都市 第1章1 村
あの夏。
蝉の声。
「いい?----」
「あなたはね。自分が正しいと決めた道を往きなさい」
「わたしが?」
「そうよ」
「ただしい?」
「そう」
「でもね。いつ進むかはあなたが決めなければならないわ」
彼女はそう言った。
「いつすすめばいいの?」
「それはね。----------」
ひとかけらの記憶。途切れ途切れの小さな記憶。
あの日もこんな情景だったのだろうか。
蝉の声につられて彼女の声を思い出す。
繰り返される夏。
でも、もうあの夏は二度と戻ってこない。
「それにしても暑い。こんな日は水浴びをしてえなあ」
俺はそういった。
「わたし、決めました」
幼女はそういった。
「わたし戻ります。あそこに」
「なんだって?」
俺は気怠そうに返事をした。
俺はそんな自分の声を聞き、ほとんど丸一日寝ていないということに気付いた。
夜が明けるまでの間ずっとあのわけのわからぬ洞穴にいたことになる。
「小屋ですよ。もう一度そこに行きます」
「お前さ」
「はい?」
「お前、もしかしてさ。馬鹿だろ」
「ぬう? 突然なんですか? ば、ばかって? 」
「それは確かにわたくし馬鹿ですけど」
「もう一回捕まって籠に入りたいの? 指名手配犯が本部に入り込むようなもんだよ? わかってる?」
「わかりません」
「わかれよ。あんた。もう一回あそこに入りたいわけ?」
「もうどうなっても構いません」
幼女はそういった。
「死ぬのも怖くないってか」
「はい。でも捕まってしまう前にあの小屋に、行きたいのです」
「それがお前の望みか?」
「はい」
「そうか。ならば付き添おう」
「いえ結構です。一人で行けますから。あなたは早くここから出たほうがいいです」
「ふん。そうしたいのは山々だがなあ」
「おねえちゃんに言われたのですか? わたし、大丈夫ですから。これ以上迷惑かけたくないです」
「いや、あいつなら今のお前見てぶん殴ってるぞ」
「おねえちゃんは殴ったりしません」
「そういう話じゃないんだよ。とにかく檻までは付き添おう」
「だめです。絶対だめです。捕まってしまいます。あなたの場合、殺されてしまうかもしれません」
「うるさいな。どのみちおれは山道へ抜けたいんだ。お前と小屋までは同じだ」
「もう勝手にしてください。わたし知りません」
幼女はそういった。
「ひ、ひえええええっ。焦げてます。丸焦げになってます!!」
兵士は全身真っ黒になった遺体をみてそう言った。
その全身は各々の体の部位が判別できないほど、一様に黒くすり減っていて、何一つ情報がわからない。
かろうじてこれが人間であると判別できる程度だ。
「うるさい。黙ってなさい。皇太子様、どう思われますか」
「さっきからその呼び方はよせ。カナメ部隊長。カリムでいい」
私はそういった。
「承知しました。確かに誰が見ているかわかりませんので。以後気を付けます。それでどう思われますか?カリム様」
彼女はそういった。
「いや。王宮でもカリムで構わん。まず君から言ってくれ」
「はい。首より上部が見当たらないのが気になります」
その遺体は、ほとんど全身真っ黒で、ちょうど首の真ん中あたりが綺麗にきりとられていて、
顔のパーツがどこを探しても見当たらなかった。
「か、かかか。顔がとれてますっ!とれてます!ひえええ!!」
兵士は甲高い声をあげた。
「だからうるさい。あなたはもう少し冷静になりなさい」
彼女はそういった。
「まあまあ。初めてなら仕方がない。ところで君はどう思う?」
私は兵士にそう尋ねた。
「き、気味が悪いです!!怖すぎます!!」
兵士がそういうと、彼女は長細い剣をとって兵士の首に突き付けた。
「真面目に答えろ。どうだ?」
彼女はそういった。
「とてつもない殺気を感じます!」
兵士はそう答えた。
「真面目に答えないとその殺気すら感じれなくなるぞ」
彼女は少し笑いながら低い声でそう言った。
