843◇望みを願う機械の大惑星:真贋
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「そういえば、アリスが花奈に関して割と気持ち悪い話をしていたって話でもしますか?多分あとちょっとしたら、アリスとリアもここに来るので」
リルトンの言っていた『賭博の神王』について話そうか、と考えていたらラスティから妙に気になる話の振り方をされる。
まあこっちは全員揃ってからでいっか、と思考を打ちきり後回しに投げ飛ばす。
「まあでもアリスがたまに気持ち悪いムーブするのは今に始まったことじゃなくない?」
アリス、たまにその才覚と頭脳から繰り出されるえげつないほどの気持ち悪いムーブしてくるイメージがある。
知識と努力と才能の方向音痴三重奏みたいなことしてるよね。
「……切り出した私が言うのもあれなんですが、酷い言い様ですね。恋人に対して」
事実は事実。きっぱり言わないと後々面倒なことになる可能性もあるし、別に私は気持ち悪いムーブしてるアリスが嫌いなわけじゃないからなぁ……
「気持ち悪い、って言ってるのにですか?」
「逆説的な愛情証明みたいな?」
「歪み過ぎじゃないですか?もっと純粋な愛情表現しましょうよ」
わりと頻繁にされてる気がする。
アリス、言葉だとひねくれ歪みウーマンなこと多いけれど……なんだかんだ
「はいストップです。何が悲しくて仕え主とその恋人の情事の話を聞かされなきゃいけないんですか」
「……はい」
「はいじゃなくて……まあいいです。というか、ついさっき『恋人になりたかったけど、先に枠が埋まってたから渋々相棒になった』って評した人に対してその発言、世が世なら刺されますよ?倫理観とか大丈夫です?」
倫理観大丈夫そう?って煽りを秒で出せるラスティこそ大丈夫そう?
冗談はさておき、それは簡単な話よ。
「さっきラスティは違うって言った。ならそうなんでしょ、って思考放棄して──うん、言った」
「………………反論するだけ私が不利になるだけになるので、まあそれは置いときましょう」
何か重いダンベルを虚空に置いたような仕草をしながら、ラスティは言う。
そんなに重かった?今の雑談。
「で、毎回花奈と話そうとすると爆速で話題がその辺の茂みにそれるのもさておき。アリスの気持ち悪い話ですね」
「……うわ、こっちもこっちですね」
スッと真面目に拝聴する体勢に入った私に若干……いや、大分呆れながらも、ラスティは言葉を続けてくれる。
「花奈の髪の毛を見ながら、『これを取り込めば花奈の遺伝子……タンパク質が……』とか呟いてたんですよ」
うん、いつもの気持ち悪いアリスムーブね。
そろそろ処罰されてもいいんじゃないか、って思うけどアリスが法だからな……三権分立はどこいったんだか。
「まあそこまでは良いんですよ。たまに聞きますしね」
そう。いや、全く良くないんだけどそう。
「で、問題はその後花奈の遺伝子が自分の細胞に注入されることを想像して、喜んでいたところですね」
……審議の時間かな?
ちょっと言語化出来ないタイプの気持ち悪さというか、えげつなさがあるよね、これ。
何て言うんだろう。確かに事実としてそうなんだけど、そうじゃないというか……
「後で本人に訊いてみたらどうですか?多分図解付きで解説してくれますよ」
されても困らない?
