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帝歴284年・春 01話

2022年11月11日、一部文章を修正しました。

 ナゥルィズ(春分祭り)を迎えた。


 今年も狩猟と農業を司る春神ディアナーに仕える女神シルヴィ役を射止めた街の乙女と羊飼い役の青年が馬車に乗って練り歩く。

 人々はそのシルヴィたちに花や紙吹雪を投げ、建物の上からも紙吹雪を流す。



 聖典では女神・シルヴィが羊飼いの青年と恋に落ちるところから始まる。

 しかし青年に横恋慕をした愛の神エリスが二人の仲を裂こうと矢を射かけるのだ。

 しかしシルヴィを守ろうと青年が咄嗟に盾となり矢を受けてしまうのだ。

 エリスと仲の悪い春神ディアナーが二人を救出し、知り合いである酒と医学の神ヴァカッシュに助けを求めるのだが、懸命な治療も甲斐なく青年は息を引き取ってしまう。

 シルヴィが悲しみに暮れてしまったため、寒い空気に世界が支配されるのだ。


 それを見てた主神が悲しみ、ディアナーとヴァカッシュにお前たちは皆に花と酒を振る舞え、エリスを懲らしめに行くぞと言うのだ。

 ディアナーは寒いのが苦手なので花を探すのだが見当たらない、だからと紙吹雪で代用した。

 ヴァカッシュは持ちうる酒を蔵からすべて引きずり出す。

 二柱は街のみんなに酒を振る舞い、紙吹雪を空に舞わすと青年が生き返ったのだ。

 そして主神がエリスの神殿に行き、折檻してからエリスの耳を引っ張って天上に連れ帰るのだ。

 主神がこの世の横恋慕と浮気を禁止させて新たな年を作ったとされる。


 これがナゥルィズの由来だ。



 このような神話で、どの宗旨の聖典にも創世記の一説に書かれている。

 なおこの国では王権は主神より与えられると信じられてるためパレードの最終地点は領主館である。


 余談だがシルヴィに選ばれるのは「才色兼備な乙女」と見なされるのでモテるそうだ。

 そりゃその街その年一番の美人認定されるから。

 僕の二番目の姉(ちぃ姉ちゃん)がシルヴィ役に選ばれたときは上は七十八の御老公、下は五つの坊やに求婚されたそうだ。

 だが羊飼いの青年役と結ばれるのがどこでも多いらしく、二番目の姉もその青年役と結婚した。

 なお、青年役は意外とやっかみを受けるらしい。

 イケメンは少し爆発した方がいい、……もげろ。




「アンジェさん、今年のシルヴィ役どう思います?」

 西街のエルクーァで甘藍と腸詰のスープとパンを頂いている。

 店から見えるパレードを眺めていたらエルツァに訊かれた。

「あの子、向こうのパン屋のお姉ちゃんなんですよ」

「かわいいんじゃないかい?」

と何の気なしに応えると、エルツァが

「私とどっちがかわいい?」

と聞いてきた。


「あはは、エルツァ嬢だ」

と答えておいた。

「もー、そういうのは顔見ていうもんだぞ!」

と頬を抓られた。

「アンジェさん、コーヒーお替わりいる?」

 ポットを持ったリルツァが前に居た。

「エル、新しい遊びしてるん?」


「聞いてよリルー、アンジェさんがガルシア姉さんに夢中なのー」

「そりゃ、街の美人とポンコツとを比べる時点で大失敗」

「だれがポンコツよー! このポンコツ姉ぇー!」

 今日も賑やかなエルクーァ。



「この前買っていったリルツァスペシャル、どぉだった?」

「おいしかったよ、渋みとコクのバランスが良くてね。おかげで他の教職員に勧めたらあっという間に飲み尽くされたよ」

 ラバトとカオリルナッチに勧めてみたのだが、思いのほか好評で事ある毎に部屋に来て(たか)られたのだ。

 しかもカオリルナッチは深夜、床下からカリナと共に突然現れたからびっくりしたが。

「渋みとコク……、おかしいな」

