830◇妹亡き天冠のデスペレード
「なんか会ってそうそう湿っぽい話?をしちゃってごめんね!でも、何となく共有しておきたいなって思っちゃって!」
明るくはしゃぐノアに、謝ることないよと返す。
薄めの化粧で隠しているけれど、目の下に存在するのは隈と呼ばれるもの。
そこから推測される事象は寝不足一択。
最近色々とあって、考えることが山積みだったんだろうなという苦労が偲ばれる。もうちょっと具体的に言うなら、深夜に色々考えちゃうんだろうね。
『あの時ああしてたら』みたいなこと。
で、深夜って相談相手もいないし、全体的に暗めだから思考がどうしてもネガティブ方面に向かってしまうと。
その結果、成果物として手に入れた思考を共有したく……相談したくなるのは、割合当然のこと。
「それに良いんじゃない?それこそさっきの話じゃないけど……人類は、思考・思想の共有を積み上げてここまで来たわけだし」
つらつらと組み上げられていく論理には、大した感情はこもっていない。決してノアのことを粗雑に扱っているわけじゃないのだけれど、さっきからアリス達にはない視点というか……動き方に戸惑わされてるだけ。
「ま、そっか!じゃあ外の世界へ──と思ったけど、どこに行きたいとかある?」
むしろここで何を提案すれば良い流れになるの?
あなたの両親のところに案内してください!とか言って連れて行ってもらっても出来ることないしね。
「うーん、ノアとぶらり旅でいいんじゃない?最悪帰りはどうとでもなるし」
うーん、転移能力が他人にも及ぼせたらなぁ。とノアが愚痴る。
唯一性。それは裏返しに誰とも対等になれないという孤独を抱えているものだから。ふとした瞬間に、それを手離したくなる気持ちはわかる。
私だってちょくちょく『観測』がなかったらな……と思うことはあるわけだし。
「よし!それじゃあ歩き回るとして……ハナ!」
瞬間移動を活用した特異的な動きで先回りをされ、真正面から目を見て呼び掛けられる。
大小様々な悩みを抱えていても、世界に明るく楽しくを見せてくれるノアの強さが垣間見える。
「何か質問はあったりする?聖乙女円卓末席として答えるよ?」
「どうしたの……?」
突然政治的立ち位置をおおっぴらに広げたノアに困惑の視線を返す。多分上から色々言われたんだろうな、と予想をつけながら返答を待つ。
「ソフィアさんが、『お友達で政治的なお話の練習をしなさい』って言ってたから……今後はわたしも頑張らなきゃだから!」
もしかしてソフィアって人、かなり曲者?
お友達で政治的なお話練習、良く捉えれば『間違えても何も起こらない環境でお試ししてこい』ってなるけど……私みたいな人が受け取れば、それは『お友達という立場を利用して、味方に取り込め』としか見えない。
まあノアが全部言っちゃったから、何でもなくなったんだけど。
とはいえ、何も訊かないっての変な話。折角質問権を貰ったわけだし、遠慮なく行使させて貰おう。
「ノアの印象でいいんだけど。アリスって……第二王女様ってどんな人?」
さっきの話で、私達にはない視点を持っていると信じられるからこその質問。
「全然思った通りでいいよ?貶したり文句言ったりしても、アリスに伝えたりはしないから」
アリスに対する評価。それを私達がするにはちょっと遅すぎる。最早今更何をしても主観的なものになってしまう以上、誰か客観的評価を下してくれる人に任せるわけだ。
で、何だかんだと良く物事を見てるノアに任せようかなとなったわけで。
……多分、良く物事を見る能力は空気読みの能力なんだろうね。大雑把に言うなら他人の顔色伺い能力。
「本当……?そう言っといて、実は言っちゃいました!とかナシだよ?」
「言わないって。仮にアリスが自分の評価を集めるなら、私なんて面倒な経由地使わないでしょ」
あの人、独自の諜報部隊とか持ってるからね。
シルクエスさんの評価を聞く限り、表では言えない──私にも言えないことをそこそこ以上に沢山してるっぽいし。
「それもそうだよね!でもでもっ、今のやり取り政治に携わる人、って感じじゃない!?」
そうかなぁ……ちょっとどこら辺からその要素を見出だしたのかはわからない。
私としてはじゃれあいしてた感しか残ってないんだけれど。
「わ、わからない……!」
「えーっ、でも本場の人が言うならそうなのかな?まあいいや!」
クルッとターンを決め、「躍動」を体で示したような行動をしながらノアは言う。恐らくそれは閑話休題の意味。
「王国第二王女様、こっちの表まで伝わってきている情報は……万能王族。それに尽きるかな?悪徳貴族をバッサリ粛清!税制改革で民草を救った凄腕王女様!って感じかなぁ」
うわぁ、上振れの評判しか来てない。
