金は良い。
よく考えたらものすごくいい仕事なのではと思い始めてたのだ。
しかし問題が……。
「で、赴任早々君はどうなってるんだね」
僕とカオリルナッチがズラ…じゃなく教頭レオスに叱られてる訳だ。
「学生からカオリル先生と付き合ってるとか同棲してるとかいろんな噂が立ってるのは、君の脇が甘いからじゃないのかね?」
と言うのも僕の預かり知らないところでそんな噂が立っていたのだ。
なお横にいるカオリルナッチは憮然とした顔で立ち尽くしてる。
「んで聞いてるのかね君たちは!」
「はい、聞いてお……」
「そういうことを言ってるんじゃないんだよ! 大体ね君ぃ、我が校は嫁入り前の子たちを預かる修身女子なんだよ! その教師が他の教師と噂になるっていうのが……」
もう何度このやり取りを続けてるのだろうか。ねちねちと同じことを言い、人の弁明を聞く気もない。
僕の頭の中では早く終わらないかとしか思わない。
一方、カオリルナッチは必死に欠伸をかみ殺してるのがよく分かる。
どうもこの前の夜遅く、カオリルナッチが僕の小屋の前にゴミを置いたのを生徒が見てたらしい。
こんな夜更け、玄関にゴミを置くなんて甲斐甲斐しいことをしてるのは同棲してるからなのでは、少女たちの妄想は人づてに伝わると真実のように噂になってしまう。
そして今に至る。
「あの、教頭、帝都国際学院の方から魔道通信が……」
事務員のボリス・ガルバニアがが声を掛ける。
「帝都ですって? すぐ出るから待っててくれたまえ」
レオスの表情が緩み、
「君たちはもういい、今後気をつけたまえ!」
と言って魔道具に手を伸ばす。
「大変でしたね、アンジェ先生にカオリル先生」
ボリスが声を掛ける。
「はぁーくそったれな時間を止めてくれてありがとうね、ボリス」
カオリルナッチが礼を言うと、溜息をついて椅子に座る。
「で、誰からの連絡?」
とカオリルナッチが訊くとボリスが
「帝都国際学院の方から電話ですって」
と応えた。どっちの方だろうか……? ボリスに救われ、僕達はレオスから逃げ出した。
放課選択の剣闘術は部員が三人だけ。
元々七人だったらしいのだが四人が五回生になったため引退。
現在は三回生の三人、ラフェル、マリ、パティしか居ない。
なお公式戦は最低六人と引率が必要のため、どこかから三人以上が剣闘術を選択をしなければ今年一年は公式戦に出られない、成績がゼロになる。
なお、去年一年の公式戦成績は二戦二敗、去年も一昨年も二戦二敗、ここ十年近く一度も勝っていないのだ。
と言うのもこの剣闘術会はただの素人集団の集まりだった。
この前初めて顔合わせをして指導に入ったのだが、まず木剣の持ち方からおかしいのだ。
素振りもただ振り回してるだけで稽古にすらなっていない。
足さばきの練習もしたことがないという。
普段何をしてるんだというと現在産休中の指導者は自主練を重きに置いてたと言う。
それ、ただの放置プレーと世間では言うぞ。
本人たちはどうすればいいの解らず、とりあえず素振りと言う名のただ剣を振り回すだけだったそうだ。
ある意味不幸な子たちである。
「まずは正しく木剣を持つ練習だ。木剣の柄のすみっこ、そこを柄頭って言うんだけど、そこは左手で持つぞ」
「せんせー、左手は柄頭のどこらへん持つんですか?」
マリが訊く、「具体的にここら辺ってあったら教えてください」と。
「あぁ、この柄頭、真剣なら魔石と魔道回路が組まれてるんだ。だから普通そんなとこは持たないわな、だから木剣は端から半握りのところをこう握るんだよ」
「てか先生、なんで左手なんですか? あたし右利きなんですけどー」
とまたマリが訊いてきた。
「理由がいくつかあるんだが、まずは闘技のために右手を 鍔 側にしてる説。元々剣術は弓術とセットだったらしく、弓用に右手を使い、剣は左手に分けた説。剣は左に差して右手で抜刀するのが丁度良かったから説と色々あるんだが……実はよくわかってない」
と応えた。
なお左右の手を持ち変えることは問題ないが邪道と言われる、これで公式戦に勝つと恐ろしいほどブーイングを浴びる。
「で、右手はそっと添えるだけだ。力強く握りしめるのは打ち込む瞬間だけでいい」
みんなが構える様子を見て、マリの持ち方を見る。
「柄は親指と人差し指を挟み込むように持つと良いぞ」
「はいっ! 先生! なんか強くなった気がします!」
うん、気のせいだぞ。
「倉庫から打込台が出てきたからこれで打つ練習するぞ」
防面に紙が貼ってあった、たぶんカオリルナッチの似顔絵っぽい。
それならばきっとキュリルの過去にやってたいたずらだな、それを剥がして道場にセットする。
「素振りは、ただ振るんじゃないんだ。この打込台があると思って剣を振るんだ。防面なのか、首なのか、腕か胴なのか、どこを打ち込むために素振りするかを考える。ただ振るだけなら、疲れるだけの無駄な作業だ」
「あの、先生……」
とマリが言う「すげぇ、ウチらに先生居る!」と。
ほんと、前任者は何を指導してたんだ? 本当にずっと放置してただけなのか?
