837◇誰にも遮られぬ自由の天空
「──絶望的な蹂躙の幕開けにしようじゃないか」
「──希望を背負った戦いを始めるよ!」
先につまらないことを言っておくと、この戦いというのはソフィアさんへの牽制も含んだ戦いではある。
ノアと私が打算と損益だけで裏切りあうような関係性ではない──仮にそうしたかったとしても、もう手遅れであることを印象付けるという意味合いがある。
でもそれは、そんな意味合いがあるというだけで全てではない。
例えばノアの進化を期待していたり、私の『観測』の新しい使い方の実験だったり、未来に向けての練習だったりと様々な意味がある。
さて、実のところ大量に意味という重みをばら蒔いているのにも理由はある。
ノアという救世主、どこにでも存在する──“あまねく救世主”の強さを見る為。策略が複雑に絡まれば絡まるほど、強引に突破してしまえるその無邪気さのような能力を確認する。
確認することを利用して確認する。それを更に利用して確認する、と無駄にわかりにくく複雑怪奇に張り巡らせるほどにノアの輝きは明るくなっていく。
宇宙全体を箱庭とする彗星は、空気がなくなるほど強く目映く光輝いていく。
手始めに飛ばすのは水晶化させた呪祟。
直線軌道に速度を持たせて飛ばし、ノア本人を堂々と狙う。
平常時ならば、考えるまでもなく空間転移で終わったことになる攻撃。されど今この戦闘においては致死を孕む創造神の呪い。
けど、私の予想が正解なら───
「へんっ!舐めるなよぅ!真っ直ぐなんて見え透いた軌道、わからないわけがないでしょ!」
上手く杖の挙動を制御し、全てを砕き落とす。
──『空間転移』。
確かにそれはD.E.Iによる特大の反則技である。
しかし、逆に言えばかの異常なる遺物はそれしか補助していない。
例えば、瞬間的に変化する視野への補助もしていなければ、三本目の足のように使わなくてはならない空間転移の能力に割く思考。それらは全く補助されていない。
言い換えるならば、空間把握能力は──そして並列思考能力はノア元来のもの。もしくは本人の努力の賜物である。
すごい語弊を含有した言い方をすれば、“アルティメット車酔い”が発生するのが空間転移。それを年中制御していたノアの車酔い耐性はすごい、ってこと!
「ふーん、なら次かな」
第二波がわりの攻撃は、『追憶の世界』を利用した地中からの攻撃。
地面から突き上げる岩石の槍が貫かんと殺意を向ける。
「あっぶない!杖がなかったら串刺しですよ!」
そんなこと言いながら随分と余裕を持って避けているノア。
うん。やっぱり空間把握能力とか、自身の体制御技術においては最高峰近い実力を持ってるでしょ。
「よし慣れてきました!こっちからも攻撃していくよ!」
にやり、と笑みを深めるノア。
「──《意識剥離:身体空間拡張方式》!」
塵が積もる。灰塵が積もり、埃の灰が雨となり、幻影が世界を占める。
その名前を聞いた瞬間、不味いと思った。
思考が急速に回転を始め、現象から理屈を導きだそうとする。
──原典は言うまでもなく観察者の魔術。
イシュタムから貰った杖である以上あの厄介魔術シリーズ……というか、一部の魔術は使えるようにしてたんだろうね。
或いは自分用の保険だったのかもしれないけど。
ともかく、今はノアが使えるということより重要なことはない。
灰で構成された濃霧が広がり、ノアの姿が見えなくなる──なんて効果じゃないことは、私が一番わかっている。
それだけなら気流や音、熱源感知と数多の察知手段から逃れることは出来ない。
そしてこれは私の予想ではあるけれど、この魔術法……恐らくイシュタムが逃げ隠れする時に使っていたやつなんだろうね。だとしたら生半可な隠蔽じゃない。
むしろ言い換えれば、最高の『観察』対策──否、このタイミングにおいては『観測』対策になっている。
さっと把握の為に分析を走らせるものの、ノイズがかかったように情報収集が出来ない空間がある。
『ああ、やっぱり』という思考と並列に生まれた『へぇ、面白いじゃん』という思考がテンションを上げていく。
「即興幻術対策魔術法構築:電激流走破」
当然のことながら何もかもを即興で積み上げていく。新機軸を開発して、刹那の刻限を迎える前に時代遅れという名のゴミ箱に投げ捨てていく。
今回の時代遅れ魔術は、前置きで示した通りの幻術対策魔術。
相手の位置がわからないなら、全方位に電撃を流せばいいじゃんというマリー・アントワネット戦法。
まああれ、後世のプロパガンダだとかなんとかだったはずだけど……それはさておき。
「……ッ!たぁ……!」
全方位電撃とかいう、格闘ゲームならブーイングの大嵐が吹き荒れる技で救世主を追い詰めていく。
そして、声を漏らした。
つまりは自らの位置を白状しているのと同義である。
「追い討ちをどうぞ?」
追い討ちデザートは地面からの岩槍と直線軌道呪祟水晶という、ここまでの復習大セット!
