13話
2022年11月11日、一部文章を修正しました。
2023年4月21日、タイトル修正
夕刻、レックに感謝を伝えるとお役に立ったなら光栄ですよと笑顔で応えてくれた。
実は今日も夕飯の当てを探してる旨を伝えると、どの街がいいですかと訊く。
五番街に何かないかなと言うと、肉魚野菜とどれがいいかと訊いてくる。
久しぶりに肉がいいかなと答えるとお勧めはこことここですよとまたメモしてくれた。
レックはどうして五番街なんですと訊くので、カオリルナッチの一件を伝えると
「てことは、呑平って居酒屋に行くと思うので。この二つの店のすぐそこです。ワイン樽が店前に置いてありますからわかりやすいと思います。それにしてもカオリル先生相変わらずだなぁ。あの部屋は水も漏るし足音も響くからお勧めしませんよと言っても、あの部屋が気に入ってるから放っておいてくれって聞かないんですよ」
と言う。なんかのこだわりがあるんですかねと訊いてみると
「この学校はアクの強い先生ばかりですからね、放っておけば実害は出ませんので気にしないのが一番だと思いますよ」
とあっけからんと答えた。確かにその通り実害があるのなら距離を置きたい。
レックが教えてくれた南北を貫く道を歩いて五番街へ。
レックが言うには五番街は古い街で昔からの人が住んでるそうだ。
そのため区画整理が中途半端なので大通りから逸れるとすぐにスラムになってる場所もあるから気をつけてほしいとも。
大通りは乗合馬車も走る路線のためにぎやかだが、脇道は確かに薄暗く魔灯具も点いてない。
小さな看板が出てる飲み屋もあるが、ぼったくりが多いので注意してほしいともレックが教えてくれた。
もし興味があるならゲイバーがあるとも言ってたが、下戸が行くような店でもなかろう。
レックが教えてくれたのは「白黒羊の館」、文字通り羊料理を食べさせてくれるとこだった。
羊肉は帝国の様々な宗旨でもタブーが少ない食材なので人を誘う際に失礼なことを聞かなくて済むのが良い。
ただどうしてもあの匂いが苦手という人もいるが。
ここでもレックの名前を出すと坊やの紹介ならと何も頼んでないのにあれやこれやと出てきた。
それで六十ハンズは非常に安いと思う。
夜の帳が下りる。
外から昼間とは全く違う喧騒が聞こえる、そろそろカオリルナッチのとこへ行く。
どこだろうかと通りを歩くと数時ぐらいでワイン樽が置かれた店を見つけた。
どうやらここはワイン樽をテーブルにした立ち飲みスタイルの店のようだ。
店を覗くと一人でジョッキを呷る女性を見つけた。
「こんばんわマドモアゼル」
僕は胸に手を当てて会釈した。
カオリルナッチは僕を一瞥すると
「ここは立飲屋よ、夜会や社交界じゃないんだからそこまで畏まる必要はないわよ」
とジョッキを樽に置いた。
「ありがとうございます、カオリルナッチ先生。そして今朝は本当に申し訳ありませんでした」
僕は恭しく頭を下げると、
「カオリルでいいわよ」
と言うと
「ラガー頂戴」
と声を上げる。
「アンジェ先生も飲む?」
と訊いてきたので、飲めない旨を伝えた。
「そぉ残念。でもここはモックテールもおつまみもいける、嫌じゃなかったら付き合ってよ」
と言った。
はいと応えるとメニューを手渡してくれた。
「ここからここモックテールよ、今日はあたしがご馳走したげるわ」
店員が持ってきたジョッキを置くと毎度と言って樽の上に積み重ねてあった銅貨二枚を持って行った。
その場払いのシステムらしい。
カオリルナッチはたった一刻で何度もラガーのお替りを頼み、三度ほど化粧室へ行った。
その一刻で判ったのは、かなりざっくばらんな女だ。
「礼法教えてるって言ったらお高く留まってるとか言われるわけよー。んなわけないでしょ? あたしだって四六時中ごきげんようなんて言ってねぇし! アンジェーだってずっと物理法則考えてるわけじゃだろ?」
「え、えぇ、そうですね」
いや、僕はずっと頭の中で魔法力学について考えてたりする。
が、相槌を打っていたら彼女は一人でべらべらと話しまくる。
