01話
盆地であるシュトレーメにも秋の便りがいくつも届くことになる。市場へ行けばトラペ川を遡上する鮭鱒、きのこや山菜に季節の根菜がずらりと並ぶ。夏場に比べればビタミン色の果実感ある野菜は減るが、活気は反比例だ。やはり長く寒い冬に向けて残り少ない活動的な季節を駆け抜けようとしているのだろうか。
「ブリーフィングするぞー、リーダよろしく」
「今日のリーダーはジョルジェです。皆様元気ですが、ジェイリーちゃんはカルセリ接骨院でリハビリのためお休みです」
「了解、ありがとう。僕から伝達だ、州都大会中止になった」
「えーッ!」「まじで!?」「本当ですか!」「えー」
この前の領都大会で開催地可愛さに妨害行為を行った。これを重くみた実行委員会は競技の公平性を鑑み、全ての競技について中止選択をしたそうだ。もちろん学校や団体、新聞メディアは賛否両論で盛り上がったのだ。しかし現皇帝リーフェス四世は声明で
「他にもこの様な事例が発見されたら競技の公平性を担保できない。つまりここから先は貴族家の問題であり役割だ」
と伝えたところ官憲に対する民衆の眼は鋭くなったそうだ。例えば官憲はパトロールの最中にドーナツ屋でつまみ食いをしても許されていたが、今では民衆から「あいつドーナツ食ってサボってやがる」と苦情が飛んでくるようになったという。現役の官憲からはやりづらい世界になったなと新聞報道されたという。
「まぁ結果としたら残念だ。しかし来年州都大会に行けば良いと思ってる。今年で結婚修了のマリ君とパティ君には申し訳ないが、な」
「いえ、シュトレーメ大会を勝ち上がっただけでも奇跡ですから気にしてませんわ、パティは?」
「領都大会に出られたんですから、もう自慢しまくりだよね」
「二人がそう言ってくれるのは嬉しい限りだ。――あと一つ、皆、昇級試験を受けてみないか?」
指導や試合引率ができる教士級と試合出場可否に係わる剣士級とで大別されており、剣闘術には競技技術や知識に応じて級数が与えられるのだ。現在ジェイリーが剣士二級、ジョルジェが剣士四級だそうだ。なおデリッカはフィオライゼ剣術では剣士二級らしい。
「剣士二級以上あれば冬の全中大会にエントリー出来るな。ただし、それもシュトレーメ大会までしか無いが……、リーダージョルジェ君、君の意見は?」
「あ、えっと、その……、個人的に出てみたいです」
「そうか。はい挙手してるミノン君、どぞ」
「はーい、じゃあ出ましょうよ! みんなで昇給試験受けちゃえばいいんですよ!」
「なるほど、ミノン君らしい意見だ。反対意見はあるかい? ――無いなら後でルーチェ先生やキュリル師範代と相談してみるよ。それよりもそろそろ定期考査の時期だ、赤点者は出場を諦めてもらう可能性もあるから気をつけろよ?」
僕は皆に話を振ってみたのだが誰も挙手する者は無かったので話をここで切り上げることにした。それにしてもまた試験の時期だ、今回もどのレベルで試験を作るべきなんだろうかと思うと憂鬱でしかない。
「アンジェ先生、それなら試験レベルをうんと下げればいいと思いまーす!」
「ミノン君、まずは勉強しろ」
「ちえー、けちけちぶー」
稽古のあと僕とルーチェはジェイリーのお見舞いと相談のためリガン道場へと訪れた。ジェイリーは道場の隅で椅子に腰掛けて稽古の様子をぼんやりと眺めていたので声をかける。
「よぉジェイリー君、お疲れ様」
「アンジェ先生とルーチェ先生お疲れ様ですー、デート?」
「馬鹿言うなッ――!」
「ひどーい! そんな言い方無くなーい?」
突然僕の脇腹にルーチェが肘鉄を捩じ込んだので、思わず言葉が止まってしまった。しかも恐ろしいほどに痛く、涙も出てきたし。しかしそんな事は我関せず焉、ルーチェは僕の発言を非難するが確かにデートではない。
「やっぱ仲良いっすねぇお二人さん。ところでどうしたんです?」
「キュリル師範代にみんなの昇級試験についてちょっと相談したくてな」
「んーそうっすよね、みな剣士二級ぐらいなら行けると思いますからね」
「そう言うジェイリー君は剣士一級取らないんかい?」
「――悩んでるんすよねぇ。取ったどころで別に上手くなるわけじゃないし、教士級取れるほど私頭良くないし、この道場は弟が継ぐし、そこまで躍起になって一級取ろうってモチベーションは沸かないんですよ」
そう言って彼女はギプスからテーピングに固定方法が変わった右足首を上に足を組んでぷらぷらとさせていた。未だに痒いらしく、領都からの帰り道でラバトが作ってくれた専用孫の手でコリコリと足の甲を掻いてたが。
「ふーん、じゃあルーチェお姉ちゃんがアドバイスしたげる。――剣士一級は『打ち形・切り形・払い形』を使って、仮想的に対する攻撃技と防御技を一連の流れとして組み合わせた演武が出るのは知ってるよね?」
「もちろん知ってます。んでもあの稽古って面白くないですよね」
「そう、すっごくつまらないかも。んじゃ、私の形は見たことある?」
「無いと思います」
「やってみようか? じゃあちょっと道着に替えるわね」
そう言ってルーチェは僕らの目の前でブラウスを脱ごうとする。思わず僕らは止めた。しかも道場で稽古する女児たちも突然服を脱ごうとしたルーチェを注視していたが。
「だって今、女の子だけしか居ないから良いじゃない」
「僕がいるだろ」
「え? 気にしなくていいわよ? 見る?」
「少しは気にしてくれ」
道着姿で木剣を構えるルーチェには精悍さや冷凛とした美というべきだろうか、独特の美しさと強さが醸し出される。
「じゃあ、基本の打ち形を見せるわね」
そう言って構えるとルーチェは木剣を一度振り上げた。そしてきっと対面する仮想相手と打ち合う様を演武、いや演舞しはじめたのだ。その木剣の剣先には緩急、強弱があり、本当に仮想相手がうっすら幻視するような錯覚に陥ってしまう。もちろんそれはルーチェ自身が仮想相手を打ち倒す意気込みが強く溢れてるから僕らにそう伝わるのかもしれない。僕やジェイリーだけでなく、道場にいる女児たちも、そしてキュリルもその演舞に魅入っていたのだった。
「ま、こんな感じよ。きっとキュリル技官、……あなたのママの方がもっと上手く出来ると思うわ。――この形稽古はね、剣技が頭打ちしちゃってスランプ中の剣闘士に効果があるのよ」
ひとしきり形を見せたルーチェは上気した顔を手ぬぐいで拭う。そしてジェイリーの肩に手を置くとにこりと微笑んだ。
「え、ルーチェ先生、気付いてたんですか……?」
「さぁね」
そう言うとルーチェはもう一度顔を手ぬぐいで拭くとジェイリーの頭をなでるのだった。
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