841◇望みを願う機械の大惑星:燃焼
くるりくるりと明るく回るラスティ。
言いたいことを言えて満足なのか、それとも何か別の要因があるのか。
今の私には推測出来ないけれど……機嫌がいいなら何よりのこと。
「ああ、それとですね」
軽い口調。ちょっとコンビニに行ってくる、とでも言いたげな何でもないことのようにラスティは口を開く。
「──最初の激昂。あれもあれで本音ですからね?」
声のトーンは変わらず明るいままで。
仕草にも陰りは見られず、振る舞いは可憐の象徴にしか見えず。
「花奈のいない世界。或いは花奈が世界を望まないというのなら……私は協力します。例え何であろうと壊してあげますよ」
──されど。内容の刺し方は、何よりも誰よりも鋭く。
重すぎる感情と信頼に何かが黒く纏わりつく。
温い泥沼に浸かっているような安堵と束縛が私に仕向けられる。
「リアは好きですし、アリスは尊敬出来る強い人です。それは当然、変わらない事実ですが……それはそれ、これはこれです。私に唯一並び立てる異邦人、生きる望みを願ってくれた希望──」
ここまではラスティリアとしての意見ですね、と一度区切ってから目の前の感情の大塊は言う。
「最後の護衛対象、当方の使役者──」
ここまでがラストホープとしての分析結果です、と流すように重大な事実を投げる。
最後の護衛対象という言葉に突っかかる間もなく、目の前の存在は音波を発する。
「そして、一番の興味関心人物。探せど掘れど限界の訪れない存在。そんな花奈がいなくなったら、それはもう大層悲しむでしょうね」
演技がかった口調で。芝居がかった動きで。
ラスティは饒舌に、明朗快活に世界を人質に取る、と告げる。
「そんなこと、私が望むと」
「望む望まないの話じゃないんです。確かに花奈はそういうのを望みません。したところで嬉しがることはない、とわかっています。だから──私は、私の為にやるんです。これなら文句言えませんよね?」
このAI、情操教育をどこで間違えたんだろうと考えたくなってくる。
私としては、ラスティに命令なんてしたくない。命令すれば従ってくれるとわかっていても、お願いであって命令ではない範囲で話し続けたい。
合理性を見つければ。あるいは何か得が見つかれば切り替わってしまう思考の中でしつこいまでに守っていきたい「お願い」の願い。
「ラスティリア」
後に続く言葉次第で“私の死後の世界”が変わるんだろうな、という直感に揺さぶられながら私自身のつけた名前を呼ぶ。
「何回でも言ってあげよう。私はそう簡単に死んではあげないとも」
まず一つ、とても死ににくいという事実はある。『観測』も私も死にたくないという点については一致してるからね。
どっちが主導権を持つのか、とか諸々の話はあるけれど総論として「死なない」という前提は共有されている。
そうでもなければ『死胎鏡譚』なんてものは発現しないからね。
とは言っても、私が人類という事実も変えられるわけじゃない。寿命だってあるし、絶対なんてないし、いつ突発的心筋梗塞が発生しても文句は言えないわけよ。
「その上で自信を持って言おう。私が死ぬ前にラスティリアを私抜きで生きたくしてみせる」
楽しいこと。“長いようで短い”とよく形容される生涯をかけてでも成し遂げたいこと。人生の全てを擲てる興味。
そんなものを見つけさせてあげよう、ってこと。
こういう時に役立つのが普段は無能キメてる『観測』君。
情報を蓄えて分析し、既知の森林を広げていく観測君──を持ってる私と過ごしていれば、普通よりは「楽しいこと」が見つかるよねって話。
「ふーん、賭け成立です。制限時間は花奈が死ぬまで。勝敗条件は私が花奈のいない世界を生きる気力が発生するかどうか。遊戯の舞台は世界全体で、ってところですか?」
また歪んだ話が増えたなぁ、と小さく言葉を漏らす。
私としては頼りにされるのは嬉しいし、安心感に繋がるんだけれど、幾らなんでも私だけが本当に全てっていうのは危なっかしいにもほどがある。
そりゃあ私はアリスの思考を、行動原理全てが私になるくらいには好きになって欲しいけれど……現実としてアリスはアリスである以上、そんなことはあり得ない。
というか、あったらそれはアリスじゃない。或いは関係性が恋人や伴侶ではない。
多分それ、人型の付属ユニットかなんかでしょ。
「『観測』に見つけられないものなんてあると思って?」
十数年間付き合ってきた呪いへの信頼。例え面白くない世界だとしても、面白いものを探しだすだろうという確信にも似た信頼。
