849◇オーバーライト・スター
さて、ここで最近アリスに完全管理されている私の給金に想いを馳せてみよう。
どうしてか、といえばまあ簡単な話。
婚約指輪、エンゲージリング……名前は何でもいいけど、それは月給の三倍程度の金額を贈ることがいいとされている。
もしくは年収の25%って言い方もあるけど……そう考えると大分おかしいな。働ける時間を50年として、生涯収入の0.5%か。
つまり、婚約指輪を200個買おうものなら生涯賃金全てを使い果たせる、ってことね。
と、妄想はここまでに実際のところ何円換算になるのか。
現在私側に入ってきてるお金から換算すると……大体500万円くらい。何、高めの車でも買うのかって金額。
常識的に考える余地すらなく、500万円の婚約指輪がアホの贈り物だってことはわかる。
私だって──
「そういうわけなので!」
その瞬間。僅かなラグすら見せずに居場所が変わる。
『天異境』の自室にいたはずが、セリアの世界へと移り変わる。
「婚約指輪!それは言うまでもなく世の女性達の夢!幸福の象徴!婚約の証です!」
テンションがうなぎ登りのセリアに、何かを悟らされる。
あと個人的にそれよりヤバいな、と思ってるのは一瞬で転移した事実。
「え?今?どうやって転移したの?」
「そんなの想いの力で何とでもなります!そんなことより婚約指輪です!」
ならないから問題にしてるんだよね。
『観測』という正論眼鏡をかけてセリアを見ると、計測するのも馬鹿らしくなってくるような分量の“神秘”が集まってるのが見てとれる。
おい待て神秘ってなんだ。
「ふふふ、どっちが贈ればいいかわからない。そんな表情をしてますね!私に任せてください!」
そんな表情はしていない。正解はその“神秘”ってのが何なのかすごい訝しんでる表情。
いや本当に何?
爆上げテンションのセリアを横に、『観測』で慎重に分析していく。10%だからセーフ、と言い訳を重ねながら。
「お二人が選んで、お互いに贈りあえばいいのです!」
ほら見てよ、アリスすらドン引きしてるって。えぇ……マジで言ってるのこの人、って表情してるから。
そしてアリスがドン引きしてるのは、多分“神秘”のほう。
アリスがわかる?と視線で投げ掛けてくる。
いや知らん……少なくとも『観測』由来じゃないとは思う。わかんないけど。
「えっと、もうちょっと詳しく教えてもらってもいい?」
「あっ、お揃いがいいってことですね!うーん、なら二人共お互いの分を買えば解決じゃないですか?そうすれば、二つお揃いですから!」
そっちじゃない。本当にそっちじゃない。
もうこの際婚約指輪は500万円出してもいいから、目の前で巻き起こってる謎をどうにかしたい。
「そっちじゃなくて、転移のほう」
「ああ、そっちは簡単ですよ。祈れば叶いますから」
全世界の魔法使いに平身低頭して謝ったほうがいいと思う。
神の奇跡でもないんだから、祈るだけで叶ってたまるか。
「わかりました。折角此処にいるわけですし、ちょっとだけネタバラシしちゃいましょう!」
一歩、セリアが私達から距離を取る。
テンション高いセリア、さてはチョロいな?と疑念が沸きながらも念のため一歩下がる。
合計二歩、2mにも満たない距離が彼我の間に開く。
「──物語世界開幕」
スッ、とセリアが言葉と共に瞳を閉じる。
それを合図としたかのように。
劇的な変化が発生する。辺りの空間、世界、その全てが上書きされる。
宵闇の暗がりだけではなく、昼間の日陰さえも打ち消す過剰な光源が、『観測』機能の一切を不全へと、もつれこませる。
「なっ」
次の瞬間。たった3文字の言葉すら発する間も貰えずに次が発生する。
さっきまでは『観測』ごしでないと観ることが叶わなかった“神秘”。それが、目で見える──否、視界を覆い潰すように空間に充填される。
密度が変わった、と本能に訴えかけてくるような威圧感、神聖さ、不可侵性。
遅れてわかったのはその効果。
無意識的に発動しようとした、花法が不発に終わり──異法の全てが使用不能になった、とわかる。
周囲のあらゆる一切、万物の全てを塗り潰す。異法というのは願いの他に、それに対応する素粒子がなければ始まらないという──崩せないはずの前提を叩き割った聖女様は、手を空にかかげて宣言する。
「天花術式臨界起動!」
キラリ、と爆発寸前の恒星のような光。
「《聖言解放:輝ける極光の第一神秘》!!」
────後、世界が光と神秘で満たされる。
おいイシュタム!!どうにかしろ!!お前が与えたやつだろ、それ!!
ナーフだナーフ!
花法は無理。魔法も論外、神域や呪域は発動せず。呪祟すらも動く様子が見えない。は?終わりか?
「花奈は世界に対して、花素というものを創りました。なので、花奈の弟子である私は──『少世界』限定で機能する新しい素粒子を創ることにしたわけです!」
何を言ってるの?このトンチキ聖女。ちょっと目を離すたび明後日の方向どころか北極星に飛んでくじゃん。
それに花素もここまでの無法を発揮させた覚えがないんだよな……何、怖っ。
「そして、こないだの『観察者』の落とし物。この二つを合わせることでっ!この領域に限って、花奈のような“強さ”を手に入れることが出来たのです!」
ごめん、花奈のようなじゃなくて花奈を越えた強さの間違いでは?
少なくとも私、異法全禁止空間なんて作ったこと……あったけど、あれって私も相手もで対等だった。
少なくとも今見てる感じだと、セリアはバリバリ使えるどころか普段以上に冴えが良さそうな雰囲気出てるけど。
「この状態だと出力や燃費が普段より良いので、足りない持久力や火力を底上げ出来ますよ!」
多分セリア以上に持久戦が得意な人は元からいなかったと記憶してるんだけど……あの、その、セリア?
私はチラリと過る嫌な予感──具体的には《聖言解放》にはこれ以外のパターンがあるんじゃないか、という疑念を抑える。見なかったことにしよう。臭いものには蓋をしておこう。
ほら、私が『観測』しなきゃなかったも同然になるって『観測』君も言ってたし。
にしても『観測』、本当に使えないな。
どういう仕組みかわからないけど……でも、完全封印って感じじゃない。出力の固定値減算か割合減算あたりかな?
というか、そうじゃないと流石に辻褄が合わない。世界の運営装置を一人の聖女の“想いパワー”で無力化できてたまるか。
「そういうわけで!!」
セリアのテンションと比例して上がる“神秘”の濃度の高さに辟易と……え?これ、まだ上がるの?マジで言ってる?
絶対『真術界廊の創索』の効果とかも入ってるでしょ。
多分これ、ラスボス戦ロールプレイの時はもっとテンション高いんだろうな……がんばれ、と未来の私を労る。
要約するなら、異法全部禁止された天世状態で全盛期以上のセリアを倒そう!なので全然おわり。
『真術界廊の創索』っていう魔法は、“場の流れ”っていうものに大きく影響を受ける。
負けそうな雰囲気なら負けるようにデバフが入っていくし、勝てそうな雰囲気なら勝てるようにバフが入っていく意味不明な物語魔法だけど──多分、これを組み合わせことで「負けそうな雰囲気」になった瞬間に場面切り替えで雰囲気リセットが出来るようになったのでは?という疑惑が発生する。
え?控えめにいって詰みでは?
「婚約指輪を──」
「セリア、盛り上がっているところ悪いけれど……もう選んで買っている」
え?
「え?」




