840◇機械の星、機人の夢、人類の感情
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その『賭博の神王』について少しだけ話を続け、流れるように消えていたリルトン──彼女が数秒前までいた場所を眺める。
わざわざリルトンが言いに来たのはお節介に見えるけれど……今回のは本心も含まれていた。無理をするな、という注意ではなく無理をするなという命令。
アリスを幸せにする気があるなら、自己満足的な自己犠牲に浸っている場合じゃないだろという警鐘。
更に言い換えれば、もっと誰かを頼れって話でもあるんだろうけれど……それはさておき。
私達の次の相手、と表現した『賭博の神王』なる存在について。ちょっと前にふわっと出てきたマクイロコチトルだっけ?それのことを指してるんだろうな、ってのはわかるけど、さっきの話を聞く限りだと──
「花奈!」
っと、思考を中断してくれる声が聞こえる。
「花奈!もう、やめにするのもアリなんですよ!?」
ラスティの真剣な声。視界が定まらない状況であっても、確かに想いが感じられる──心の痛みから目を反らし続けるような声。
「私にとってはっ、アリスより花奈のほうが重要なんですよ!あんな無理を重ねていたら、いずれ限界が来ます!」
「……うん」
「私なら、あなたを連れ出せます!こんな花奈に苦労をかけないといけない世界からっ、連れ出せるんです!」
ラスティの心配が直にささり、こんなに心配をかけていたのかと俯瞰的に……客観的に判断出来る材料が集まっていく。
「それがイヤだってのはわかってます!あなたは、私の希望はそういう人だって知ってます!それでもっ、つい口を出したくなるくらいには──」
ごめんね、という四文字すら言いきれないのが今の私。
ひとつは無理を重ねたから。もうひとつは保証出来ないから。せめて誠実でいたいという脆過ぎる願い故。
私の意思を読み取ったのか、ガクリと肩を落としてラスティは言う。
「見てられないんですよ。最近は取り繕わなくなった。それならいいんです、それなら私も歓迎……はしませんが、嬉しさはあります。でもっ、最近の花奈は取り繕うことすら出来なくなった、じゃないですか……」
前に比べれば、出来ることは増えたはずなのに限界を迎える頻度はあがってるような気はしていた。
電化製品が増えた結果、可能な家事の種類が増えて過労に繋がった天世みたいね、と内心で共通点を繋げる。
「アリスの為に犠牲を積み上げて、リアの為に優しさを切り売りして、リルトンに敵対心を燃やして──生きるということに、無理をし過ぎなんですよ」
「ラスティは?」
「……え?」
ふと、疑問に思った。いまの言い方だとラスティに対しては何も出来ていないと。
そうは問屋が卸してくれない。相棒に対して何もしない、何もしてあげられないなんて私としての矜持が許さない。
私なんかがラスティから相棒として見なされる為には、何かを代償にしないと天秤が壊れるからね。
再度。再度、目を閉じることで平静を取り戻す。
「なるほど、ラスティには──」
「違います!そうじゃないんです!私は沢山貰いました!貰い過ぎなんですよ!生きる自由、生存理由、立場に感情に希望に夢!色々貰い過ぎなんですよ!」
あげた覚えのない物が列挙される。あげた実感すらないものに感謝されても、私としてはまだ足りないのだろうと考えてしまう。
少なくとも、私の人生の一部を明確に『削った』とわかるレベルには何かをあげなきゃ、相棒には不足している。
それが良くないことである、と理解しながらも続けてしまう。
私個人の安心感の為に──それこそ、さっきリルトンがいったような自己満足として考えてしまう。
私という人間がラスティを始めとした立派な人達と対等に付き合うためには、代償を払わなきゃいけない。愛想を尽かされないようにしなきゃいけない。
『観測』は合理を基準に人類を切り捨て、私は不均衡を理由に私を捧げる。
奇跡的に噛み合っていた歯車。私が『観測』をどうにかしたいと言い出し、実現に走り出した時点でそれは狂い始めていた。
だから──
「自己分析はしっかりしてるんですね。でも、変えられない……そうですよね?」
言葉に詰まりながらも。論理的に非合理だと認識しながらも肯定の合図を返答とする。
