848◇女は昏きと約を結ぶ
度々話題にしてるけど、セリアの婚約って本当に難しい話だよね。
どこの家に渡したとしても、【究聖女】って反則能力とアリスへのコネって二つを鑑みるだけでその家がつよつよになってしまう。
それに加えて、セリアがお願いすれば私やラスティも動くことになるわけで……
やっぱりこの人、婚約とか無理なんじゃない?もういっそ自分で国作れよ、って勢い。
そして多分、カリスマ……違うな、能力と人格的には国を作れるレベルではあるんだよね、このセリアって人。
……法国より“法国らしい”国を作れそう。
「正直、セリアの嫁ぎ先は割と問題。多分王国が今抱えている問題の中でも三本指に入るくらいの問題」
他の二本、気になるな……
「え!?どうしてですか……!?」
しかし当の本人としては、残る国の問題よりも自分の婚約話のほうがよっぽど気になるようで。
場の主導権の片割れを握っているのもセリアなので、そっちの方向に話が流れていく。
「どこに嫁いでも、下克上が起きかねない。革命への道まっしぐら」
「もういっそ、駆け落ちして世界に大混乱でも起こしたりしたほうがいいのかもしれません……」
自身の婚約話が真剣に国家レベルの問題になっていると知った聖女様の言動がこちらです。
「世界を飛び回れるラスティに、情報収集能力がカンストしてるアリスから逃げられると思って?」
「……花奈が一番先に見つけてくる自信がありますね」
確かに仮に駆け落ちなんてされようものなら、『観測』を全開にしても見つける意思はあるけども。
私から本気で逃れたいなら、最低条件として地球外にでも行ってもらおうかな。
「冗談はさておき、セリアはどうしたい?」
アリスが少しだけ目を細めながら、問いかける。
事実って言われたのが癪に障るけれど、それよりも真面目な展開になってしまった以上そっちに雰囲気付を合わせる。
「……それは、婚約という話ですか?」
「それだけじゃない。セリアの今後。王族としては、【究聖女】は国家に縛り付ける必要があるけれど……私は、セリアが幸せになるほうを優先したいから」
あ、やっぱり国家に縛り付けたいんだ。でもそうよね、仮に戦争相手にセリアがいたらえげつないとかいう水準をぶち抜いてくるのよね。
ヤバくなったら『天花術式!』とかいって未知の現象起こしてきそうだし。
「未来のことはわかりません。私が本当に恋をするのか、添い遂げたいと思う人が出来るのかも怪しいです。だから、その時に一番私がしたいと思うような選択が出来る環境にいたい──なんて贅沢ですか?」
セリアにしては、あり得ないほどの強欲。
あれもしたいこれもしたい、そうなる未来を確信しての完全な自由を求めるなんてセリアらしいけれど、セリアらしくない。
今までなら『花奈の親友であり続けたい』とかそんな感じで方向性を定めてはいたと思うんだけどね。
ちょっとした寂しさのような感情を味わいながら、私はセリアを見守──いや待て、この人なんか『観測』もどきみたいなこと出来るようになってたよね。そんな自由空間に放していいんだっけ?良くないよね。
「なら、セリアには爵位をあげる。その為には成果が欲しいのだけれど……」
トントン拍子で進もうとしているけれど、どうなんだろう。爵位授与ってこんな気軽に決まっていいんだっけ?
「治癒院でも作る?」
ふと出てきたアリスの提案。セリアの性格から考えると、なしではないんだけど……時間の制約的にどうなんだろう。割とそういう職場ってブラックなイメージがある。
「でも花奈やアリスさんとの時間が減っちゃいますよね?」
この人、本気で恋愛するつもりあるの……?
「国営治癒院を作って、その院長になる。実務は私とか部下に投げる、とか……ともかく、急ぐことじゃないから大丈夫。時間稼ぎ策はあるから」
「時間稼ぎ策ですか?」
「現伯爵様にして宮廷魔術師第六席。未来の派閥の長がいるから」
もしかして私の保護下って理由だけで押し通そうとしてない?武力ならいくらでも対処できるけど、陰謀とかはどうにも出来ないよ?私。
「大丈夫。王族の従者に手を出させるなんて馬鹿な真似はしないから」
セリアはアリスの従者じゃないよね?と考えたところで、自分の婚約の話を思い出す。
そっか、アリスと結婚したら一応王族の親戚か……
折角だし、そこら辺気になるよね。
「私と結婚する。それはいいとして、アリスの立場はどうなるの?」
言い換えれば、片瀬アリスになるのか花奈・フォン・トラウィスになるのか。
前者ならば降嫁だし、後者なら私が王族入りしてしまう。別にイヤってほどじゃないけど、王族特有の諸々とかは面倒臭そうだよね。マナーとか。
「安心して欲しい。王族の特権は捨てるつもりだけれど……他の立場は残るから。花奈から見たら、特に何か変わることはない」
……アリスの負担が増えているようにしか見えない。王族の特権がなくなって、仕事は基本的にそのままなんでしょ?