悪徳貴族の粛清は取りあえずさておき、税制改革くらいで「民草を救った」って扱いされるかなぁ。
救った、という言葉は逆説的にそれまでが死にかけだったことを示す言葉でもある。つまり、アリスが動く前のトラウィス王国の民草は死にかけ同然だったことになる。
そうとは思えないんだけどね。
「裏側……といっても!わたしが色々な人から教えられた情報としては、『戦闘、学問、政治全てで突出している化け物』かな。あ!いやわたしはもちろん第二王女様はお友達……まで言っちゃうと変かな?けど、そんな感じだと思っているからね!」
アリスのお友達、ねぇ。昔は私がその枠に収まっていたわけだけど……
今ならセリアやラスティあたりがその枠になるのかな。
ま、でもアリスの交友関係がある程度広がるのは賛成。
閑話休題、『戦闘、学問、政治全てで突出している化け物』ね。
間違ってはない、全然ウソを言ってるわけではない。
大隊長を始めとした例外枠を除いたら、間違いなくアリスは最高峰の実力を持っているし……学問だって天世関連の書物の理解速度あたりからわかる。
政治的側面は、わからないけど……少なくとも周りからの評判を集めた限り青天井評判。
「それでっ、これはわたししか知らない情報だけれど──」
指をピッとさしながら、堂々とノアは言う。
「元・師匠は『どんなに追い込まれたとしても、あの王女様と政争をすることだけは避けなければならない』って言ってたよ」
なるほどね、と少し以上の衝撃を受けながら私はスマホをちら見する。
なんか書いてないかな、と。
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『万能賢者』アリス・フォン・トラウィス
トラウィス王国第二王女であり、現代文明において最も敵にしてはいけない人物。
対外的に晒している手札は人類最高峰の研究開発能力と政治的手腕のみであるが、貯蔵している魔素量から考えて戦闘力も現代最高峰であると考えられる。
直接戦闘力自体は現代最高峰程度である為注視する程度で十分であるが、たった一人の手腕で三大国家以外全てを事実上の滅亡まで追い込んだ世情操作能力は暗に、様々な暗部が背後に存在することを示唆している。
この時代に通信機が存在しない、つまり長距離間での迅速な情報交換が不可能だということを最大限に活用した『贋作戦争』はこの数千年の観察で最も自然に──真実としては作為的に──発生した人災であるだろう。
今までの文明に存在したどの人類よりも才覚に恵まれており、どの人類よりも時代に愛されており、同時に人類という存在の愚かさに呪われている存在である。
『方舟作成』と同時に長期間計画として準備をしていた『聖剣捏造』を阻止された。
結果として、間接的にかの王女様と政争をやることになったが完敗だ。
彼女に勝ちたいのなら、魔法文明時代最終盤のように直接的干渉をし大前提として、入念な準備を重ねた上で相手に一切の準備時間を与えない。それくらいのチャンスとハンデに恵まれて、ようやく勝率が見えてくるレベル。
万能賢者の最も恐ろしい所。その一つは適応力である。
政治を行う上でその場における最適解というのは、事実存在する。当然それを実行可能かどうかはさておきだ。
だが世界というのは流動的であり、文明というのは絶えず変化を重ねていくが故に──“最適解”というのは刻々と変化している。
一時の隆盛を誇った為政者の多くは、その罠に引っかかる。一度正解を踏めたからといって、その次も同様の思考回路で──同様の価値観で導き出した解答が“最適”になるかはわからない。むしろ、外れに分類されることすらある。
何もそれは本人が自覚したところで解消出来る問題ではない。世界を取り巻く事情、百万を優に越す人類の総意。変わり行くそれらを全てふまえた上で、自身の思考回路を適応させていく。そんなことを尋常の人類が行うのは不可能だ。
人類とは、一代で価値観を更新し続けられないからこそ制限時間があるのだから。しかし、アリス・フォン・トラウィスはその限界から解放されている。
彼女が名をあげる契機となった出来事は『本島海洋戦争』である。
そのインシデントを要因に名声を獲得した彼女は、持ち前の能力を用いて文明変革を始めた。
行った政策や背景を見ても本人が真に求めるものが見えてこないものの、常に時間から逃げているような感覚を受ける。
──────
「……」
「ハナ?どうしたの?」
「あー、ごめん。ちょっとアリスが予想以上に……」
私はその後に何と言葉を続けたらいいか悩み、言葉を区切る。
簡単に言ってしまうなら『すごい』だとか『やばい』でいいんだけれど、ちょっと私の予想していた雰囲気じゃない。
絶対、私の知らないアリスの何かがある。
そう確信するに十分な内容だった。




