844◇望みを願う機械の大惑星:錯綜
ラスティの表情に、ほんの僅かな“何か”を感じる。
表情豊かな能面。或いは初期設定通りのプログラムを実行しているような違和感。
一度その疑念が沸き上がれば、ここまでのラスティの話の進め方自体にも疑念が浮かび上がってくる。
それこそ、恥ずかしいことという話題からここに繋がったことだとか。
「っ~~!花奈もそういう視線、するんですね!」
感極まったようにしか見えない行動。腕を振るってまでの情緒表現。
仮に感情のないAIだったとしたら、不必要でしかない行動。
「理解出来ない存在。人外だと距離を取る“正常”な行動。やっと普通の人間らしい反応をしてくれましたね」
話している内容とは打って変わって、嬉しそうな声色。自らの存在が排斥されに行っているというのに、喜色を表すラスティのおかしさ。
おかしい、と気付きそれが「おかしくない」とわかった私からすれば、今のラスティの言動のほうがよほど解せない。
人間らしくないことなんて、少し面食らっただけで何も問題にはならない。それでも人類ではあるのだから、何が変わるわけではない。
むしろ、人類じゃなかったとしてもラスティリアはラスティリアなんだから──そこに変わりはない。
誰でも普段は物静かな人が突然大声を出したら驚く。そんな事象と全く一緒の驚嘆を覚えただけ。
それ以上のものでなく、だからこそそれ以降のラスティの行動のほうに理解不能の称号は移される。
「どうしてラスティは、そんな遠ざけられようとしているの?」
今回も、そしてイシュタムの後にあったあれでも。はたまたそれ以前のいつかも。
いつもラスティは、肝心な時に私から距離を取ろうとする。平常時に詰めすぎた距離を修正するように、ラスティは遠ざかろうとする。
「……」
へぇ、だんまりなんだ。
私はそういって、敢えて不機嫌に当たり散らす。
『一緒に成長していきましょう!』とか『相棒ですからね!』言いながらその程度なんだ、と雰囲気ではなく行動に不機嫌を憑依させていく。
「だから何?あれもこれも本心じゃないってこと?」
更に意図を乗せ、詰問するような口調でラスティを責める。
私の予想では、ここに対してラスティが合わせてくるのは腹黒いラスティリア。つまり、私を煽るような発言をしてくると予想している。
「いっ……そうですよ。マスターには恋人も親友も既にいますからね。元々仕組まれた歯車は不必要となり──使い捨てられる。相場と運命は決まっているんです」
売り言葉。明確に私から感情を引き出そうとしていることがわかる言葉での挑発。
それでも予想外なのは、その方向性。てっきり精神的距離を遠ざけるほうの言葉だと思ってたんだけど……
例えば『利用して当たり前ですよ。私は人類裁定機であり、完全な人類の探究の為に造られた存在ですよ?不完全な人類如き、利用しないはずがありません』みたいな言葉だと思ってた。
その方向性が距離を遠ざけるには最適解なのに、それを使わないのは……まあ、わかりきっている。
ラスティリア自身がそれを望んでいないから。それを言ったら、致命的に亀裂が入ってしまうと怖がっているから。
或いは、本音としては距離を遠ざけたいわけじゃないから。下手すればそのどちらも。
本当に、本当に面倒臭い感情初心者だと心の中でため息をつく。お互い様とはいえ、限度ってものがあるよね。
「──観測分析予測:感情秘匿を検知。早急な意識確認を開始」
なので、一演技してみせよう。
あたかも『観測』を使ったようにみせているこれは、ただの言語羅列。嘘でしかない。
そもそも『観測』は感情秘匿検知なんて方法は取らない。やるなら、過去の集積情報との連続性を調べることによる特異点性の判別とかでしょう。
第二に本気でやりたいなら、『意識確認を開始』なんて宣言はいらない。むしろするだけ相手に意図を伝えてることになるから、不利一直線よ。
そんなわけで、『観測』とは一切合切関係ないただの宣言による虚仮威しを実行する。
「花奈、それは反則ですよ。それされたら隠せるものも隠せ……せ……いや、さてはただのハッタリですね?」
普段の冷静さを持てていたのなら、或いは言葉を返すまでに時間的猶予のある文通のようなものだったならば展開は変わったのだろう。
けれど、会話によるコミュニケーションの最大の魅力は即時性。その場その場の偏りが最大限影響を及ぼす手段だからこそ、大嘘の仮面を張り付けることが出来るし──今みたいに大嘘を暴くことだって、即座に行われていく。
「当然よ。感情論的を喧嘩したいなら、せめて本音でかかってきなさい?そっちが大嘘なら、こっちも大嘘で返すしかなくなるんだから」
「……無駄なところで成熟してますよね、花奈。全く歪な成長してるんですから……」
人のこと言える立場になってから言って欲しい。
ラスティも大概でしょ。
「それで、意図的に距離を離してたのも──私の為を思ってでしょう?どうせ“普通じゃない価値観を持っている私が近付き過ぎたら、それに汚染される”とか“『観測』と似ている私が仲良くし過ぎたら、治るものも治せなくなる”とか」
「まあ」
露骨に目をそらすじゃん。そんな当てられるのイヤ?