「ちょっと私も出世に興味出てきたかも。雑に法国の実効支配権とか簒奪してこようかな」
教皇があんな感じだし行けるでしょ、という浅読み。
でも真面目にやれば行ける気はする。これが私の全力全開!って『観測』を使えば理論上は可能だと思う。その後が最悪の治安になりそうだけど。
もしくは、国ごと全部更地にして武力兵器として名を挙げるとか?
「……そんな野蛮なことしなくていい。花奈は花奈の思うままに行動すれば、侯爵位にはしてあげるから」
侯爵ってそんな気軽に渡していい立場じゃないと思う。
「そうは言うけれど、実績持ちの第二王女との婚約は伯爵程度の地位じゃああり得ないから……」
ちょっと拗ねたようなアリスに『暗に立場を押し上げることになるよ?』と脅しをかけられる。
アリスの言うことに一理か二理はあるせいで、下手に否定しにくい。
伯爵当主の立場じゃあ第二王女との婚約は無理なのは、道理とわかる。相当伝統ある伯爵だったりすれば話は変わるんだろうけど、生憎私は新参者中の新参者。そんなぽっと出の伯爵が第二王女と婚約、ともなれば王族の価値が下がるからね。
価値が下がらない最低限ラインが新興侯爵家当主、ってことなんでしょう。つまり、公爵にでもなればアリスが楽出来る……?
「適当に王族命令とか出してもらったら、達成してくるけど?それを積み重ねて──」
「例え英雄級の活躍を重ねたとしても、流石に厳しい。公爵家は王族の血が入っていることも重要だから……その為には一回花奈を公爵家の誰かと婚約させる必要がある」
『で、その後花奈以外の公爵継承権がある人を全殺害とかすればなれるけれど』とアリスは付け加える。
1、16歳がおやつ時にする会話じゃない……!
「実行自体は出来るけれど、一回でも花奈が私以外と婚約するのが嫌」
しかもダメな理由そっちなんだ。公爵家全員虐殺のほうに忌避感とか抱かないんだ。
もうちょっと倫理的忌避感を抱けよ。嫌がる素振りくらい見せてもいいと思うの。
「殺害はいいのですか……?」
セリアが恐る恐る、と挙手を交えながら質問する。
「………………花奈のためだから」
人を大犯罪の大義名分に担ぎ上げないで欲しい。
姉妹揃って大罪人になろうなんて努力はしなくていいから……
「こういうところは見習わなくていいからね?」
ついでに言うと、人にキスの仕方なんてあんま訊くものじゃなくない?そういう秘め事関連ってもうちょっと隠そうとするでしょ。
「ともかく、セリアの婚約先は国を傾けるから個人的には、花奈とでも婚約して欲しいんだけれど……」
この人正気か?自分の婚約者と婚約して欲しいって発言、場面によってはえげつない性癖カミングアウトしてることになるけど大丈夫そ?
「花奈ですか……?」
何その『えー……?この人?』みたいな表情。一応伯爵なんだけどな。上から数えたほうがはやい位偉い人なんだけど。まあアリスがいるせいで霞みまくってるのは事実。
「拒絶はしませんが、拒否はしますよ!花奈にはアリスさん一筋でいて欲しいですから!」
さて、告白もしてないのにフラれた私の気持ちを答えよ。代理人に婚約申し込みをされたのに、本人に向かって言うのなかなかにエキサイティングな返答方法だよね。精神が弱い人なら泣いてるって。
「いいですか、アリスさん。花奈は何度世界を巡ってもアリスさん一筋です!それくらい愛してくれているのですから、その想いを否定するような言動はどうかと思います!」
いやごめんセリア、それはちょっと流石に怪しい。多分別の世界線があったら全然アリス以外と結婚してた可能性はある。何ならセリアの可能性は割とあるし、ラスティもワンチャンなくはない。リルトンと結婚は……大分“終わり”の世界でしょ。
アリスの『どうなの?』という視線が私に向けられる。
「少なくとも、今生は一筋でいる自信はあるよ」
記憶のない来世までは流石に保証出来ないよね。
来世でも愛していたいけれど、現実的に無理なものは無理なので……
「といいますか、本当に婚約するんですよね?もっとこう、お揃いの指輪とかするものだと思うのですけれど……」
──お揃いの指輪。婚約指輪。
確かに持ってないな、と気付く。
私に送ろうという意識が全くなかったのは、私側がそういう感性だからか、それとも女性だから贈られたいという潜在的思考があったからか。
どちらにせよ、言われて初めてその存在を思い出す程度には忘却の彼方に追いやられていた存在だった。




