831◇花弁の方舟辿るは臨界のマクガフィン
アリスの異常性というか、隠し事。
気にならないといえば当然ウソになる。めちゃくちゃに気になるし、同時にひとつ気になったこともある。
アリスは第二王女として、政務を十全……どころか百全ぐらいに八面六臂大活躍をしているわけだけど、どうしてそれをやるのかわからない。
第二王女という立場が故にやっている、というのなら実のところ辻褄が全く合わないのよ。
だって普通に考えて。そして同時に他の王女や王子を考えて、あそこまでやらなきゃいけない理由がない。
仮に考えるのがアホらしいくらいに才能があったとして、才能がある人ならそれに気づけないわけがない。
すなわち、王女として王族らしい生活をしていればいいんじゃないか、って話。
なのにアリスはわざわざ政治をしている。しているどころか中枢に食い込みまくってるし、何なら国にとって必要不可欠になるまでに関わってる。
落ちついて考えると、そこら辺の理由が全くわからない。リルトンはちょっと違うけれど、あんな風に「政治やりません!王族ライフします!」でもいいはず。
「……あ、でもでも」
ノアがそういえば、と言葉をこぼす。
「王女様と話したけれど……あの人、かなり感性はわたしと似てるのかもしれないな、って思った。だって言ってたもん」
「『利益じゃなくて信念で動くあなたは、そのままでいい。多くの苦労はあるかもしれないけれど……走り終わった時の満足感はずっと大きいから』」
アリスがそんなことを、という軽い驚き。
ノアにそんなことを言っていたんだ、そんなアドバイスをしていたんだ、という軽い嫉妬。
「多分、王女様は利益では動いていない。もっと大切な──心に秘めた星のようなものに従って、歩いているんだろうな、って思ったの!」
私が脳内で出した結論と大体一致する。
アリスは別に権力が欲しいとか、お金が欲しいとか、ましてや良い結婚相手が欲しいとかいう思考で政治をやっていない。
そういうのじゃない、本人の根本的な願望の為にやっている。
「うーん、じゃあその星……信念?って何かわかる?」
「流石にわからないかなぁ……むしろハナはどう?心当たりとかあったり?」
何だろう。あり得ること、あり得ること……
いわゆる『理想の政治家』の行動理由として挙げられることの多い──国民の安寧・生活の発展ため、といった文脈。まあ良いとは思うけど、そんな百パーセント利他的願望か?って話はある。
いくら博愛主義で優しい人……例えばセリアとかでも、「顔も知らないあまねく他人の為に、自身の命や人生を何の躊躇いもなく投げ捨てる」っていうのはあり得ない。
セリアなら「物語っぽいです!」とか言ってやっちゃいそうな気配はあるけれど、それは『セリアの物語への憧れ』が原因で、滅私奉公するのが目標じゃない。
その上、セリアでも流石にそこまではしないでしょ。
目の前で死にそうになっている人の為ならギリギリあり得るにしても、地球の裏で死にかけているかもしれない見ず知らずの人の為に命を擲つようには……あんまり見えない。
だからああやって政治をする以上、何か自分にリターンがあるはず。
そこまで考えてから、脳に浮かんだものを雑に音声にしていく。
「自身の生活水準向上?」
言っていて違うな、とわかる。
生活水準を向上させたいのなら王族として豪遊生活をすれば解決する話。もっと便利な生活を望むとしても、あの才能があるんだから自分の周囲だけそうすればいい。
何も国民全体にその恩恵を振り撒く必要はない。
「うーん。故郷の破壊?」
脳内から出てきた案は、予想以上に物騒なものだった。
どういうこと?と自問自答すると、要領を得ないものの何となくはわかる答えが言語化されていく。
「どこでも最高の生活が出来るって、それは逆に考えれば“どこでも良くなる”ってことでしょ?」
なるほど。わからなくはない……けど、アリスがそれをする理由が見当たらない。
「それこそ、最悪現在地がいつどこが滅んでも良いように……?」
違うな、と『観測』が答えを弾き出す。
結果論的にはそうなるのかもしれないけれど、アリスが望んでいるのはそっちじゃない。
どうして?と脳内で過程を探ると、アリスのパーソナルという理由が返ってくる。
仮に異常なまでの悲観主義者であり、万が一億が一に備えている人ならば私と付き合わない。
それこそ、一連の恋情すら全て利用の範疇である──政治的パフォーマンスの一つでもない限り、あり得ない。
万が一を危険視するにしては、一か八かの大博打を打ち過ぎている。
「じゃあ逆に考えてみようよ!新天地を故郷と思えるように発展させている、って!」
ノアから出されたのは、やっていること自体は同じだけれど最後の結果が変わる視点。
「もしイヤなことがあっても……それこそ、私の街みたいな被害があっても」
被害、と言い切るノアの表情が僅かに歪む、
外面はともかく内面は回復しきっていない。復元力はそこまで優秀になりきれていない、と分析をいれる。
「次の場所。夢と未来溢れる新天地でやり直せるように!私達が住んでいる場所を第二の故郷に出来るように!って計画?」
希望的観測と明るい未来設計に彩られたノアの発言は、それこそ一部の政治家が使いそうな青臭い理想像。
例えばこのエフティ領で今選挙があるとしたなら、公約として掲げるのに満点解答近いもの。
でもそれも違う、とわかってしまう。
もしそうならば戦争なんてするわけがない。防衛戦ならまだしも、普通に攻撃してるのはおかしい。
何ならアリスは、他国を敵にしようとすらしている。
昔であれば良き隣人であった他国を、辺鄙で劣っている敵対対象だと。面倒臭い存在だと私達に……いや、私に思わせている。
そう考えると、納得の行くことがいくつかある。
現状私の他国の認識としては、“戦争”があった血みどろ帝国と“災害”があった宗教国家。
まあその二つと王国を比べたら、言うまでもなく王国を選択するだろう。
それは私が選んでも、例え100%合理的に考えても同じ結論になる。
じゃあどうして?というポイント。
私をトラウィス王国に縛りつけるため?自身の王国を優れていると見せたいから?
