836◇『夢幻裁定』と《空者王》
「あっ、はいはーい!じゃあ同じ末席のわたしならどう!?平等っ!イコールっ!セーフティーですよ!」
真面目な空気を全て破壊しながらやってきたのは空の覇者ことノア=エフティさん。
上司であるソフィア・アルカディア・ソルムさんの放つ雰囲気……というかやりたかったことを爆速で破壊しながらふわふわ生きている人としてご紹介していきましょう。
「え!?だって、ソフィアさんはハナの実力を見定めたい。で、ハナは立場的に不釣り合いだから遠慮したい。なら私がソフィアさんの代打として戦うよ!」
杖をぐるぐると振り回し、やるき1000%!という風な構えをとるノア。
どうします?とソフィアさんに視線をおくる。
本来やりたかったこととしては、私の立場を少しでも悪くしたかったはずだから。
「──突然私の部下がすみません。そうして貰っていいですか?」
若干の諦めと、予定内ではあるしいいかという表情が同時に浮かびあがってくる。
うん、上司だからノアの性格は知ってるよね……
「やったーっ!ハナは断らないですよね!」
まあ断らないけれど……と呟いて、どうしようと内心で困惑する。
シルクエスさんとの戦いで使った『叡知の図書』のお陰様で、私は現在進行形で素早さが20%になってるのよね。
そして当然ながら『舞踏城』はリキャストタイムである、と。
前回のノアとの戦闘時と比べて、速度でいえば500分の1。ヤバいとかいう次元じゃないけど大丈夫そ?
私的にはあんまり大丈夫じゃなさそうだけれど……
文字通り何でも使っていいかつ相手を戦闘不能にすれば勝ち、なら負ける方法が見えないくらいではある。
辺り全域に『定義』を張れば、実質的無敵フィールド展開で試合は終わる。
でもそれ、明らかに殺してるよね?って問題が発生するわけで。
……ついでに困る話としては、『舞踏城』が動体視力とかもあげててくれたから、その分どうしようかねって問題。
──まあいいや。どうにかなるでしょう。
「受けて立とうじゃない。前回と違って、王国宮廷魔術師として……いや、本気の師匠代わりとしてやってあげる」
ノアのお友達としてではなく、王国に支える官僚として。
給料を貰い、国民の命を預かり、そして宮廷魔術師に渦巻く政治中での実質的最強として。
それらですらなく、最低最悪の虚言使いとして。
舞台装置の観察者として戦うという宣言。
その言葉をふんふん、と聞き流すノア。
「わかりました。条件は……」
「え?それは私達が雰囲気で決めますよ!負けたと思ったら負け!それが一番公平だし!」
ソフィアさんが微妙に可哀想になってきたな。
「──準備時間は5秒です。5……」
うわ、憂さ晴らしとばかりに準備時間を短くしやがった。
ノアは準備とか必要ないもんね!私と違って!
「いっくよーっ!今度は負けません!」
そもそもの話として、相手のフィールドで戦っている以上しょうがないか。
ソフィアさんが動かそうとして、私が誘導しようとして、ノアが全てを破壊した模擬戦が始まる為のカウントダウン。
「4」
……絶対1秒以上あったよね?今の間。と突っ込みたくなるけど、伸びる分には私が有利になるだけなので無言を貫く。
多分ノアの声に被らないようにしただけだろうし。
世界の観測を狭める、狭める、狭めていく。
認識する空間の範囲を減らし、例え10%だとしても十全に遊べるようにリソースを再計算していく。
半径50mという境界線を越えた向こう側の景色、その全てを視界情報から遮断する。
一時的に私とソフィアさん、そしてノア以外を世界外の存在とすることで思考リソースの節約をする。節制家として名を馳せていこうぜ!
「【世界定義─序─】」
アリスメイドであるクレルモン。
【世界定義─序─】なんて物騒な概念がついているわけだけど、これは簡単に言えばリソース節約版『観測』みたいなもの。
落ち着いて考えれば、なんでアリスがそんなの作れるの?っていう至極当然の疑問点はあるものの、今は便利だから全然活用させてもらう。
少なくとも私の害にはならないでしょうしね、って信頼。
個人的には毎回毎回ステータス画面で現れる『─』が見にくいって欠点がある。【世界定義・序】とかじゃ駄目だったの?
