16話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
2023年4月21日、タイトル修正
マルスの日、学園長ヴィルムに帝都へお願いする手紙を託して街へ出る。
前にエルツァが西街の図書館はお金がかかるが規模が大きいと言ってたので行ってみようと思った。
学院前の停車場から西街方面行きの乗合馬車が出てるので待つことに、なおいたずらされてた表示は綺麗に直っていた。
予定時間より数時ほど遅れて乗合馬車が来た、御者はお待たせしましたと言いながら足台を出す。
これって西街の図書館行きますかと訊いたら御者はえぇ、西街二番街でお降りください、十五ハンズですよと丁寧な口調で言った。
平日昼間だからだろうか客車には誰も居ない。
座ると馬車はゆっくりと動き出す。
シュトレーメの三つの街を横断する通りは広く、乗合馬車専用路があるので揺れも少なく快適だ。
トコトコと走るので街中をじっくり観察できた。
トロボ川に架かる石橋を渡り西街に入る。
街の見た目も変わらず賑やかさに変化はないが渡った側の停車場の客が乗り込んでくる。
二番街に着いた頃には吊革を掴んでる立ち客も居た。
御者に礼を言って運賃を支払い、降りた先には聖心教の聖堂が鎮座してる。
中に入って祈りを捧げると僧侶が笑顔で喜捨を求めてくるので、聖堂に向かって聖句を捧げ図書館へと向かう。
三十ハンズ支払うと、司書から手荷物は持ち込めませんよと言われて小さな魔道具を渡された。
街の図書館によっては持ち込み厳禁などのシステムがあるので財布だけ取り出して手荷物を預けた。
なお手荷物の預かり賃が十ハンズ、少し割高感を覚える。
が、この小さな魔道具は初めて見る。
「これは?」
「鳴ったらどうぞこちらへ」
詳しい説明がなく、司書は事務所へと消えた。
不親切だなと思いつつ書架を眺めることに。
こんな地方都市にしては非常に豊富な蔵書で、様々なジャンルの書籍をよくもまぁここまで集めて並べたものだと舌を巻く。
魔法力学の書架には師であるファルスの著書を含めて帝都で読んだ本が並ぶ。
他の書架を眺めながら時間をつぶす。
二刻ほどして、ピーピーと魔道具が鳴る。
言われた通りに司書のもとへ向かうと
「もう時間です、ご利用ありがとうございました」
と手荷物を突き出された。
「え? 時間?」
「あなた、シュトレーメ市民権ありませんよね? ですから二刻です。ご存じじゃないんですか?」
「あ、あぁ。すまない、ここに来たばかりなんでね」
荷物を持って図書館を出る。
なかなか不愉快な図書館だ、もう少し言い方は無いものだろうか。
蔵書が豊富なのに残念だ。
街に出て少し歩く。
そろそろナゥルィズが近いのか花飾りが玄関や店に飾り付けられている。
ナゥルィズは帝国以外でも広く行われる春のイベントで、長い冬が無事に明けたことへの感謝や農業神への豊作祈願の祭りだ。
男性が想い人に花を贈って愛を誓う日でもあるし冬に仕込んだ酒を開いて散々飲み明かす日でもある。
僕はこのナゥルィズに食べる甘藍と腸詰のスープが好きだ。
そして帝国周辺ではナゥルィズの日にて新年を迎えるエルメア暦が採用されている。
しばし飾り付けを見つつ街中を宛てもなく歩いてると先ほどの図書館よりも大きな建物の前に出た。
金縁の看板には『シュトレーメ西街ギルド連合実科学園(中等・高等)』と書かれている。
ギルドや領主が共同で設立したのだろう、協賛者が横に書かれてた。
ギルドの即戦人材を育成するため中規模以上の街には存在する私立学校だ、ギルド幹部になるには必要な学歴でもある。
きっとこのような学園ならさぞかし立派な図書館が併設されてるのだろう、恨めしそうに見てさらに街を歩く。
西街を歩き、七番街ぐらいまで来ると庶民街な五階建ての集合住宅建築物が立ち並ぶ。
こういう建物には水道がなく、毎日生活用水を持って自室へ上がらなければならない。
そのため上階に住むほど家賃が下がるのだ。
エレベーターや水道があれば逆に上階になると高くなるのだが。
このシュトレーメは下水が完備されてるので汚物を窓から投げ捨てることは無いのだろう、歩道は非常に綺麗だ。
そんな建物の一階に大きな食堂と売店があった。
『コーヒーとスープの店・メルクーァ』
この前の乗合馬車に居たエルツァとリルツァのお店だろう、外から見てもわかる程度に繁盛している。
店の中で客を縫うように歩いて接客するエルツァと、レジを打つリルツァの姿が見えた。
今度機会があったら行ってみるか、そう思ったいらエルツァと目が合ってしまい、店外へ飛び出してきた。
「あ! アンジェさんお久しぶり……って程じゃないかぁ! どーぞどーぞ入って入って!」
と腕を掴まれお店に連れてかれた。
お店の中はコーヒーの香りが広がる。
「あ! アンジェさんだ! お久しぶり……って程じゃないねぇ!」
姉のリルツァはエルツァと同じことを言う、やはり双子なんだと思った。
「ここ座って? なんか飲む?」
小さなメニューを見せてもらう。
見ると良心的な価格の喫茶店だった。
「このブレンド、貰おうかな?」
「わかったよ、リルツァが焙煎したのがあるから待ってて」