いやいや、ない。仮にあったとしてもそれはアリスが政治をやり始めた理由にはならない。
“いつか未来に訪れる恋人”のために王国を覇権国家にした、なんて馬鹿げた話はちょっと考えにくい。
愛が重いとかじゃなくて、相手の好みすらもわかっていない状態でそれは危険すぎる。
「あっ、じゃあこうしてみれば!?」
ノアがそうだ!と手を打ち話し始める。
「──王国第二王女様に何か望みがあったとしたら!その望みを叶えようとしている瞬間だけ、わたし達からは最善策に見えなくなるでしょ?」
アリスという存在が願望や望みを持たない王国運営装置なら、全て理論値を取れるだろうという才能への信頼。
それを前提にすれば、理論値でなくなったタイミングから推測出来るかも、という手段提起。
それいいかも、と思考を回し始めようとするも……すぐに欠点に至る。
「まあ問題としては、私には何が最善なのかって判定が出来ないとこだよね」
アリスの政策、色々やっているのはいいとして政策なんてどのタイミングで効果が出るか次第で“最適解”なんて変わるだろうし、それが最適だったのかすら私にはわからない。
多分だけど、最善かどうかを判定出来るのはアリス本人か……おじいちゃん?それぐらいでしょうね。
リルトンはどうだろ。結果が出切ったものならわかりそうだけど、現在進行形だと怪しい。
「え?出来ないの?」
ノアの言葉がストレートに胸を抉る。
あれだよね、これ。恋人なのにわからないんだ的煽りだよね……
「そう、出来ないのよ。悲しいことに私の政治能力なんて──」
私が白旗を振りながら、軽く言おうとしたのが遮られる。
「いやいや、違うよ!ほら、あるでしょ?元師匠の酷い版!」
イシュタムの酷い版って……
いやまあ言いたいことはわからなくはない。うん、嘘じゃあない。
『観測』、株が落ちるどころがリーマンショック以上の大暴落が続いているからな……
「あるけど……あれ、滅茶苦茶体に悪いから」
「どんな風に?」
ノアは純粋な疑問のままに質問する。
悪いことではない、当然悪ではない。そんな思考が過った時点でそれは少しだけ顔を出しはじめていた。
「感情が消えて、人格が消滅する」
へぇー、と納得の行った表情が表層化……されない。
「へぇー?ハナの王女様を想う気持ちってたかが落ち着くだけで消えちゃうくらいのものなんだ」
何も知らない。即ち無知であることというのは時に、何よりも地雷の元凶へとなる。
しかし、同時に何のしがらみもない人からの──無知である人からの言葉というのは時に、モチベーションの起爆剤にもなり得る。
最近感情を揺さぶられる率が絶賛ストップ高な私としても、色々思うところはある。
『いや、そろそろ大丈夫じゃね?いけるいけるって』
そんな感じの思考はある。
それはそれとして、何回その繰り返しで失敗してるんだよって冷静な思考もある。
「じゃあ、で試したりしてアリスに迷惑かけたら世話ないからね。もう散々かけてるってのもあるけど」
「なるほどなるほど!愛情じゃん、愛々じゃん!」
ならさ、そうならさっ!とテンションをあげたノアはそのままの声色で突き抜ける。
「『反対』をやってみようよ!どこまで太陽に近づけるか!何処まで翔んでいけるか!」