「リル、中街は軟水だから」

とエルツァが言う。

「水の硬度でコーヒーって激変しますからね」

「そうなんだ、だから店で飲むのと味や香りが違うんだね、でもおいしかったよ?」

 確かに水に含まれるミネラル分で抽出が変わるらしい、それは学生時代にファルスが言ってた。

「ありがとうねリルツァ嬢」

「今から中街スペシャル作る。楽しみにしてて!」

 そういうとリルツァは駆け足で引っ込んでいった。

「あららー、リル、スイッチ入っちゃったね」

「なんか悪いことしたかい?」

「いいんですよ、姉ってぼーっとしてるところあるけど、コーヒーとアンジェさんには真摯ですから」

「あはは、ありがとう」


 しばらくして焙煎されたコーヒーの香りが強くなる。

「新年早々お釜に火を入れたか。もしお暇ならしばらくリルに付き合っていただけませんか?」

「いいよ。どうせ学院に戻ってもすることないし」

と答えた。

「むしろ、早く帰ると飲みに連れまわされそうで……」

「夜からヴァカッシュの祭りですからね。ウチも夜からお酒のメニュー出すんですよ」

と、エルツァは胸元からメニューを出してきた。

「実は夜のメニュー、ここに入れてるんですよ?」

「何も突っ込まないぞー!」

「ちゃんとアンジェさん用にモックテール(ノンアル)ありますよ、あと腸詰の炙りとか」

「あはは、ありがとうね」

「今度、良かったら学校の先生たち連れてきてください。中街行きの最終便は正子過ぎにあるし、辻馬車も呼べますから」



 新年早々コーヒーを飲みに来る客は居ないのだろうか、客は僕だけだ。

 甘藍と腸詰のスープとパンのお替りを頂き、腸詰とチーズの炙りも頼んだ。

「アンジェさん、お腹すいてます?」

 エルツァが訊く。

「それよりもちゃんと食べてます? 少しやせました?」

「ちゃんと食べてるけど、新学期に向けて授業のレジュメづくりが大変でさ」

「えー、そんなの去年のパクればいいんじゃないんですか?」

「賃金貰ってる立場でそれはまずいよ。ちゃんと真面目にやらないと」

「アンジェさんって、ガチの生真面目さんですよね」

と溜息をつきながらエルツァが言う。

「そんなところが可愛い」


「可愛い?」

「えぇ。去年のパクらずに授業を組み立ててやっても、誰かに褒められるわけでもないんでしょ? 賃金が倍に増えたりするわけじゃないんでしょ?」

「まあね」

「一生懸命藻掻いて藻掻いて答えを模索しても、それが正解じゃないかもしれない。誰も評価しないかもしれない。でも頑張ってるって、リルのコーヒーみたい」

 そう言うとエルツァはお盆を胸に抱く。

「すごく好き」

「あははありがとう」


「来年、ダメだったらザントバンク修身も考えようかな……、だからアンジェさん辞めないでね?」

「すでにダメって考えないで勉強進めないとね」

「できた! 中街リルスペ! いま出来る私の最高! 私最高!」

 体中からコーヒーの香りを漂わせたリルツァが奥から来た。

「三日後に飲んで! 今飲んでも本当のパフォーマンスは出ないから!」

「ありがと。いま、リル嬢の話してたんだよ」

「ん、エルの話だからきっと碌な話じゃないけど、なに?」

「リル姉ぇはアンジェさんと同じ生真面目まっすぐだから好きって話」

 リルツァは顔を赤くして視線を逸らす。すこし頬が緩んでた。

「今年も二人で頑張ろ?」

「ちょっともう少しコーヒーの焙煎してく、る……」

 リルツァは走って奥へ引っ込んでいった。

「もう少し待ってて! 超スペシャル頑張る!」

「アンジェさん。今日はとことんリル姉ぇに付き合ってあげて?」



 年明け早々僕はたくさんのコーヒー豆を買った。

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