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15話

2022年11月11日、一部文章を修正しました。

2023年4月21日、タイトル修正

 この中街の成り立ちは歴史書で読むとなかなかに興味深い。



 西街を治めていた領主が月心教に大河の三角州を寄進したことから中街の歴史が始まる。

 もともとこの三角州はトラペ川が増水するとすぐ浸水してしまうために開発が遅れていた。

 それならば月心教に寄進と言う形で押し付けて開墾させれば信者の隔離と新田開発が一気に進むと思い、行われたそうだ。

 その後始祖様が侵攻してきて西街と東街を併合した後に、武官が口走った


「東と西が終わったから次は真ん中だな」


て一言で、中街は大いに抵抗することとなる。

 シュトレーメ攻防戦と言われる宗教戦争が十余年続いた。

 月心教の道場だったザントバンク学院は中街の防衛拠点となり、校舎を取り囲む城壁のような外構やカオリルナッチが住む脱出口跡、街中を縦横に走る地下水道跡と遺構は現在も残る。



 最終的に月心教座主が恭順を示して隠居、穏健派の三男が継いだため長い宗教戦争は幕を下ろす。

 なお抗戦派の長男は()()()という別の宗教を立て、争いの舞台は別に移ったが。

 現在シュトレーメの周辺に道場は無く信者も激減したが、代わりに聖心教や拝星宗徒などがなだれ込んできたため、教会や付属図書館などが乱立している。

 その後始祖様が五国統一して帝位を戴き、論功行賞によって分割統治されて現在に至る。



 カランカランと鐘が鳴り、閉館となったので図書館を出てカオリルナッチと約束している五番街の黒猫亭へと向かう。

 通りは荷馬車や乗合馬車であふれて喧騒と言っていいほどの活気だ。

 僕はその喧騒を眺めながら探す。

 そんな中、僕を呼ぶ声が。


「アンジェー先生見つけたー」

「カオリル先生お疲れ様です。よく気付きましたね」

「えぇ、いつも通り学士マント羽織ってるからすぐわかるわよ」


 僕がいつも羽織ってる学士マントは学生時代からの愛用品だ。

 僕が持ちうる一番高い衣類で、丈夫で温かい。

 夏以外はずっとこればかり羽織ってる。

 そういうカオリル先生もマルーンレッドの学士マントだ。


「今日は何して過ごしてたの?」

「えぇ図書館で調べものですよ。ちょっと中街の歴史を調べたいと思いまして」

「へぇ、面白い話あった?」

「ご存じかもですが、通りに沿って下水溝が縦横無尽に作られてるのは帝国とのゲリラ戦のためとか、ですかね」

「その下水溝には今も学院への方向が書かれてるんだって。下で迷子になっても学院まで帰れってこれるようにって」

 カオリルナッチは続ける。

「信者に開発させるため押し付けた荒地だからね、ここ。中街の郊外は穀倉地帯だし」

「そうなんですね」

「ギュース公がこの地を手に入れてからが治水工事が行われたし、ここら近辺では一番の小麦産地なのよ。ただトロボ川との合流地点だけは河川を利用する船舶業と港湾運送業が幅を利かせ過ぎた結果無法地帯となってスラム化した経緯があるけどさ」

