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都市 プロローグ4 村

檻に入れられて、一時間近くが経過したと考えられた。

そう考える根拠としては、今がちょうど祈祷が終わった時刻だと推定できたからだ。

祈祷が終わったと判断できる根拠は、向うの山道に、がやがやと音を立てながら列をなして歩く村人たちを見たからだ。

そしてこの小屋にも変化があった。

俺を監視していた堅物な男は、その列を見つけると黙ってスタスタとその場を立ち去ってしまった。

なので今この小屋にいるのは、俺と幼女の二人のみであると考えてしまって差し支えない。

本当は幼女の隣の檻にも、そしてさらに隣の檻にも、彼女と同じように気配を隠している輩がいるのかもしれないが、もしそうだとしてももはやあまり驚きやしないだろうし、もしそうならその時にまた色々考えを巡らせればいい。

「行ったぞ」

俺は隣の檻の、地面と同化した藁でできた敷物に向かってそう言った。

彼女は、独房の床下に開いた穴に出たり入ったりを繰り返しているように思えた。

とにかく幼女は今に至るまでの三十分以上の間、穴に閉じこもったきりだった。

理由はわからない。

この小屋が、馬鹿みたいに熱気が籠っていて酷く暑いから、穴で涼みたかったのかもしれないし、日頃からそういう習慣を持っていたのかもしれない。あるいは、堅物な監視役の目を逃れるためかもしれないし、単に俺の事が嫌いだからかもしれない。

「はい」

そう言うと、藁でできた敷物が捲りあがり、穴から飛び出るもぐらのようにすっぽりと顔を出した。

「呼びましたか?」

「ああ。お前、さっきからなにしてるんだ」

「穴を掘っていたのです」

「脱走でもする気か?」

「いえいえ」

彼女は、俺の発言を気にも留めずに、ただ否定するだけだった。

「穴を掘るために穴を掘っていたのです」

彼女はそう言った。

「暑すぎて、気でも触れたか」

「むう。また馬鹿にしましたね」

彼女はまた少し怒り気味でそう言った。しかし、その表情はどことなく愛らしく、俺はなんとなく好感が持てた。

「いや、馬鹿にはしていない。掘りたければ好きなだけ掘れ」

俺はそう真面目な口調で言った。

この状況であれば誰でも、穴を掘るという手段が、脱走という目的に結びつくのが自然な流れではあるだろう。

だからといって、別に穴を掘る目的そのものが欠落していようが構いやしない。

掘りたいのなら、好きなだけ掘ればいいのだ。

世の中には"より強く万人に影響を及ぼしうるだろう大きな成果"には到底結びつきようもない探究自体に喜びを見いだせる事が数多くあるし、逆にそうした探究を通して何か新しい成果を得られるかもしれない。

だから俺は穴を掘るという少女の行動自体にあまり興味は無かったが、決して馬鹿にはしていなかった。

「そんなことよりも話の続きをしよう」

「いいですけど。また脱げとか言われないか心配です」

「忘れろ。第一俺がどう言ったところで、俺にはお前を直接脱がせることはできないだろ」

当然の事ながら、俺と幼女との間には、一枚の鉄格子があるのだ。

確かに、俺はこの幼女自体に幾ばくかの関心があるが、俺がもしその鉄格子を破る労力を費やすなら、俺と彼女との間のそれではなく、俺と外との間の方に費やすべきなのは明白だ。

「でも、あなたは柵を壊して、今にもこっちにやってきてしまいそうな顔をしています」

彼女は不安そうな目でこちらを見ていた。

俺は何気ない彼女との不毛なやりとりを続ける過程で、少しずつ俺の中にある彼女への"得体の知れなさ"のようなものを払拭していた。

「そんな暇があるのなら、とうにここから出ている」

俺は吐き捨てるようにそう言った。

一方で彼女の言っていることは半分くらいは的を得ていた。

俺はこれらの格子を破ることができるかもしれない。

そんな漠然とした手ごたえのようなものがあった。

しかし、こればかりは実際にやってみるまではわからないし、今それをやるのはあまり良くないと思った。

「信用できません。けもののような顔をしています」

「心配無用だ。お前は幼すぎて襲う気にもならん」

「おおおお、おそう!? なんてことを言うんですか!!やめてください!!ここここないでください」

とにかく俺は幼女の事を一度信用してみることにした。

無論、気配を隠していた事に対しては漠然と不快感を抱いたが、いざ幼女と話してみると、そこからまったくといっていいほど、"本来殺しをやってきた者が纏うであろう殺意"のようなもの、が感じ取れなかったからだ。

それどころか、彼女と同じ空間にいると、全身をどっぷりと生温いカプチーノの中に浸かっているかのような安心感と気怠さのようなものを覚えた。

むしろ、この空間で殺意のようなものを放っているのは俺の方だろう。


結局、彼女は穴からしばらく出てこなかった。

俺はあまりにも退屈だったので、その間、幾度と午睡をした。

熱気の中、着実に体力は失われていた実感があったので、寝てしまうのが賢明だろうと思った。

そして、あと数時間もすれば、青く染まった空はだんだんと暗くなり、この熱気も少しずつ弱まっていくのだ。

そうなればこの世界は、俺の独壇場にも等しくなるだろう。

それは同時に、この檻からの脱出と、どこまでも続く、あてもない旅の再開を示唆していた。

「そろそろ俺はいなくなるぞ」

俺は、隣の独房に向けてそう言った。

返事は無かった。もしかしたら彼女も俺と同じように穴の中で寝ているのかもしれない。

あるいは、俺の発言を聞いたうえで無視をしたのかもしれない。

どちらにせよもう二度と俺は彼女と会うことはないだろうし、あまり関係がなかった。


俺はまず右足に履いている靴を脱ぎ捨てた。

そして足をゆっくりと鉄格子に近づける。

足を適当な勢いで鉄格子に密着させると、コンというひどく間抜けな音がした。

その時だった。

俺は、人の気配のようなものを小屋の外から感じた。

「くそっ」

俺は脱ぎ捨てた靴を履いて、軽く舌打ちをした。

気配はだんだんと小屋の方へ、俺のいる檻の方へと近づいて行った。

さらに徐々に近づくうちに、それは結構な数の人間によるものだとわかった。

そして、山道から垂直に曲がって予想通り複数人もの人間が小屋の方へとやってきた。


彼らは小屋に入ると、彼らの間で一言も会話をせず、ぞろぞろと小屋の廊下を歩いた。

彼らは、幽閉されている俺には見向きもせずにそのまま素通りして、俺の隣の房(すなわち下の穴に幼女がいる房)の格子を鍵で開けて、その中の一人がこういった。

「お嬢様。そろそろお時間でございます」

そして、藁の敷物をゆっくりと捲りあげた。

彼女もまた午睡をしていた。

幼女は彼らが来たことに気付くと、ゆっくりと目を開けてこう言った。

「はい」

その声は悲しみも喜びなどといった明確な感情にはおさまらない、どちらかといえば温かみのある儚げな、不可思議な色を含んでいた。








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