17話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
2023年4月21日、タイトル修正
「当学院は様々な分野から優秀な教員が揃っており、教頭であり貴族階級出身であり帝都の……高等学院を卒業したレオス・ド・ドリーヴが日々教諭日誌に参考にして諸君らの仕事内容を把握……」
中街二番街にあるレストランの個室で歓迎会が行われた。
教頭のレオスが乾杯の音頭として一言といったが随分と長く演説を打ってた。
すぐに乾杯と思ってグラスを突き出してるが、すでに右手が痺れてテーブルすれすれにまで下がっていた。
なお部屋の隅に座るラバトは既に煙草を燻らせてるし、隣のカオリルナッチは教頭の目を盗んで少しずつ飲んでた。
他の教員たちだけでなく給仕の女性も案の定うんざりな顔をして教頭の話を聞いてた。
「では、アン先生の健康と発展を祝して……乾杯!」
「かんぱい」「乾杯」「かんぱーい」「なんじゃそりゃ」「ぬるくなったわラガー」「名前間違えてるぞ教頭ー」
中街でも有名なレストランなので食事は非常に繊細で見た目も素敵だったが、完全に冷めてた。
給仕さんが熱々のうちに召し上がってくださいねと言ってたスープが残念になってる。
「んたっくあのアホ教頭は話が長すぎるんだよホントに」
と一息ついたカオリルナッチはジョッキをテーブルに置くとパンをちぎって食べ始めた。
「なんだよ、健康と発展を祝してって。老齢祝いの挨拶じゃないんだから。しかも名前間違えるってどうかと思うわよほんと」
僕はあははと苦笑いを浮かべながら前菜に手を伸ばす。
「教頭先生って帝立学院卒なんですね」
「あぁー。その話……。教頭は帝都にある私立の高等学院出てるだけ。アンジェー先生の母校じゃないわよ」
あー、だから何度も帝都の……高等学院卒と言い淀んでたわけか。
「それにね、確か兄が相続する予定だから、教頭自身に爵位ないわよ」
「それなのに、ドを付けるんですね」
「えぇ、公式の場でさっきの名乗りをしたら大変な事になるわね。それにけっこうねちっこくて面倒くさい性格の奴だから敵に回さないでね?」
「そうなんですねぇ……」
学院には面倒くさい先生って必ずいるからなぁ、まぁ目の前にもいるけど。
「だーれが面倒くさいよーぶーぶー!」
カオリルナッチに心を読まれた。
と言ってもここ数日での関係なのかぶーぶーと言うだけだ。
酔いどれると非常に面倒くさいのは事実だが。
「酔っぱらったら面倒くさいってひどくなーい?」
うん、面倒くさいな。
「初めまして、アンジェ先生。カオリル先生お疲れ様です」
僕と同い年ぐらいの男性が声をかけてきた。
「あぁ、ミモーゼン先生、飲んでますか?」
「えぇ、私は弱いもんでちょっとずつですが……。アンジェ先生もお飲みですか?」
「ごめんなさい、僕、まったく飲めないもんで」
「そうなんですか? ここ最近カオリル先生と飲み歩いてると聞いて」
「いやぁいろいろ巻き込まれ……痛たたたた」
カオリルナッチに頬をつねられた。
「人と飲んでるのを貰い事故みたいに言わないで頂戴」
「お二人とも仲がよろしいんですね、ふふふ。ではお邪魔虫はこのへんで」
そういうとミモーゼンは席から離れた。
「あの先生は?」
「ミモーゼン・リ・ポルスって算術の先生よ、ちょっと知識をひけらかそうとする癖はあるけど決して悪い先生じゃないわ。ただ……」
「ただ?」
「のちのちわかるかもだけど、教員組合なのよ。興味ないなら深入りしないほうがいいわよ」
「そうなんですか?」
「ちょっと考えが特殊なのよね、ミモーゼン先生んトコのは。私とは合わないわね」
この国の労働者や教職員は組合を作る権利が認められている。
僕も学院でファルスの研究室に雇われていたが、組合加入の話は聞いたことが無い。
ファルス自身からも組合の話を聞いたこともないし他の研究員からもだ。
ひょっとしたらそのような話を持ち込んでも頭から耳を傾ける気が無いと思われたのだろうか。
「やぁアンジェ先生、どもどもー今後ともよろしくぅー」
「魔法力学の先生なんだってー? すごいですねー、よろしくねー」
二人の女性が挨拶をして乾杯だけして立ち去っていく。
「今のは声楽と器楽のデュフテン・ラ・パルフュム先生と、美術のドルーデ・フェルダン先生ね。二人とも帝国芸術学院出てるわ」
「デュフテン先生って、ラが付いてるってことは……」
「家督継いでるので本物の貴族階級よ。それにドルーデ先生も父親が隠居したら相続するわ」
「帝国芸術学院出てますもん、相当の家柄じゃないと無理ですよね」
帝国芸術学院は帝都とパガン大公国にしか存在しない芸術専門の高等教育機関で、卒業後は絵師や楽師など専門職として宮廷や上級貴族家に就職する場合が多い。
なお合格率だけ見れば帝国学院や帝国医学校、帝国法学院へ入学するより狭き門だ。
そのため幼少期より芸術教育を行う必要があるし、初等教育でも中等教育でも私立のみだし家庭教師を必要とするため、ひたすらお金がかかるのだ。
しかも制度上浪人は一度しかできず縁故入学もない。
そうなれば、相当の家柄でなければチャレンジもできないだろう。
「それにあの二人、幼馴染だから仲は良いわよ」
他にも何人か教職員が声をかけてくれた。
「アンジェ先生お久しぶりですね」
そう最後に声をかけたのは司書だった。
「えっと、図書館の……」
「はい、カロリーナ・チザルピナです。覚えててくれたんですね」
カロリーナはにこっと微笑んでグラスを差し出す。僕もつられてグラスを重ねた。
「えぇ、カロリーナさんと仲良くなっていたらいい情報を教えてくれるかも、と」
「あらやだ、私は本のダシにされるのかしら?」
悪戯っぽく笑うカロリーナにそんなつもりじゃないですよと応えるが気にするような仕草は無い。
「ほかの図書館、行きました?」
「えぇ、西街の図書館に行きまして……」
「その表情だと、ひょっとして二刻で追い出されたでしょ?」
「ご存じなんですか?」
「えぇ、他の職場ですが同業ですもの。市民権無いから冷遇されたでしょうし」
「いやぁ、図書館で初めてイラっとしましたよ」
「アンジェ先生、はやく住民登録を済ませてくださいね」
「え? 住民登録……?」
「え?」
カロリーナの話によると、僕の市民権は生まれ故郷のままになってるという。
登記所か領主館で異動届を貰い、シュトレーメで転入届を出せば市民権は貰えるそうだ。
家族に引越した連絡をまだしてなかったので、異動届を送ってもらうよう手紙を認めておこう。
「帝都に居た頃はそんなこと一切なかったんですがね」
「帝立学院の学生証があれば帝都の市民権があると見做しますからね、税金や年金保険料の免除も受けられますし、希望さえすれば俸禄も支給されますよ。ただし俸禄貰ったら王宮勤務の義務が発生しますけど」
「カロリーナさん、詳しいですね」
「司書ですから」
すごいな、司書。
「ぶー」
カロリーナと楽し気に話してたらカオリルナッチに尻をつねられた、結構痛い。
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