「わ、わかりました。答えます。答えますとも。ええと、首より上がなくてですね」
「それからそれから。ええと。わかりません」
兵士はそう続けて、言った。
「どうやって首が斬られたのかを聞いているんだ」
彼女はそう言うと、再び兵士の首筋に剣を突き付けた。
「手荒な真似はよせ。君らしくない」
私は彼女にそういった。
「好きでやっているのではありません」
彼女はそういった。
「な、何者かが、持って行ったのではありませんか?」
兵士がそう話すと、彼女は兵士のほうに目を向けた。
「そうか」
私はそういった。
「君はどう思う?」
私は彼女に向かってそういった。
「個人的にはどちらともいいづらいかと思います」
彼女はそう答えた。
「というと?」
「確かに彼の言うように何者かが、首を持って行ったことは間違いないでしょう。
しかし、断面を見たところ、鋭利なもので抉られた形跡がみられません。
どちらかというと下半部から腐食していくにあたって首より上が外れてしまったと考える方が自然です」
彼女は淡々とそう言った。
「なるほど」
私はそういった。
「カリム様はどう思われますか?」
彼女はそう尋ねた。
そう尋ねる彼女の目には曇りがない。こんな暗闇のトンネルでも綺麗にわかる澄んだ瞳だった。
「私にも断面をみせてくれ」
「見てはなりません!」
兵士はそういった。
彼女もそう言おうとしている目だった。
「よしてくれ。わざわざここまで来たんだ。見ないわけにはいかない。それにもう慣れていると言っただろう」
そう私がいうと、彼女は遺体のほうへと私を案内した。
「暗くて見づらいな」
私は率直にそう思った。
これでは見ただけで断面がどうなっているかは見当もつかない。
なので、俺はそこに触れてみようと手を近づけた。
「触れてはなりません」
彼女はそういった。
「わかったわかった。先に君が触れてみてくれ」
そう命じると彼女は素早く断面に手を当てた。
すると、四、五秒して手を離した。
「どうだ?」
私はそう尋ねた。
「妙ですね」
彼女はそう言った。
「感触がまるで違います。ここだけ腐食されていません」
彼女は続けてそういった。
「なんだと?」
私はそう言った。
「つまり、ここにはやつらが入り込んでいないということか」
私はそういった。
「そうですね。切断されて間もないということでしょうか?」
彼女はそう尋ねた。
そう。その遺体の首の切断面に限っては人間のそれだった。
一方で、その全身は肌の色など一点たりとも見ることができないほど黒くおおわれている。
その不一致は、彼女の言うように、首の切られた時間をある程度決定しているのかもしれない。
その一方で、私はさっきトンネルで見たあの白い光を思い浮かべていた。
「なにか心当たりでも?」
彼女は私にそう投げかけた。
どうやら考え事をしていたように見えたらしい。
「あの。少しいいでしょうか」
兵士はそう言った。
「あのあの。断面が無事なのは。当たり前ではないでしょうか?だって人間の身体は外側から焼けるのでしょう?」
兵士はそう続けた。
「これはそんなのではない」
彼女はきっぱりとそう言った。
「腐食していくのに内側も外側もない。あるところから、確実に人を侵食していく」
彼女は低い声でぼそりと言った。
「は、はあ。でもこの黒いやつ。マグマが固まったものですよね」
兵士は納得していないような声を上げてそう言った。
「"マグマ"というより"タタリ"と言ったほうが適切かもしれんな」
私はそう言った。
「ともかく、遺体からわかることはこんなものだろう。籠の方も調べてみてくれ」
私は彼らにそう続けた。
彼女によれば、この数時間、ここらに彼らの気配がない。
そして遺体の首断面が黒く覆われていないこと。
あの時、白い光とともに間違いなく、何かが起こったのだ。
私はそう確信した。