「……クエストを発行します。『セリア・ティーミールの過去を暴け』──私の依頼を受注してください。法国の総集編……そして、真相を知って下さい。ただし、アリスの協力はナシです」
曲がり角で急激に振り落とされたような感覚。
まるで常識が通じていないような異常。あるべき物が欠けているような感覚。
それほどの論理と会話の飛躍が、当然のように行われる。
ラスティは──ラスティリアは、それが解答になるとわかりきって発言している。
「セリアの過去……それを暴くことが、ラスティに繋がるの?」
「答えにはなりません。それでも、花奈にはきっと繋がりますよ」
要領を得ない返事を確信と共に投げつけてくる。
ラスティはセリアの過去を……それも、私が知らない過去を知っている?
それはいい。有り得ても違和感はない。ちょっと悲しさが出てくるだけ。それはそれとして、その未知を暴けと言ってくる意図は何?
ラスティからの返事に一拍遅れて思考がついてくる。
「ああ、それと私はリアの過去について知りません。ですが──私には“古代の叡智”と“天才の頭脳”がありますからね。わかることもあるのです」
イシュタムと重なるような雰囲気を一瞬だけまとい、ラスティは優しく微笑む。女性の私ですら見惚れるような表情。アリスがいなかったら思わず靡いてしまうような計算済の微笑み。
恐らくラスティの考える“機械の考えた最大限魅力的に見える人間の微笑み”像なんだろうな、と直感で理解する。
敢えてそれを振る舞っている。「機械の考える人間らしいNPC」を意図的に演じようとしているのを理解する。
「──これ以上のヒントはあげません。エラーメッセージの表示をするしかありませんからね」
仕上げのようにそう付け加えたラスティは満足げな表情を浮かべ──
「ちょっと待ってね」
それを制止する私がいた。物語ならともかく、そんな仰々しく送り出されて……そのクエストが親友の過去を暴けってセンシティブなものなんだから、おかしいでしょ。
「セリアが過去を知られることを望んでない可能性だってあるのに、それをラスティが私に要求するの?」
しかも、ラスティが知っているというのならもうちょっと安心出来る要素が増えるというのに……それすらないとこの相棒はほざいている。
「はい。忌まわしき過去、封印された過去。観測者として……そして、一人の好奇心を持つ人間として、甘美な響きじゃありませんか?」
「確かにね。でも、よ」
親友の過去をそうやって遊びの対象にしたいかって言われたら、答えは拒絶。
せめてそれは私じゃなくて、『観測』に言えってことになってしまう。
ただ観られて終わる。何の感慨もなしに親友の過去を、記録を材料として消費するというのは……明確に嫌。
「でも、リアは物語を好んでいますよ?劇的なスペクタクル、暴かれる過去、親友がほぐす過去のトラウマ。うんうん、リアの好みそうな事柄です」
本人が好んでいるのと、本人が当事者になりたいかは相関性そこまでないと思うんだけど。
そんな理論を持ち出して、私は少しつよめに反論する。
「リアは花奈を──花奈すら物語の枠組みに収めようとした物語妄執者ですよ?自分が当事者になることぐらい、好物の一つに決まってます」
「じゃあ……私が受注拒否したとしたら?私が嫌だから、って理由で」
ラスティが不思議と強情だから、ちょっと違うアプローチをしてみる。
私の意見はラスティよりも私のほうがわかっているから、詭弁理論的反論は難しいはず。
「少し困りますが……実のところ、花奈にこの話をした時点で私の目標はほぼ達成されているので、問題ありません」
古代文明の最高傑作頭脳に対して、『観測』なしの私が勝てるわけない気がしてきた。
いっそのこと『観測』を発動させてでも押しきったほうがいいかな?と思考を回し始める。
「神の証明──」
と、いうわけで10%の無反動反則能力を堂々と行使する。反動ないからな、と言い訳することで心置きなくつかえるね。
今回は思惑分析に重点を置いていこう。つまり、即効性の求められない問題。
思考の隅でホワイトボードとビデオテープを展開しながら、観測者として実験室を認識していく。
……ラスティリアを観る。
セリア・ティーミールの過去……片瀬花奈側に与えられた情報──イシュタム・コヨルシャウキに“友達”が殺されたという断片的情報──そこから導き出される結論。
「なるほど、そういうことね」
したり顔という名のドヤ顔をして、ラスティに指を突きつける。




