帝歴284年・春 05話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
「アンジェー先生、飯まだー?」
ベッドでゴロゴロ転がりながらご飯をねだるカオリルナッチは僕を何だと思ってるんだろうか。
「今日はご飯なにー?」
「鶏の炙り焼きと芋サラダ、甜菜スープと大麦パンですよ」
「へー、豪華じゃん! ありがとー」
「僕の分だけしかないですよ。何言ってるんですか」
「えー、けちけちー、ぶーぶー」
さらにゴロゴロ転がるカオリルナッチが突然止まり、がばっと起き上がる。
「今から厨房行って少し分けてもらってくるから待っててー」
と言うと小屋から出て行った。
全く自由だな、あの人は。
しばらくして床下からノックがあり、開口部がガバリと開く。
「ただいまー」「よぉ、邪魔するよー」
カオリルナッチと共にラバトが来た。
「お夕飯のお呼ばれされました、ごちそうさまです」
と、カリナまで付いてきた。
「酒、持ってきたから一杯やろーぜぇ!」
「帰れって言っても帰る気ないですよね?」
「おぅ、居座るぞ!」
ラバトは換気口の下に行き、煙草に火をつけた。
「灰皿くれぇ」
喫煙者でもないのに灰皿ある訳ないじゃん思ってたら、カリナがごそごそと探してきた。
何故部屋主も知らない灰皿の位置を知ってるんだよ。
「んで、剣闘術の道場入ったんか」
ラバトが煙草の先の灰をとんとんと落とすと、ワインを口にした。
「えぇ、最近身体を動かすことしてませんし」
久々に木剣の握ったせいか腕が気怠い、明日は筋肉痛かな。
「へぇー、どこの道場行くの?」
椅子の背もたれに胸をつけながら前へ後ろへがたがた遊んでるカオリルナッチが訊く。
「あそこか? 三番街のリガン道場か?」
ラバトが言う。
「よくわかりましたね」
「ふぅーん、リガン……て、新入生のジェイリー・リガンのお家?」
カオリルナッチが訊いてきたので、
「キュリル・バースさんが嫁に行った家ですよ」
と言うと、
「うわぁ、すっげぇ嫌な名前聞いたわ…」「おったなそんなクソガキ」「ひどい人でしたわ」
と三者三葉顔をしかめた。
「懐かしいっちゅうか、思い出したく名前の一人だわ」
ラバトは煙草の煙を吐き出すともみ消して言う。
「アイツが寮で毎度毎度酒盛りするから、毎晩何度も何度も巡回させられたわ。それだけじゃねぇ、あいつ寮から夜中にしょっちゅう飛び出して遊び回るし密造酒作るし、ここ百年でトップレベルの問題児だったわ」
「そうそう! 職員室忍び込んで試験用紙盗み出したって疑惑もあったよなぁ! 結局証拠はなかったけど、キュリルの残念クラスだけ一番成績が良かったよなぁ!」
と、カオリルナッチが続ける、すげぇ問題児だったわ、と。
棺桶の中身を勝手に捨ててそこで寝てる人が言うことだろうか?
「わたしなんて『幽霊のくせに足があるのはおかしい!』って言ってスカートめくられたんですよ!」
とカリナはスカートの裾を抑えながら言う。
「前からそんなこと言ってたけど、本当にめくられたん?」
とラバトが訊く。
「やられましたよ! 後ろからばさーっと」
と応えるカリナ。
「んで、ぱんつに苔でも生えてたんか?」
とからかうようにカオリルナッチが言うと「生えてません!」と涙目になりながらカリナは答えた。
「キュリルってやっぱすごいな、お化けのカリナに触れられるんだから」
と、ラバトが言う。
言われてみれば、この霊はなんだ? どういう物質なんだ? しかも普通にスープ飲んでるし。
「あ、私、霊体なので触れますよ? 時々学院に出てくる幽体は触れませんが」
とカリナは言う。
しかし続けて
「お化け言わないでください! もぅ。一緒にしないでください」
と涙目になりながら強く言う。
「あの、カリナ嬢、お化けじゃないんですか?」
僕が言うとカリナは全然違います、と膨れ面をして腰に手をやって言った。
「アンジェ先生はこんな話知りません?」
昔、醜い女が夫に殺され、復讐したいと神に申し出たそうだ。
「お願いです、幽霊にしてください」
と。そしたら神はこう答えた。
トイレでメイクを直してこいと。
お手洗いで鏡を見てきた女はもう一度神に願った。
「出過ぎた事言ってすみません、やっぱお化けでいいです」
「えっと……どういうこと?」
「もぉ、アンジェ先生は洒落話が判んないんですか?」
そう言うとカリナは事々しくテーブルに伏せる。
「アンジェー先生、お化けはブス専用ってことだよ」
とカオリルナッチが言った。
