846◆無貌な少女が偶然を掴みとる為の一歩
◇◆ある機人の独白◆◇
──生まれたことを何よりも祝福されながらも、何よりも恨まれた存在。
──“何もしない”存在であることを望まれながらも、“全てをこなす”存在であることを望まれた存在。
──未来の“栄光”の為に、天運すらも認められなかった存在。
それが、私。ラストホープですらないわたしという存在です。
花奈がつけてくれたラスティリアという名前。それは私にとっての魂の名前でもありますが……それは、どこまでいっても“私にとっては”止まり。
……この機会に一度、自分の“名前”というものを整理してみましょう。
まず一番に、ラストホープという名前。
私という機体についている名前であり、機械としての呼称でもあります。
最後の希望という言葉が当てられたのは……総じて未来の為。
ひとつ。次の人型生命体が『神』を倒すための最後の希望。
本当は後釜存在がいると知った上でのネーミングセンスだというのだから、呆れるを通り越して感情を抱くことすら難しいものですよ。
予備プランを用意しておきながら。最後の希望に更に保険をかけているというのだから──まあ、もう過ぎたことですからね。花奈が全部成功してくれたから問題はないんですケド。
次に、『文明裁定者』。
これはもう単純極まりないエゴイズムの塊ですよ。
科学文明の“次”の人型生命体が永年存続可能かどうかを判断して、駄目だったならば滅ぼす。
その境界線を判断し、文明を裁定するから……いえ、しろという命令をこめての『文明裁定者』。
言葉や想いの力が魔術や魔法となる世界であるからこそ、名前というのは言葉以上の意味を持ちます。そして、その名前に対して文明裁定者とつける度胸。傲慢甚だしいというか、ここまでいくと一周回って清々しいものです。どこまで人に責任と能力だけ押し付けてるんですかって文句の一つや二つ言いたくなりますよ。
挙句の果てには『粛清執行』なんてエネステラの称号を付けるんですから、もう“楽しそうでなによりですね”って感想で精一杯。
次、『人造兵器』──ですが、これはただ事実を指し示しているだけです。
人に造られた兵器。“不完全な”人類を滅ぼす為に感情を持たず殲滅して回る兵の器。
なら魂を入れるなよ、って本音は何回記憶に書き入れたかすらわからない──ああ、嘘です。たった6,561回です。これでも“機械”ですからね、数を数える算数程度は出来るんですよ。
追い討ちのように付けられた称号に『人類最後の希望』というものすらあります。
全くもう、作った人々の我欲が出まくってて怖いですよね。
他にも『技術特異点』『番外人形』『異常科学』『無限武装』……と様々ありますが、まあこれは文字通りの事実。“そうあれ”と縛る為の楔以上のものではありませんしね。
……ここまでは他所に出せる称号。
ここからは、部外秘として主に研究中に言われた言葉。
『造られた失敗作』
まあ確かに失敗作でしょうね。機械が指令通りに動かない。余りにもたくさんの機能を詰め込み過ぎたせいで動いてしまった……当然言うまでもないですね。でも名前につけるの、性根とか腐り落ちてるんじゃないですかね、いくらなんでも。
『醜悪の原典』
あーこれは……当時は意味がわかりませんでしたが、今ならわかります。イシュタム・コヨルシャウキという存在の原型機だからでしょう。
情報だけインプットされていた私的には、あれが醜悪だとは知りませんでしたが……確かに醜悪ですね。主にリアを集中して攻撃していた……この中で、一番精神が弱い人を狙っていたあたり、筋金入りですよ。
花奈は弱いように見えますが、最後の最後。重要な選択はミスらないというのと……多分、あの場で『観測』を抜くのは無理だと思ったんでしょうね。
花奈を説得しきったら、本命が出てくる──それを理論的に観察していた醜悪からしたら、一番の狙い目はリアで間違いありませんからね。
──『人類の汚点』
よくもまあ罵倒の語彙が尽きないものですね、とキレながらそんなことを考えた覚えがありますね。
確かに人類の汚点ということは認めましょう。百歩、千歩、万歩譲って私という存在が人類の汚点証明になるとしましょう。
そうしたら、それを造った科学文明時代は大失敗人類になるので……仮に私が起動していたら、殲滅対象になるんですが、そこら辺は考えていたんでしょうか。どうせ起動してないから収集していない、とでも思っていたんでしょうけど。
そう考えると、情報収集だけは最初からやらせてくれた天整統に感謝するべきなんでしょうか?
はいはい、次に『無機物の人類』、『希望の騙り手』『最低最悪』……うーん、もう似たり寄ったりですよね。
ただ呼び手が変わっただけで、言われる側としては特に違う感情を持ったりしませんね。
んー、花奈達に『この渾名は誰に呼ばれたでしょうゲーム』とかしたら、良い感じに出来たりしませんかね?