メニューの裏には軽食とスープも書かれている。
そろそろ昼、なにか軽食を取ればよかったと後悔する。
「はい、どうぞー。あとこれサービスね」
コーヒーとサンドイッチが乗ったトレイがテーブルに置かれた。
「いやいや、悪いよエルちゃん」
「いいのいいの、ちょっと失敗しちゃって」
ぺろっと舌を出すエルツァ。
それなら頂くねとサンドイッチを口にした瞬間、目を白黒させてしまった。
「実はマスタード入れすぎちゃって……」
辛味が鼻腔を暴力的に刺激し、涙が止まらなかったのは言うまでもない。
「コーヒー、おいしいね」
マスタード爆弾と化したサンドイッチの悲劇が過ぎ、ようやく落ち着いてコーヒーを味わうことができた。
「これは豆の声がよく聞こえたの」
リルツァはふんすっとドヤ顔をする。
「リルはねパパよりもうまいのよ、焙煎」
とエルツァが言う。確かにこのコーヒーは旨い。
「そうなんだ。僕、コーヒー好きだから、ここのなら飲むのが楽しくなりそうだな」
「それならアンジェさん買ってって? 少量ずつでいいわよ。そのかわり足繁く通ってくれると嬉しいかな」
そうエルツァが言うと別のメニューをくれた。
「今日の商品、お勧めはリルツァスペシャルだって」
と言う。
何だいそれと訊くと、最近入ってきた新しい種類のブレンド豆だと教えてくれた。
ブレンドとリルツァスペシャルを少量買うことに。
「飲むなら三日寝かすと良いよ、今日焙煎したばかりだから」
リルツァが言うには、焙煎したての豆は落ち着かないのでうまく抽出されないらしい。
三日ほど寝かすと味も豆も落ち着く、そうだ。
「これポイントカード、全部貯まると好きな豆と交換出来るわよ」
代金を支払ったら手作り感あふれるポイントカードを貰った。
「ところでアンジェさん、この街に住むんだよね」
エルツァが訊いてきたのでザントバンク修身学院でお世話になることを伝えた。
「へぇー、ってことが先生なの?」
「あぁ、魔法力学がメインの教員だよ」
「そうなんだー、それならあたしたちもザントバンク修身に行けばよかったよね」
と、エルツァが悔しがる。
「ん? 君らはどこへ進学するんだ?」
「浪人なんです。来年、もう一度帝国中等学院をチャレンジしようって」
そっか、浪人を選択したんだ。
なおこの国で浪人は一度のみ認められる制度で、もしダメなら別の道を模索しなければならない。
「アンジェさんに相談。家庭教師、だめかなあ?」
思いがけないリルツァの提案だった。
客がある程度捌けてコーヒーを愉しむ数人だけとなった店舗、エルツァと話す。
「そうなんだ。まぁ受験シーズンはもう終わるわな、ナゥルィズがもうすぐだし」
「そうなの、パティシグル連盟国の帝国中等学院は結果待ちだけどね、自己採点したらひどいありさまで」
「ひどい有様て。試験問題見せてもらえる?」
「いいよ。ちょっと待ってて」
エルツァが店の奥へと消える、その入れ替わりにリルツァが来た。
「エルはまだ可能性ある、あたしは無理!」
と胸を張って言う。
そこは断言するな。
「数学さっぱり。国語それなり。地理歴史は厳しい。化学は笑いが出る。ストリバ語は泣いた」
そういうと、カップを置く。
「焙煎が試験にあったらいいのにね」
「それならギルドの実科学園じゃないとねぇ」
「でもエル一人は、かわいそう。姉として守るの」
胸を張る小柄な姉は、本当にエルツァが好きなんだなと思った。
僕が弟や妹をここまで大事に思えただろうか? 姉たちは僕を溺愛してたけど。
「アンジェさん、持ってきたよ」
問題用紙を預かり、目を通す。
エルツァは苦戦しながらも必死に解こうという形跡があったが、リルツァのは途中過程はなにもなく答えだけ記帳されていた。
「んー……」
「アンジェさん、老眼?」
「あはは、そこまでオッサンじゃないよ。それよりも二人とも……、家庭教師を頼む前にもう少し勉強しろ」
「えー? なんで?」
と、リルツァがむくれる。
「まずはリルツァ、答えを適当に書くな! なんだこの『帝国を構成する領邦五つは?』って問題」
「知らん!」
「威張るな。しかも、これ知らんかったら地理歴史の点数なんかとれるわけがない。厳しいって自己評価自体が厳しいよ」
「えー、覚えられないよー」
「パガン大公国、プリューゲル方伯国、パティシグル連盟、カナウジィ辺境伯国、サマンサ魔法国だ。覚え方は『パー・プー・パー・カナウジィ?マジか!』と頭文字で覚えるといいぞ。しかも始祖様ことギュース公に恭順を示した順番でもあるし、帝都から時計回りにあるからな」
「え? パータリプトラとプルシャプラだっけ?」
「どういう間違え方だよ。あとでエルツァに教えてもらうといいぞ」
そう言ったらエルツァに目線を逸らされた。
「えっとぉ、エルツァさん?」
「あはは……」
その後、二人の両親からも家庭教師の話をお願いされた。
新学期からどういう勤務形態になるかお約束はできないので考えさせてほしいとは申し伝えたが、家庭教師の賃金が学院の賃金並みを提示されたのには驚いた。
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