都市 プロローグ1 村
広場には人だかりができていた。
その数、二百人程度。村の全人口がどれほどかはわからないが、大して多くはないだろうと見積もれば、二百というのは相当な数である。
群衆の向こう側の中央には黄色がかった木でできた長方形の壇上がある。
スペースとしては、その上に(標準的な体型を持った人間ならば)三人程乗ることができそうだった。
両脇には、まったく同じ素材でできた四段ほどの階段が添えられていた。
「いったい何が起こるんだ」
俺は誰にも聞こえない声でそうつぶやいた。
「あんた見ない顔だね」
図体のデカい男は俺に向かってそう言った。
男の顔は若々しく活気に満ち溢れており、歳も俺とさほど変わらないようにみえた。
「そりゃそうだろうな」
そう俺は言った。
「これを見に来たのかい?」
彼は俺に訊ねた。
「いいや。ところでこりゃ何の見世物だ」
俺はそう訊ねた。
「ここの恒例行事だな。よく祈っておくといい。夜には半年に一回の祭儀も行われる。あんたも来るか?」
俺はそう聞いて、名状しがたい不快感に襲われた。
具体的にいえば、身体の中の至る所に生温かい虫がぞわぞわと這っているような感覚だ。
「ここもまだそんなことをやっているのか」
俺は、低く小さい声でそうつぶやいた。
「そりゃどういう意味だ?お前さん。あんまり滅多なことをいうんじゃないよ。
俺は村一番の寛容な男だから、多少の暴言は許すさ。
でも他のやつらに言ってみろ。痛い目にあうぞ」
俺はこの男に聞こえない音量でそう言ったのだが、この大男は見た目よりも数段耳がいいようで少し感心していた。
「忠告どうも」
ここら一帯の村に伝わる信仰。
俺はそれが何を意味するのかを知っていたし、それは俺にとって最悪のものだった。
「おい。巫女様がいらっしゃったぞ。頭を下げろ」
男は周りにそう言うと、俺の頭もポンポンと叩いた。
幼子も、若者も、中年も老人も男も女も、皆一様に頭を下げる。
その様子を確認して、俺も頭を下げた。
「皆さん、おはようございます。
朝からはるばるお集まり頂き、恐悦至極に存じます」
その声は数段高いところから発せられたものであり(つまり壇上からのものと容易に推論できた)、この集会の主役のものとみて間違いではなかった。
それは気品に溢れつつも、少女の初々しさのようなものを残したような女の声だった。
しかしながら前者のような声については、いつも俺はまるで信用しないようにしていた。
それは何も聡明さを感じ取れる声そのものを嫌悪しているというのでは全くなく(むしろそれ自体
美しいので非常に好感を覚える)、そう言った声が、必ずしも発する者の人間性を反映できているとは限らない場面が、俺の人生の中で、特に女に限っては多かったからだ。
実際、俺がかつて一時的に通っていた王都、ないしや王宮における女官は多かれ少なかれ、ある一定の品のようなものを纏っていたが、皆それとは裏腹に、どうやったら他人を出し抜けるか、どうすれば数多の人間の中で自分を良く見せ、偽り、うまく高官ないしや王族に取り入れることができるか等と画策していた。
今壇上に立っているであろう女の第一声は、それらと似た気品を含んでいた。
一方、後者の初々しさについては、俺は良い判断材料にはなると感じた。
おそらく俺よりは年下の女であるだろうとわかるし、もう少し長い間その幼げな声に触れてみれば、もっといろいろなことがわかりそうな気がした。
一体どういう顔をしているか、体型はどんなものか、どういう環境で生まれ育ち、どういう人格の持ち主なのか等、その幼さを含んだ声からいろいろと想像を巡らせてみた。
俺はそんな好奇心のようなものを抱きつつも、そっと顔を上げて、壇上を見た。
すると、そこには十代前半ほどの一人の華奢な少女が立っているだけだった。
幼い声を含んでいたとはいえ、俺は逆にもう少し十代後半から二十代前半くらいのある程度、成熟した女を想像していたので、初めは目を疑った。
少女は白装束を身にまとい、赤く長い袴をはいていた。
所謂、巫女のような恰好をしていたわけだが、俺には細かい服装は特に目に入らず、全身素っ裸の少女がそこに立っているだけに思えた。
「皆さんご存知のように、本日は半年に一度の祭儀の日です」
少女は、当然ながら群衆の眼差しを一点に受けていた。
その目に込められた感情の色は、俺のそれとは大きく違っていたということだけはわかった。
彼らは少女を自分らにとって特別な言葉を発する白装束を纏った巫女として見ているだろうし、今俺は女の未熟さを残す愛らしい声質に落ち着きを覚えながらも、その華奢なボディラインを見ていた。
結局、これは朝礼会のようなものだろうと現段階で判断した。
本来、この手の集会は大体前置きが長いものだが、そういったものはあまりなく伝達事項も予想以上に的確かつコンパクトにまとめられていたので、俺は壇上の少女の手際の良さに少し感心した。
これまでの彼女の発した内容を要約するなら、本日の夜に祭儀があること。その祭儀では今の倍以上の人間が広場で巫女の祈祷と踊りを見にやってくること。
そのために人数分の椅子などの祭儀に必要な備品をあらかじめ運ぶよう手伝ってほしいといったことだった。
「それでは話は以上です。少し遅れましたが、これより皆さまとわたくしで祈祷をいたしましょう」
そう言うと、群衆は一斉に地面に臥し、正座を始めた。
「これはどのくらいで終わる?」
俺は隣の男の耳元でそう尋ねた。
「一時間くらいだ。巫女様が、直々にここの平穏を祈願し、読み上げなさるのだ。
アンタもきちんと聞いて後に続けるんだ」
「そうか。なら俺は帰る」
「おい冗談はよせ」
男は苦笑いしながらそう言った。
その時だった。
「なんだと?」
俺たち二人のやり取りを聞いていた中年の男が、俺を睨みつけながらそう言った。
「こいつまだこの村に来たばっかりでよくわかってないんです。
いま俺がなんとか教えてあげているところです」
若い男は、中年の男をなだめつつ、俺を注意した。
「おっさんよお。アンタも信心深いこった。
しかし、小一時間も口真似なんて俺には耐えられそうにないね」
「おいやめろって」
そう言って若い男は俺の口をふさいだ。
「お前ら、こいつを捕えろ。この村に危害をなすものだぞ」
「別に害を与える気はないんだがな」
俺はやれやれといった口調でそう言った。
中年の男は近くの村人数人にそう命令すると、五人近くが俺をとり押さえた。
五人程度なら抵抗してもよかったのだが、小一時間も祈祷に付き合わされるよりは、おとなしく捕まってみせたほうがましな気がした。
「ここからつまみ出せ。こいつはよそ者だ。あそこの小屋に縛って入れておくんだ」
中年の男は、俺を牢屋のようなところに閉じ込めようとしているみたいだった。
とにかく俺は広場から、強制的に追放された。