「3」
「うーん、でもわたしは別に準備する技ないんだよね」
「2」
集中に集中を重ねる。最近絶賛脳内シミュレータで大活躍しているリルトンの戦法を一部リスペクトさせて貰う形。
流石元王族、相手のやる気も心も何もかもを折ることが得意なんだね、って感じ。
……いや、本当にそれ王族が得意でいいのか?
「1」
さて、今からやるのは『定義』由来の技ではあるものの、100%それだけかって言われると全然違う。
『追憶の世界』の創造補完魔法……つまり、状態異常魔法的な要素がわりかし含まれている。
そしてその結果、mpもまあそこそこ以上に消費するわけだけれど……逆にここまですれば、まあ“詰み”はなくなるでしょうって感じ。
正直ノアって世界一暗殺者に向いてると思うのよね。
背後に近寄るもなにも、空間転移で瞬間移動からの毒と麻痺ナイフでの殺傷。
それだけで多分暗殺者としてこの上なく名を馳せられると思う。
唯一にして最大の問題としては、本人にぜっったい向いてないところだけど。
正直他人から聞いたりしたアリス像だと、そういう教育すらしそうなんだよね。もし手元にいたりしたら。
そう考えると、法国にいてよかったな……と思わなくもない。個人的には親しくはしていきたいけど。
あーでも、今後万が一法国と戦争が発生したらどうしよう。
「状態定義──」
まあいいや、その時はその時になって考えて繰れるでしょう。
アリスにも教皇にも伝手があるわけだし、戦争を無理矢理回避するくらいは私でも出来るかな?って感じ。
それか最悪、人類共通の大敵を創ってそれどころじゃなく…………これだと天整統と変わらない。
「0」
思考速度のリハビリを目的とした脳内雑談を打ち切り、私はクレルモンを杖にして──地面に突き刺す。
グサリ、と土と草が抉れると同時に。
「──異常存在封印空間」
D.E.Iを完全封印する結界を構築する。
「……え?」
つまりそれは、『空域歪極』のD.E.Iによって転移しているノアの能力を完全否定するもので。
「さあ、乗り越えられるかい?聡明なる天空の覇者よ」
イシュタム・コヨルシャウキという存在を伝える為の試練でもある。
ソフィアさんの前である以上、名前は出さないけれど……ノアになら全部伝わるでしょうという信頼/悪辣さ。
「頼」と「辣」並べてみると意外にも半分は同じなんだな、なんてことを考えながらフリーズしたノアの行動を待つ。
──リルトンの使う戦法。
もとい、『天異境第四階層』で使われた戦法のひとつ。
相手の得意技を完全封印して、或いは全く使わせずに……更には、使わせた上で完封するという心を折ることに特化した戦法。
「転移……出来ない?」
ソフィアさんの顔色が少し変わる。それは脅威度測定方法を根本的に間違えたことを気付いたからこその表情変化。
アリスがいない時ならば御せる、と考えたその思考回路。それが根本的な間違いであった──まあ、そうだとかるだけ優秀なんじゃない?と分析機構が告げる。
観測範囲が極めて限定された箱庭空間。その空域だけをおしなべて眺める“概念的な眼球”が浮かぶ。
見るという行動は、観測するという行動は、相手を何でもないものへと貶める極限的な確定事象化である。
アリスがいる時のほうが確かに、政治的やりとりでは面倒臭いことが……考えることが増えるのかもしれない。
だとしても、そうするべきでなかった。
『観測』の活用を止めてくれる人材がいる環境で勝負を挑むべきであった。
ああ、安心して欲しい。
D.E.Iが使えないという世界法則は全員共通。そのルールは当然私にも適応されている。
すなわち、《三点再臨》を始めとした諸々は確かに封印されている。
これでパフォーマンスは十分でしょ、とノアに視線を移して──笑顔を浮かべる救世主を観る。
「面白いじゃん!」
獰猛な笑み。笑顔とは、元来攻撃を意味するという言葉を思い出す程の。
「ノア、これ以上は────」
「やってやりますよ!やってあげましょう!それに打ち克って、粉々にしてあげるよ!」
ソフィアさんの制止を完全に振り切り、挑戦権を高らかに言い放つノア=エフティ。
そんなノアの演劇に途中乗車させてもらう形で、私は練習とばかりに魔王役を始める。
「──絶望的な蹂躙の幕開けにしようじゃないか」
「──希望を背負った戦いを始めるよ!」