「ようやく。ようやっと、花奈から感情論的、そして本音の矛盾を引き出せました……よ」
「花奈は──ある意味私と同じで──幼いんですよ」
マスターという言葉ではなく、名前で呼ぶ。
ラスティがラスティリアとして……並び立つおなじ人間としてのニュアンスを強調して、語り始める。
「論理性、合理。まあそれは正しいんですよ。完全に無視していいことなんてあるわけがないんです。でもっ、それは袋小路の道筋でしかなくて──結局、正しいだけで終わってしまいます」
ラスティの語る理論、或いは理論未満の感情。
それとも「感情、或いは感情未満の理論」と表現するべきなのかもしれない言葉が耳に入ってくる。
「正しいだけ。それじゃあ滅んだ機械達と変わらない──私は、ですよ?──生きている人類はそう思っています。いや、信じています」
身振り手振りを使い、感情豊かに表現するラスティからは機械性なんてものは全く見られない。
むしろ、どの人間よりも人間らしい“機械”であるラスティだからこそ実感出来るのかもしれない。
「間違えていいんです。意味わかんなくていいんです!始めたてなら間違えるのはなおさら当然!不釣り合いでもノープロブレム!無問題、ってことです!」
不釣り合いの「不」がない関係。完全に釣り合いが取れた関係は正しいだけ。そう言っているように聞こえる──
「言ってるよう、じゃありません。そう言っています。完全に均整が取れた関係。そんなの知ったこっちゃありません!だーれがお前の完璧なんて目指してやりますか!って話です」
くるりくるりと指を回し、文の終着と同時に指先が真っ直ぐ私に向けられる。
ラスティの瞳に宿るのは嬉しさと怒り、そしてほんのすこしの期待。
「例えば、花奈のアリスへの思考。果たしてそれは全て理論的で、合理的ですか?」
違う、と断言出来る。
異邦の私と王族のアリスでは、本来結婚なんてするほうが面倒だし……ろくなことにならない。
よしんばその障害を零と近似して、能力的観点だけから評価したとしても……私とアリスは釣り合わない。
極論、私は天世の知識を伝えるだけの存在として召し使えるのが最上。或いは攻城兵器として宮廷魔術師にいるか、だね。
でも、そういう話じゃない。
私がアリスを好きでいるのは──あのアリスというひとに世界を変えられたから。私を見てくれて、拒絶しないでいてくれた。対等に扱ってくれた。たったそれだけ。
何もかもが不安定だったあの時の私には、それが世界を変えるほどの衝撃になったのだから。
理論的にはこうしたほうがいい、ああしたほうがいいはあるんだろうけれど……それでも私は、アリスと結婚する。
不信が生まれようと、疑念に囲まれようと、本心の「好き」は変わらない。その前提だけは私が私である限り、変わらない。
「ね?そういうことなんです。愛想を尽かされないよう努力するのは大事ですが、事実として“等価にする”のはおかしな話ですし──何より、人によって“価値”は変わりますからね」
私視点では、花奈からは貰い過ぎに集約されますよ。とおどけた様子で言う。
すぐにその雰囲気を霧散させ、かわりに少し不思議な雰囲気を宿す。
それはまるで未来の予言者のような。
「どれだけ言葉を尽くしたとしても、きっとあなたには伝わらないでしょう。あなたがくれた“大切なもの”は最早、あなたのものではない私のものですから」
滅多に見えないラスティリアの核心に近い言葉。私への感情が十全に感じられる数秒。たった数秒に数百年分の想いを乗せるような一瞬の海溝。
「話してもいいですけれど……それは別の機会にしましょう。ともかく、そういうわけですから私からあなたに、花奈に、花奈に送るものは私の感情なのです」
カチリ、と静まった世界が私を貫く。
真面目な雰囲気をふわりと霧散させ、いつもの溌剌さを取り戻したラスティの笑顔。
どうしてか蠱惑的にすら見えるそれを浮かべながら、“元気な機械っ娘”は言葉の羅列を紡いでいく。
「ま、どっちにせよ私と花奈はまだまだ子供も子供ですから──」
ウィンクを決めながら、視線は私に向けて。
「盛大に周りに迷惑をかけながら、一緒に成長していきましょう!なんて、相棒らしくていいんじゃないですか?」
子供らしい無邪気さを、大人気なく振り回すラスティリアがいた。