打込台は一つだけなので、一人は打込台に、一人は素振り、一人は僕に打ち込んでもらった。
明日は足さばきを教えようか、明後日は打込稽古をやろうか、色々と考える。
やはり剣闘術は楽しいな。
なお、実はこの三回生の中で経験者なのはラフェルだけだった。
ただマリやパティにはあまり教えてなかったそうだ。
後で聞いたらマリとパティがあまりにも仲が良すぎるし、初等学校も違ったため声もかけられず教えずに今まで過ごしていたそうだ。
だから今まで一言二言話するぐらいの関係だったのだ。
前任教師が振りまいた不幸はずっと連鎖していたのかもしれない。
放課選択が終わったので、三番街の道場へ赴く。
「失礼します、アンジェ・リ・カマルカ、稽古に入ります!」
「アンジェ先生いらっしゃーい!」
今日は娘・ジェイリーと門下生のホルヘさんとで地稽古だった。
地稽古とは、打込稽古と違ってお互いがガチで打込む実践稽古の事なのだ。
懸かり稽古とも言ったりする。
今日はホルヘさんに思い切り木剣を弾き飛ばされ、かつ倒された。
このホルヘさん、この前話しかけてくれた中年一歩手前の男性門下生だ。
なんと元々帝都の武芸館で指導教官してたのだが、家業を継ぐためにシュトレーメに帰郷。
しかし三十路を過ぎてから少々お腹周りが……ということでメタボ解消のため時々稽古しに来てるのだ。
「アンジェさん、学校の先生ってすごいですよねぇ」
「そうそう、授業とかわかりやすいんですよ?」
休憩になって防面を外しながらホルヘとジェイリーが言う。
「それいったら帝都の武芸館だってすごいじゃないですか、帝国中から名うての武芸者が切磋琢磨するところですから」
と、僕は言った。
その武芸館とは、今も冒険者や職業軍人などを育成するための学制令上の学院だ。
噂では学内のランキングによって食事量や入浴時間が決められるとか聞いたことがあるのだが。
「…で、その食事量とかの噂って本当なんですか?」
「え? 本当ですよ? ランキングが低ければひたすら食わされて寝させられて走らされます」
なんだろうか、この食って寝て走れば強くなるって思考は。
「まぁ、武芸館に入る頃って成長期じゃないですか。食って寝て走れば強くなるってもんですよ」
うん、噂通り脳みそが筋肉でできてる人種の集まりだ。
「アンジェ先生も、食って寝て勉強したから頭がいいんですよね?」
うん、違います。少しは効率を考えてます。
ホルヘには言わない、愛想笑いだけしておく。
「で、ジェイリーちゃんも放課選択は剣闘術にするの?」
というホルヘの質問に
「え? ザントバンクって剣闘術あったんですか? 今も」
と応えた。
今もザントバンク修身学院にも剣闘術会がある話をした。
「へぇー、今もザントバンクにも剣闘術あるんだー、初めて知った」
とジェイリーが驚く。
「そうよ? ママだってザントバンクで剣闘術やってたのよ?」
「それに僕が引率だ」
「えー! ねぇママ、剣闘術会に入ったらダメかなぁ?」
「ん? 良いんじゃない? 私、あなたがお茶会部に入ってお上品にお茶を飲んでる想像、全然付かないもの」
母親なのにすごい物言いだな。
「あたしだって、ドレス着て化粧しておほほほほって言うのいやよー?」
いやいや、お前は淑女養成学院に居るんだぞ。
「じゃ先生、娘のこと、よろしくお願いします」
あ、はい。頑張ります。
「で先生、部員って何人いるんですか?」
「三回生が三人のみ、最低あと三人居ないと公式戦にも出られんな」
「友達何人かに聞いてみますー! 豊穣神の月に入る前、早ければ今週末までには声掛けて学校の道場に連れて行くよう頑張るね!」
ジェイリーが胸を思い切りドンと叩いた。
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