生物の授業を始められても困るし、下手したら私のほうが詳しい……いや、それは怪しいかな。
さて、アリスの気持ち悪さが表層化したって報告を貰って私はどうすればいいんだろう。
私に何か隠していることは確実だろうから、その内情を探ろうと思った瞬間にこれよ。
……一応真面目に考えるなら、弱味を見せたくないとかその類いの最悪じゃないのは嬉しいよね。
恋人だからこそ弱味を見せたくない、見られたくないという心情は当然わかるけれど……
気負わずに本音とか愚痴を言い合える関係になりたいよね、って考えるのは私の我が儘になるのかなぁ。
個人的には、アリスよりセリアに弱味を見せたくない気持ちはあるのよね。
お互い強いところを見せて、研鑽して行きたい……っていうとちょっと仰々しいか。まあ、楽しくやっていきたいよねってこと。
んー、でもセリアには色々お世話になってるからなぁ……
セリアがいなければ折れてたでしょ、ってタイミングは何回かある。直近だと『観測』関連の話とか、イシュタムの時とか。
む、そう考えるとセリアがいなかったら成立しない話って予想以上に多いのかもしれない。
それこそ、アリスとの婚約すらもセリア抜きじゃあ実現不可能だったのかも……ああいや、まだ正式にはしてないから「可能性の芽が出てこなかった可能性」って言ったほうがいいのかもね。
「じゃあ次はラスティの気持ち悪い言動かな」
「え?どういうことですか?」
「等価交換でしょ。アリスの痴態を回収したんだから、ラスティの痴態も同時に回収しないとフェアじゃない。でしょ?」
「か、仮にそうだとしても花奈に言うんじゃなくてアリスに言うのが真のフェアだと思うのですが……っていうか花奈がただ人の痴態回収委員会になるだけじゃないですか。損益の益しか得てませんよ?」
「マスターで伯爵の宮廷魔術師だからね。特権階級ってやつよ」
うぐぐ、と顔をしかめてからラスティは降参とばかりに白旗を上げる。まってそれどっから出してきた?
「まあいいですよ。うーん、痴態シリーズですか……そう、これはこないだリアと話していた時のことなんですが」
そう切り出して、ラスティは自らの体験を語る。私がやらせたとはいえ不思議な光景だなぁ。
──そういえば、リアさんはどうして機械の姿を取っているのですか?
そんな疑問をセリアから問いかけられた、と語る。
ちょっと解釈をいれると、なんでラスティは機械って枠組みなの?って疑問だね。
それこそ妖怪とかでもいいし、エネステラを主軸に押し出してもいいし、何なら神的存在感を出しても別に悪くはないわけよ。特に文明裁定って観点だと余計に。
その中でどうしてわざわざ機械って媒体を主軸としたのか。
何気ないセリアの疑問だけど、質問として具現化している以上気になってしまう。
「で、何処まで話したもんかと色々考えていたんですが……その時基盤演算が混線して、『花奈に出会う為ですよ』って言っちゃったんですよね」
うん。うん?やっぱりこの人口説きに来てる?
「あなたに出会うためにこの体で生まれてきた」って明らかに恋愛感情だよね。いよいよ私の勘違いとかじゃない領域に突っ込んでる気がするんだけど。
「本当だったら『“異世界転移人”との接触時に好印象を持たれる為』って言おうとしたんですけれどね」
「……」
ラスティの発言に、少しだけ熱で浮かされていた頭が冷えていく。要は私に気に入られる為、だ。
確かに実態としては『私の好感度を稼ぐため』という理由は、『私に出会うため』という文言に繋げられないわけじゃない。
「これじゃまるで、花奈の運命の恋人みたいじゃないですか。ゼッタイ嫌ですよ!そんなの」
運命の出会いを演出しようとする科学文明時代の人の悪どさは今に始まったことじゃないけど、なんだろうね……
「ラスティは何も思わない?」
「……何のことですか?ああ、もしかして『運命の確定演出』についてですか?残念ながら、花奈が何に気分を悪くしてるかはわかりませんが、推測は出来ます」
「思い出を汚された──そう思ってくれているんですよね?改めて、事実ではなく体験として認知したからショックを受けた。うーん、やっぱり嬉しいですね!」
ラスティはそういって、距離を詰める。
彼我の距離は僅か数メートル。お互いが両腕を伸ばせば届きそうな距離だというのに、確かに後退したような感覚が私を支配する。
「誰かの作為があったから。何者かが用意した要因があったからこそ、私達は出逢えた。それでいいじゃないですか?私は今花奈と相棒でいられているんですから、最上に間違いありませんよ。だから、あれは運命の出会いだったんですよ」
物理的な距離がまた一歩狭まる。されどやっぱり、精神的距離がまた一歩遠退いたような感覚。
私とラスティの間にあるどうしようもない段差が可視化されていく。
聞くまでもない。考えるまでもない。
『観測』を少しでも動かせば、“異常は存在しない”との分析結果が真実になるのはわかりきっている。
だけれど、私は今離れた2歩分の距離をそのままにしておきたい……そんな気味の悪さに心が支配されていた。
顔色を伺うように視線を少しだけ向ける。
顔を上げた先にあるラスティの表情。
それが私には、感情豊かなだけの何かに一瞬だけ見えてしまった。