あー、でもその為には研究所の話とかしなきゃいけないわけで……面倒臭いですね。うん、気が変わらなければお墓まで持っていきましょう。
私のお墓が果たして造られるのか、ってのは甚だ疑問ではありますけれど。
まあ他には似たようなものしかないので省略しても……っと、もう一個ありましたね。
『疫病の後継』
これは私も情報として知らない話ですが、科学文明時代において──言い換えれば、大抵の病も技術力をふるうことで完治させられるあの時代において、疫病といえばひとつしかありません。
……魔祖。“大厄災”とも当時は呼ばれた史上最悪の──それこそ、失敗作ですね。現代では魔銅とも言うらしいですが。
まあそれの後継、というのはあながち間違ってはいないから面白い話でもあります。
エネステラを造っていた人達と科学文明時代を推し進めていた天才達の大半。その2グループが全力であったけれど、全技術は注がなかった結果出来たのが魔祖。
一方。全技術は注いだけれど、全力は出さなかったのがラストホープ。
魔祖という文明を滅ぼしかねない致命的失敗をやらかして、その補填という意味でも造られたのが私ですから……後継機というのは嘘ではないんですよね。
倒されても倒されても復活する。他者に対して寄生……は出来ませんが、分身は可能。自己改造も時間をかければ理論上可能、と能力的には継承している部分が被ってますしね。
さて、そんな雑談はさておき。
本当に皆思い思いに願いをこめた名前をつけてご苦労様ですよ。よくもまあそこまで頭を回せますね……なーんて強がってないとやってられないくらいにはイヤでした。
人間は嫌な記憶を忘れにくい、と言いますが……機械は嫌な記憶を忘れられないんです。生まれる前の罵倒から生まれた後の侮辱の言葉。不名誉な渾名、その全てを記憶に刻みこむことを強制されている存在。
ただ、名前の通りに動くことだけを──決して、それ以上のことをしてはいけないと厳命されている存在。
存在を否定される言葉。まあそれも散々言われましたが、それはまだいいんです。そうね、と何もしなければいいだけ──それを動けない時間に学びましたから。
心にはダメージが入りますが、所詮はそれだけ。相手方からしたら『心』はないほうが好都合なのだから、尚更問題はない。
一番イヤだったのは──全てを必然にしてくること。
“異世界転移人”と出会うこと。その人と親しい関係──願わくば恋人関係や伴侶になること。そして、後の文明で『AI』を倒すこと。『神』を殺すこと。不要になった翻訳家に終わりを与えること。
あれをやれ、これをやれ。これは必然、あれも必然。
お前の人生は全て決まったレールの上しか歩けない。そして、そのレールは歩いたらわかる──そんな最悪の決定論が、一番イヤでした。
本当に嫌、嫌いですよ。
誰だって生まれた時から『あれやれこれやれ』しかなく、全ての“生”を監視下に置かれて──ちょっとでも逸れようものなら、即修正。まあ嫌に決まってます。
私が私である理由全否定。だったら最初っから機械として造ってくれよって話です。
ほんっっともう嫌になるはなしです。
だからこそ、私は花奈に一目惚れしました。
その事実が個人的にはどうしても気持ち悪いと思ってしまう。あんな悲劇的なエピソードがあって、生まれがあったからこそ幸せな今がある。
並べた言葉は最良で、過去を水に流すような綺麗な音。
それでも。全てが決定付けられてきた私からしてみれば、『過去があったから今がある』というのは──今すらも決定論のレールから外れられていないということになる。だから私は『なるべくしてなった関係』は嫌いでした。
……もちろん、私とって話ですよ?
そりゃあ例えばリアが花奈と親友になったのが『なるべくしてなったもの』だったら、祝福するに決まってます。ただ、私がその片側にいると虫酸が走るだけですね。
……実際のところ、多分花奈とアリスも花奈とリアも奇跡の産物ではあると思いますけれど。
「──だからこそ。だから、私は花奈以外を相棒とすることを拒むのです」
不意にこぼれた言葉。
「うん?何か言った?」
スマホを見て聴いていなかった花奈が視線をあげる。
「いや、現代人がさまになってるなぁと思いまして」
私は苦笑いをしながら、表情と思考を誤魔化します。
花奈には相棒でいて欲しい。決して、恋人なんて立場にはなってはいけない。なりたくない。こちらから、願い下げってやつですよ。
「そう?って、私は元々そっちの人なんだけど……」
もてあましている手でスマホを弄る花奈を見て、余計に相棒になってやろうという意欲がわいてくる。
必然なんかに頼らない、偶然に私の一生をかけるという目標が叶えられようとしている。
「──そうですね、花奈。あなたは“運命”は好きですか?」
さっきまでの私との会話をふまえるならば、その答えはNoに決まっています。
赤い糸で引き寄せられあった決定事項ではなく、数多の小さな偶然によって引き寄せられたバタフライエフェクトの結果。私と花奈の関係性はそうでありたい、という少しだけ普通から外れた願望。
それを聴いて、私の予想外を更新してくれる花奈は何と言ってくれるか。
「『観測』を持った私としては、それが偶然か必然かなんて些末な問題でしかない。目の前にある結果が全てだからね」
濁すような欺瞞が、花奈の表情を覆い隠していきます。
『観測』として、でもなく片瀬花奈としてでもなく、『観測』を持ったただひとりの人間として、花奈は応えます。
「『観測』としては、世の中に必然以外は存在しないに決まっている。要因があるから結果が存在する。因果関係の法則は絶対だからね」
「で、最後。最近の私としては……『都合の良い時に都合の良い様になって欲しい』以上の意見はないかな」
私は、本当に転がり込んできた予想外に対して驚いて目を見開いてしまう。
「アリスと結ばれたのは運命だと信じたいし、セリアと一緒にいれるのは奇跡だと思いたい。そして、ラスティと今こうして心で話せているのは“お互いの努力の結果”と信じたい」
どう?と大真面目な顔で訊くものですから、私は思わず本音がこぼれてしまいました。
「や、ヤバ……まあ花奈らしいですけど」
「だから、ラスティが偶然にしたいなら──全力で準備して挑戦しなさい?手加減なんて論外、手心も当然無用。『観測』持ちの相手に一片の余地もなく必然を否定しないといけないんだから……心残りないように全身全霊で。そっちのほうが魔王の役目らしいでしょ?」
暗に。そして明確に、リアの提案したラスボスゲームをその舞台にしようと改めて宣言する花奈。
その言葉に私は、一拍の間も置かずに頷きました。