「だからレック氏は近づくなと」

「そのスラムは安くておいしい酒場があるんだけどさ、なかなか行けな………………、アンジェー先生、心の声がダダ洩れてますよ、失礼しちゃう!」

 そうだった、カオリルナッチは読心術が使えるのだった。

 心の中で彼女なら酔っぱらえば構わずに行くんではないかと思ったのだがなぁ。



「ここよ黒猫亭、ささ、入ろっか」

 黒猫亭は通りから奥に入った小さな店だが、にぎやかな笑い声が聞こえてくる。

「いよぉカオリル先生アンジェ先生ぇー、待ってたよー」

 ラバトがジョッキを片手に手を振る。

「なによー、今朝は朝帰りでまたデート? やったわねカオリル!」

「違うわよもぉ。ってかラバト、なんで朝帰りのこと知ってるの?」

「知ってるも何も夜明け前にレックと言い合ってたの、丸聞こえやったぞ」

「えー? 覚えてないよあたし、なんか変な事言ってた?」

 覚えてないのかよ、ラバトと視線を交差させないようにする。


「アンジェー先生覚えてます?」

「いえ……僕も酔ってたので覚えがないもんで」

「そうよね覚えてるわけないか。変な事言ってないわよねほんと……ってアンジェー先生シラフだったじゃん!」

「あ、ばれました? 別に変な事は口走ってないですよー? ねぇラバトさん」

「そ、そうね、レック坊にはよ入れろやと叫んでたぐらいやぞ」



「カオリル先生いらっしゃい、何飲みますかにゃん?」

 黒猫亭の由来なのか、ウェイトレスは黒猫耳をつけていた。

「いつものワイン頂くわ、フェッチ。この殿方は飲めないのでモックテール(ノンアル)のメニュー持ってきてくれる?」

「はいはいにゃー!」

 語尾がネコ語だ、なんとなくくすぐったい。

 しかもスカートから尻尾が出てる、本格的だ。


「えー、アンジェ先生ってこういうあからさまな萌えが好きなんー?」

と、ラバトが冷やかす。

「いえ、そうじゃなくて、その、新鮮だなって」

 慣れないイジリにしどろもどろになりながら言葉を紡ぐ。

 カオリルナッチが続ける。

「この店は元々港湾運送業をしてた猫獣人が始めた店なのよ。その名残で猫耳付けてるのよ」

「そ、そうなんですね」

「ちなみにさっきの彼女は本物の猫獣人族よ? 尻尾に触れるのは性的悪戯と見なされて引っかかれて蹴り出されるから注意してよね」


 猫獣人族は法力が弱い分、近接戦闘を得意とする種族と聞いたことがある。

 華奢な少女でも不用意に手を出せば返り討ちに遭うほど戦闘力が高いが、個人主義的な性格のため戦役で活躍したという話は殆どない。

 毎日汗水たらして働く習慣もなく普段は寝て過ごし、素寒貧となれば日雇いで稼ぐという刹那的な生活を好むそうだ。



「はいお学士様、メニューですにゃん」

 先ほどのウェイトレスが渡してくれ、訊いてきた。

「飲まないクチなのかにゃん?」

「えぇ、飲めないもんで」

と僕はメニューを目で追いながら応えると、

「あたしも実は飲めないにゃ、だからこれがおすすめだにゃん」

と柑橘トニックを指した。

「ここは船乗りも来るもんでトニックは人気にゃん」



 アカキナの樹皮を水に漬け込んで炭酸を添加したトニックは独特の苦みがあるが風邪に効くという伝承がある。

 薬草を煎じた養生薬のような味で冷たくシュワシュワしてるので癖になるそうだ。

 航海に出れば風邪は死に直結するため、船乗りは予防も含めて風邪に効くと信じられてるトニックを割り材にしてよく飲むそうだ。


「じゃ、お嬢のおすすめをお願いするよ」

「今度からフェリシーと呼んでほしいにゃ」

と、彼女はウィンクをして厨房へ下がっていった。

 だからさっきカオリルナッチはフェッチと呼んでたのか。


「さてはフェッチに当てられたな? 雌猫パワー炸裂してたわね」

と、ラバトが冷やかす。

「あの子に心奪われるとお財布スッカラカンになるわよ」

 カオリルナッチがふふっと笑って続ける。

 なるほど、気をつけよう。



 しばし三人で話していると

「はーいお待たせにゃん」

と、フェリシーがジョッキや皿をテーブルに並べる。

「なになにー? 今日は二対一のお見合いかにゃ?」

「ちげーよ! 職場の同僚だよ!」

「ナッチ先生顔真っ赤っかー、どうしたにゃん?」

「うっせぇフェッチ、シッシッ!」

「ひっどーい、また来るにゃん」

 フェリシーが引っ込み、ラバトが口上を述べる。


「えー、昨日はカオリル先生とアンジェー先生が朝帰りをし、あたしは放ったらかしを食らいました。すごく悲しかった! あたしは掃除道具貸したり、床直したり、ベッド搬入したりと働いてるのに飲みに行きませんかと誘われない不思議! なんだ! 職場で飲んでるからか? それともてめぇらもうデキちまったか? ちっくしょーカンパーイ!」