「あぁー、だから出過ぎた事なのね」
「カオリル先生、オチの解説はナンセンスですよー」
カリナは首だけ起こして抗議する。
「といっても、アンジェー先生は絶対気付かんぞ」
えぇ、オチに気付ける自信はないですね。
むしろ自身が『幽霊』だと言い張れるカリナも大概だが。
「てか今気づいた! あのキュリルが結婚したんだ!」
カオリルナッチが驚いた表情を見せる。
「えぇ、無期限停学中に結婚したそうです」
と僕が応えると、
「そっか、あいつ教頭のズラ事件で停学中だったな」
とつぶやく。
「なつかしー、レオスのズラ事件!」
ラバトが煙草をテーブルでトントンと叩いて言う。花街で悪質客のズラ持った女学生がズラかる、だもんね。
「なんですかそれ」
と僕が訊くとラバトが言う。
「当時の新聞の三面記事よ。今はどうか知らんけどレオスって花街で評判悪くて有名だったからさ、キュリルがズラ持って走り去ったのがたまたま風俗記者に見られて記事にされたんよ」
「ほんとは学院長になれるはずだったんだけどこんな不名誉な記事が出たからさ、んで帝都からヴィルム先生が来たんだよね」
とカオリルナッチが続ける。
学校の先生が花を買うのはダメとは言わんが評判悪くて有名って最低じゃないか。
だから残念な学院と言われるんだよ。
「新聞沙汰になったけど、内容が内容だから無期停学になったのよキュリルって」
とラバトが言い、カオリルナッチが続ける。
「それの娘が学院に来るって感慨深いよね。あいつは二度とここに来てほしくないけど」
「でさ、キュリルってレオスのズラ事件って、あいつ何回生のときだっけ?」
「んー、確か三回生の初夏じゃね? ちょっと待って?」
と、カオリルはおもむろに僕の部屋の魔道具を使い、誰かと会話する。
「カロリーナに訊いたら、帝歴二七〇年の結婚神の月、ウィヒャフの日だってさ」
こんな夜中に聞くなよ。
とはいえさすが司書、よく覚えてるのな。
しかもその時に三回生って僕と同じ年じゃないか。
むしろさっき非常に気になってることを言ってたな、カリナ。
「あの、学院に他にお化けっているんですか?」
「はい、私のほかに霊体が三人に幽体が七十二人いますよ」
とあっけからんと応える。
「あぁでもこの前転生したみたいで七十一人になってますね、幽体」
「えっと、どこらへんに居るんですか?」
僕は恐る恐る聞くとカリナは
「いまアンジェ先生の後ろにいるじゃないですかー」
と言ったとき、後ろから抱き着かれた。
「先生! アンジェせんせ……」
僕はあっさりと意識を手放した。
目を覚ますとカオリルナッチが僕を覗き込まれていた。
「おはよう、アンジェー先生」
「あ、おはようございます……」
カオリルナッチに膝枕をされてたようで後頭部がひんやりして気持ちよかった。
「もぉ、カリナの冗談に付き合ったら気を失うって失礼しちゃうわよ」
どうやらカオリルナッチが僕を後ろから羽交い絞めにしようとしたら気を失ったらしく今に至る、と。
「あれ、みんなは?」
「ラバトは寮の定期巡回してから部屋に戻るって、カリナは夜更かしはお肌の大敵だって言って戻ってったわよ」
部屋は飲み食いした後の残骸と山になった吸殻が置かれてる。
「少し横になってて。私が片付けるわ」
と言って彼女はてきぱきと片付けていった。
「ほんとにアンジェー先生は怖がりなんだから」
「いやいや、普段見えないから怖いんですよ! いるかどうかわかんないんだし」
「ふぅーん。まぁはっきり言ってお化けや幽霊なんかいないわよ」
「カリナ嬢がいるじゃないですか」
「あれは特別よ。まぁ学院にそんだけ居るて言ってたけど、カリナ以外見たことないわよ」
「あ、そうなんですか?」
「昔から、怖い怖い思ってたら燭台でも幽霊に見えるって言うじゃない」
「まぁそうでしょうけど」
「あまり怖がらないことよ。むしろ……生身の人間の方が怖いわよ」
「カオリル先生だってそう思うんですね」
「あったり前でしょ、人をなんだと思ってるの?」
「傍若無人のカオリル先生、ですかね?」
「アンジェー先生も言うようになったわね。……っと、片付け終わり。明日ゴミの日だから入口のとこにゴミ置いておくわね」
カオリルナッチは小屋の外にゴミを置く。
「じゃ、帰るから。明日も頑張ろうね」
と言って開口部から彼女は部屋に戻っていった。
部屋に染み付いた煙草の匂いはしばらく取れないのかな。
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