痺れている足を若干引きずりながら回避する音が分析回路に乗せられる。
再び立ち込める大灰の濃霧。
もう一度全方位電撃をやってもどうせ避けられるんでしょうね、という信頼からさっきのクリティカル戦法をゴミ箱内からも完全消去していく。
「……ハナ、やっぱり強過ぎますよ!出来ないことなんてないんじゃないの!?」
実際、『定義』と『追憶の世界』があれば出来ないことなんてほとんどない。それこそ時間溯行とか死者蘇生とかそれぐらい?
多分前者は理論的不可能で、後者は奇跡の領分でしょ。
まあ『死胎鏡譚』があるから、私限定でって考えると出来るっちゃあ出来る。
「『夢幻空間』の夢幻はそういう意味だからね。森羅万象、何にでもなれる。何にでも成り得るからこその夢幻」
夢だろうと幻だろうと、全て『観測』と魔素達のゴリ押しで叶えていく空間。それを展開するが故の『夢幻空間』です、ってことよ。
「例えばあれは?お城建築とかは?」
「出来るとも」
「じゃあじゃああれは!?たっくさんお金つくるの!」
「まあ理論上出来るね」
あんまりこの国の王女様がいる前で振る話でもする話でもない。というか何なら、あっちの王女様もバリバリ聴いてる可能性あるからね。98%くらいで聴いてると思う。
「過去には──ううん、戻らなくていいや!」
しれっとこの人精神的強さを見せたな?私とか全然戻りまくるけれど……
それこそノリとテンションだけで始めたこれをもう巻き戻しやり直しセーブ&ロードしたくなってきてる。
「本当に何でも出来るじゃん!ああもう反則っ!」
ゴネたって変わらないものは変わらないのよ、と上から目線的な視線を向ける。
でも実際そう。ゴネて変わる事象と変わらない事象が世界には存在していて……今回は後者。
私の『追憶の世界』、地味に色々厄ネタでもあるからないほうがいい面もあるしね。
はぁ、と心の中の溜め息。
その溜め息にモヤモヤとした負の感情を乗せ、吐き出し切る。
よし、やるか!と意気込み心新たにノアを見て──視線が交わる。
「──だから、わたしもやる!」
は?
「神域『万象自在天空回廊』!」
え?
「へへーんっ!これで対等です!」
次の瞬間。私はいつの間にか背後にいたノアになぐりとばされ、空を舞う。
濃霧が晴れ、新月の深夜を偽りの背景とした戦場に希望の新星を思わせる声が響く。
「空者王は誰にも止められません!止めさせません!私の神域は──私が本物の『空の王』になるために!」
ノアの声をBGMに、展開されている法則へと『観測』を合わせる。
雑多な難しいことを省けば。つまり要約としては自身へのデバフ完全無効。
それ神域ってより権能っぽくない?
「改めて、改めてっ!ハナと──“夢幻の英雄”と同じ土俵に立ったところで、名乗りをあげましょう!」
晴れ渡る深夜、曇り亡き天空の下。
ありもしない月灯りによって白銀色に輝く翼がひらかれる。
「我が名はノア!『救征大聖』ノア・エフティ!大空を翔け、何者にも邪魔されない──『空想の理想形』である!」
空想の理想形。
ノア本人の抱える最大にして最強の攻撃魔法の名を冠した自称。
「これは魔術師同士の模擬戦ではなく、人類同士の心の決戦であるが故に!」
「──わたしは、あなたに負けませんっ!」
そして、『■■■■』』と『救征大聖』は激突する。