「か、かんぱーい」「かんぱ……ぃ」

 すごく居たたまれない、申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら一口飲む。

 カオリルナッチも気まずそうな顔をしていた。

「で、だ! 昨日は呑平で、それからそれから?」

 下世話な質問攻めに遭った。



「そういえば、シラバス貰った?」

と、カオリルナッチに聞かれた。

 えぇ、昼前に貰いましたよと伝えると

「実践法力学もやるんですね」

と言われた。

「そうなんですよ、実践法力学なんて高等学院の夏季集中講義でしかやってないんでまともに指導できるかわかんないんですよ」

と素直に思っていることを話したら

「いいっていいって、元々はここ、礼節学院なんだからそこまで悩む必要ないって。テキスト通りぶっ放しておけおけ」

とラバトが言った。


「だって、カオリルだって弁舌とか歴史学とか教えるんだし」

「え? カオリル先生って歴史学教えられるんですね」

「ま、まぁね」

と目を逸らしながらジョッキを呷り、言う。

「専門じゃないけど教えられるわよ」

「カオリル先生も案外長生きですからねー」

「やめてよラバトー!」

 あまり深入りしてはいけない話題っぽいな、聞かなかったことにしておく。

 ラバト同様年齢不詳だし。



「てか前までの実践法力学は、遠くの的に法力を与えるってことしかしてなかったわよ」

とカオリルナッチは言った。ラバトも続ける。

「そーそー、その壊れた的を直しといてっていうだけのくそ野郎だったなアイツ、自習と称してどっかに居なくなるぐらいだし」

 アイツ? 僕が訊くと、

「アンジェー先生の前任者よ、今は妊活産休とか言って休んでるけど」

とカオリルナッチが応えた。

 あぁ、剣闘術の指導者だった人だっけか。


「アイツってすげぇ適当なのよ、授業なんて二日酔いだから自習、合コンあるから休講とか平気でやらかすし、試験だって去年とまるで同じのをやらせるだけ。そんなお粗末ばかりだったんで学院長も妊活だ産休だと聞いた時はホッとしたはずよ」

とカオリルナッチは憤る。

「授業内容があんまりじゃないかと一言釘を刺しただけなのに、教頭から『お小言は結構だけど、数時間にも亘ってするのはよくないぞ』って叱られる始末だし」

「あのときのカオリル先生、荒れてたよねー」

「二度と帰ってくんなって言いたいわほんと。んで男には色目使うし。んで二言目には『あたし、()()()()してるんでー』でしょ? そりゃあんたみたいの食ったら当たるでしょーね、()()だけに!」

 なるほど、俗にいう『自称サバサバ系女子』ってやつか。

 まぁ休職中だから僕と接することはないだろう。


「だからさー、アンジェー先生もそこまで悩まなくてもいいわよホント! あの適当女よりはマシでしょうから!」

と、カオリル先生のボルテージは下がる気配がなかった。

 ジョッキの量が少なそうだったのでフェリシーを呼ぶ。

「アンジェ先生どうしたにゃー?」

「カオリル先生、おかわりいかがですか?」

「あ、あぁ……、このジョッキにワイン! お替わり!」

「はーいにゃ! カオリル先生酔わすなんて、アンジェ先生も勇者にゃー」

 そういうとフェリシーは厨房へ。

 カオリルナッチは

「うっせぇどういう意味だー」

と叫んでいた。

 



「で、今夜は二人をお持ち帰りっと……」

「うるせぇ! レックのくせに何言ってやがるー!」

「そーだそーだ! わずかな金握りしめて花街にコソコソ童貞捨てに行ったくせにー!」

「なんでそんな……、くそ! なんてババアどもだ!」

「誰がババアだ! この髭もじゃ筋肉ダルマ!」「おめぇまだ尻が青いじゃねーかよ!」

「アンジェ先生、このババアどもを飲ませすぎですよホント」

「すんません、すんません」

「そんなに飲んでるわけねーだろ! あたしは嫁入り前なんだぞー!」

「嫁入り前の小娘がクダ巻いたりトラになったりしねぇよ! カオリルの先公!」

「はよ入れろやこのクソガキ!」

「誰がガキだ! もう三十八だよラバトのババア! 逆におめぇいくつだよ!」

「うっせぇ! ※◎☆(聞き取れない)だよ!」



 後日、学院長から僕たち三人とレックは「夜中に学校の前で騒ぎすぎるな、そして飲みすぎるな」と厳重注意処分を食らった。

 近所から苦情が届いたそうな、みんなで反省。

感想、もしございましたら気兼ねなくお書きくださいませ。おっさんの励みになります。


もし誤字脱字がございましたらご報告くださいませ。すぐに訂正いたします。

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