私がイヤだと言おうと、世界が拒もうとも観測して解き明かしていくその性質。
だからこそ、私はその目的はともかく能力は嫌いではない。
「……近い内に。恐らく法国から王国に帰るまでには最初の遊びを始めることになります」
ラスティの手のひらの上に現れるのは玩具箱。
子供が想像したような、混沌の夢を詰め込んだような遊具。
「花奈の『観測』落としの為にも全力でやりますが──同時に、私の夢探しの為にも全力を出してあげましょう」
不思議な距離感が私達の間に横たわる。
現実という構造から登場人物だけをくりぬいたような距離感。“何もない”があるせいで、距離の解釈が零にも無限にもなる世界。
「そういえば、何故私がアリスとリアを押し退けて、ここに来させて貰ったか……わかりますか?」
言われてから気付く。普通ならば来ているはずのアリスやセリアがまだ来ていない、ということに。
時間差で来るのかな?と思考を停止させていたせいで認知の外に置かれていた疑問のひとつ。
「まあ最近花奈と話す機会がことごとく無くなってて寂しい~っていう理由もあるにはあるんですが……六割方は私以外と一緒にいさせるとまた無理するんじゃないか、ってヤンデレ思考的なものなのです」
自分で言うんだ、ヤンデレ思考って。
自覚してるだけマシと取るか、自覚出来るレベルまでヤンデレ進化が止まってなかったことを悔やむべきか悩みどころだよね。
「つまり、強制的な休息時間を設けよう!と動いたラスティリアちゃんなんですね!マスターのことを思いやれるパーフェクト従者存在なんです!」
重い感情を連続して見せ過ぎたからか、少し顔を赤らめて……視線をそらしながら声高に主張している。
「休んだら動く!アリスの夢のために、リアの物語のために、リルトンの救済のために!そして何よりも花奈自身の人生のために、です!」
「完全で完璧、理想的で最高の人生を過ごす為のスーパーバケーションタイム!それを提供するために疾風迅雷の如く現れたわけですよ!」
「……急に恥ずかしくなって早口になってない?」
「そんなわけありませんっ!私はマスターに最高の夢と最上の人生を過ごして貰う為のパーフェクト美少女スマートメイドですからね!いつでもどこでもスマホの如くあなたのポケットに、ですよ!」
最早ストーカーじゃない……?
いつでもどこでもあなたの味方に、とかならまだ口説き文句的ニュアンスで理解出来る。いつもあなたのお隣に、ってのは前セリアに言われた気がする。多分幻聴だけど。
いつでもあなたのポケットに、は革新的なストーカー予告にしかならない。
「あなたの心電図までキャッチするペースメーカー!なんと自在変形機能に文明殲滅機能まで付属したラグジュアリー・ファーストクラス・ラスティリアちゃんです!」
えっと、ラスティは本音……というより深いところにある感情をそのまま当事者に見せると大層混乱する、と。
メモしておこう。
「……」
「なっ、なんですかその視線はっ!まさかラスティリアちゃんは高級品じゃないとでも!?花奈にとっては安い機械っ娘メイドだったってことですか!?」
突っ込むべきは本当にそこなのかなぁ……
顔を赤くしながら詰め寄ってくるせいで、余計に残念感が増していってる。
「くっ、私は悲劇の現地妻ならぬ現地相棒!花奈は転生したら違う人を相棒にしちゃうんですか!?」
現地相棒って何……?
『転生したら違う人を相棒にする』ってなかなかにパワーワードじゃない?
記憶保持なし転生だったらそりゃそうでしょ、ってなるだろうし……記憶保持アリだったらラスティから乗り換えるなんてそれこそあり得ない。
「あ、あと私は花奈アリス以外のCPを認めないので、転生したり転移したりしてもそこら辺はよろしくお願いしますね」
厄介カップリング厨こわ……
というか目の前にその花奈がいるっていうのに、堂々と言いきれる精神性が一番怖い。正気か?
正気じゃなかったわ。精神的錯乱状態だった。
……少しだけ仮定の世界を考える。
うん、セリアとかラスティと結ばれてる未来もありそうだなぁ。
何かちょっとした紐の掛け違いだけでも大分変わってそう。それこそ最初のエネステラ──エフェミルドールと遭遇していなかったら。あるいはセリアとその時一緒にいなかったら。
いたとしても、守り切れなかったら。
「なんで当の本人が『え?』みたいな顔してるんですか!?」
「バタフライエフェクトって怖いよね、って話を考えてたから……」