「それでねー、合コンで礼法を教えてるって言ったらどこか名家のご出身ですよねとか聞かれるわけよー」
「あ、はい」
「んなわけあるかいや! テキストやマニュアルもあって、その通りにすれば誰だって淑女になれるんよ! んだっけ夜会や茶会なんて相手の腹の探り合い、ケーキスタンドにかわいいマカロン並んでるテーブルの下じゃ斬り合い殺し合い泥仕合をしてるんやぞ、おっかねぇわ淑女ってほんと!」
ひょっとしたらカオリルナッチは泥酔してるのでは? 店員に目配せすると困った顔をして露骨に目を逸らされた。やはりそうか。
「アンジェー、聞いてる? カオリル酔っぱらってる? とか店員に聞かない! 私はまだまだシラフよ!」
と顔を両手で挟まれ、カオリルナッチが引き寄せた。
額と額がぶつかりそうな距離だ。思わずドキッとしてしまう。
「おろ? あたしのドアップ見てブルッときた? ねぇ今ブルったでしょ?」
何言ってるんですかこの人。
それよりこんな場末の飲み屋で顔を近づけ合うなんて恋人同士でもやらないよ。
少なくとも今までこんなに異性と顔を近づけたのはリーナ嬢と姉たちだけだ。
「ん? リーナ嬢って誰?」
そうだったカオリルナッチは読心術を使うんだった。
下手に誤魔化してもすぐに気づかれるだろうから素直に答えることに。
「学生時代の同期です、今は王宮警護副隊長してるんですよ」
「ほへー、アンジェーの同期ってすごいの輩出してるんだねー、まさかの五帝大の人?」
「そ、そうですね」
「しかも、まさかの帝都の学院?」
「え、えぇ……」
「うわぁー! 学院長と同じ超エリート学士様やー! すっげすっげ! おーいお前らー、ここに超エリート学士様がおるぞー!」
カオリルナッチは店内で突然僕の紹介を始めた。
客たちは彼女を知ってるのか
「カオリル先生のツレ、エリート学士様かよ」「やべぇ同じ空気吸ってたら頭良くなりそう」
「お前は爪の垢飲んでもバカは治らねぇ」「うっせぇバカ野郎」「うほっ」
などとあれやこれや言い合ってる。
僕は居たたまれない気持ちでいっぱいだ。
「学者先生は何を勉強しとるでやんすかー!」
と聞かれたが、僕が答えるより先にカオリルナッチは「理論法力などの魔法力学っちゅー学問じゃ」と応えていた。
「てぇことはワシらでもバコバコと魔法つかえるのんけー?」
と聞かれたので
「運動方程式にあなたの法力をはめ込んで積分した値がエネルギーとして加わる力が魔法なんですよ」
と応えたら「誰か通訳してくれー」と言うとみんなが解らんぞーと応え、ゲラゲラと笑う。
「で、このアンジェーが春からウチの学校で先生やるし、またここに連れてくるからよろしくなー」
とカオリルナッチが大声で言うとみんながジョッキを掲げて乾杯、乾杯と叫んだ。
「アンジェー、お前、さっそく受け入れられたな」
ラガーを一気に飲み干したカオリルナッチは僕の肩を乱暴に抱く。
そしたらほかの客らも肩を抱き合い歌いだす。
『♪仲間が増えた 飲み仲間 明日は仕事だ お休みだ みんなそれぞれ 違う日来るが 今日から俺らは 飲み仲間』
「で、こんな夜更けに帰ってきたわけですかい?」
「悪いねレックさん、ほんと」
「寝てたかレック坊ー!」
「いやいや寝てませんけどね。カオリル先生、毎度言ってますが門限っちゅーのがあるんですよ」
「うるせーレック坊! 起きてるんなら入れろや髭もじゃダルマ!」
「はぁー、うるせぇなカオリルの先公は……」
「お? レック坊が反抗期だ! アンジェー尻叩けぇー!」
「カオリル先生静かにしてください、夜更けですよ!」
「うるせー! はよ入れんとここでウ〇コするぞー!」
「礼法の先生がウ〇コとか叫ぶなー!」
「レックさんほんとうに申し訳ありません」
「まぁここで二人を放り出して朝帰りのほうがお互い体面わるいですからね、どぞ、静かに入ってくださいよ」
「ありがとーレック坊! おぱんつあげるぞー!」
「はよ入れやホント!」
きっと夕刻前にレックが言ってた実害って、このことだろうか。
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