都市 プロローグ11 洞穴
「しかし、わざわざどうして籠ごと運ぶ?
これをこじ開けて、中身を運べばいいだろ?」
「それは無理だわ」
彼女はそうきっぱりと言った。
「開けるすべがないもの」
彼女は続けた。
「どういうことだ?」
俺は言った。
「おそらく何かしらのキーが必要なのよ」
彼女はそう言った。
「用心深い連中だな」
俺はそう言った。
「そうね」
彼女は小さくそう呟いた。
「しかし、キーを手に入れない限りは、中のやつも一生閉じ込められたままだぞ」
俺はそう言った。
「あなた。籠を壊せるくらいすこぶる怪力だったりしないの?」
「相手が悪すぎる」
俺は吐き捨てるように言った。
実際、その籠の表面はかなり頑丈な金属で覆われていた。
簡易的な檻とは何から何まで違っている、そう簡単に破壊されることを想定されてないだろう。
「冗談よ。それなら運ぶしかないわね」
彼女は淡々とそう言った。
籠を二人でゆっくりと持ち上げた。
お互いに籠の両端を持った。
彼女は思ったよりも数段怪力だった。
おれに匹敵するかそれ以上かもしれない。
「意外と力あるんだな」
「意外だと言うほど、私の事を知らないでしょ」
「ああ。性別すらわからん」
実際のところ、白い防護服を全身に纏っているのでは何もわからなかった。
目だけでは判別できない。
それでも口調や女特有の言動などから総合的に判断して便宜的に女だとしているだけだ。
「そういえば、お前らはなぜ白い防護服を着ている?」
俺はそう尋ねた。
「わからないわ」
「わからないけれど、着ていないと大変な目に合うそうよ」
彼女はそう言った。
「あまりあてにはならないな」
俺はそう言った。
「そうね。だからおそらく意味はないと思うわ。それともあなたが異常なのか」
「そんなことはない。俺も道中、えらい目にあった。運が悪ければどうなっていたかわからない」
「そう。でももうあんまり考えない方がいいわ。私たちが今やることはこの籠を入口へと運ぶことだけよ」
「ああ。そのつもりだ」
俺もそのことは、思い出さないようにしていた。
できることなら二度とお目にかかりたくはない代物だ。
連中を気絶させた地点から、出口へと向かうのに十分近くが経過した。
籠を持ちは運んでいる分、ペースが遅いのは仕方がないものの、これといって立ち止まることもなく恐ろしいほど順調に進んでいた。
彼女はトンネル内を相当熟知しているようで、かなり歩きなれていた。
むしろ彼女が、俺に合わせて歩いている様子だった。
「あなた人の気配が読めるんだったわね」
「ああ。それなりに」
「向こうはどう?」
俺たちが歩いてきたトンネルの奥の方を振り返ってそう言った。
「俺らの近くにはいないな。連中も気絶したままだ」
「それより向こうは?」
「多分いない」
「ならよかったわ」
彼女はそう言った。
「連中の中の一人はさっきお前が目覚める前に奥の方へ逃げていったけどな」
「それは知ってるわ」
彼女はそう言った。
「急ぎましょう」
彼女は続けてそう言った。
さらに籠を運んで十分近く経過した。
トンネル内は恐ろしいほどさっきまでと変化がなかった。
実は同じところを何度も歩いている気さえしていた。
一方彼女の方には大分変化が見られた。
随分と息を切らしていて、ペースも大分低下していた。
「少し休むか?」
俺はそう言った。
「あなた実はこの籠を一人で持てたりはしないの?」
「少しの間ならそれでもかまわない」
「違うの。私、これ以上先に進めないかもしれないから」
「どういうことだ?」
「なんとなくそう思っただけよ」
「つべこべいわずに休んでおけ。というか俺は休む。流石に疲れた」
俺は疲労を感じている部位については、ことごとく感じていたが、
そうでない部位については全くといっていいほど感じていなかった。
こういう局面になると俺はいつも、各々の身体の部位がある意味、それぞれ独立な機能を持ったものであるという事を強く認識させられた。
「そうね。十五秒だけよ」
「いや短すぎるだろアンタ」
「アンタまだ若いんだろ。急いでも、この先ろくなことはないぞ」
「この先ねえ。若いという根拠は?」
彼女は尋ねた。
「ない。そういえば、アンタ名前は?」
辺りは静けさに満ちていた。俺らの他に音を発するものは何一つない。
洞窟であれば聞こえそうな、地下水がちょろちょろと流れているような音すら聞こえてこなかった。
「ないわ」
彼女はしばらく間をあけてそう言った。
「奇遇だな。俺もだ」
「嘘だわ」
彼女はそう言った。
「根拠は?」
俺はそう言った。
「そんなのないわ。でも経験則からいって外れないわ」
「というと?」
「昔、ものすごく嘘が苦手な子がいたのよ」
その嘘が苦手なやつ一人だけでは到底、経験則とは言えないだろうと思ったが、あえて受け流すことにした。
「それは、この村の人間か?」
「そうよ。どうしてわかったの?」
「さあね。そんな気がしただけだ」
「私、この村に住んでたのよ」
「そうか」
「なのにどうして今こんなことをしているのか聞かないの?」
「聞いたところで、気の利いた言葉が見つからん。話したいなら好きに話せ」
「やめておくわ」
彼女はそう言った。
「そうか。俺はな。名前というやつをとうに捨てた」
「どうして?」
彼女は不思議そうな声でそう言った。
「何一つ役に立たないからだ。新しく俺がもらった名前はただ一つだ」
「なに?」
「<キル>だ」
「変な名前。殺し屋か何か?」
「というより道具だ。殺すためのな。弓矢や剣、トンカチみたいなものだ」
「思っていたより寂しい人ね」
「ああ」
「でも、あなたっていつも皆から愛されているような気がするわ。良くも悪くもね」
「それこそ根拠がない」
「耳を澄ませてみて?」
話を打ち切って、突然彼女はそう言った。
ゴーゴーという音が遠くから聞こえてきた。
それがあの行きに聞いた音と同じならば、ここは入口からそれほど離れていないのかもしれない。
「あの音は何だ?」
「冷却ブロア―ね」
「外と通じているのか」
「そうね。通気口にもなっているはずよ。でもどうせここを守るためのシステムの一部よ。私たちにはあまり役に立たないわ」
「しかし、こうやって無事でいられるのに一役買っているんだろう?」
「それらも全部含めたうえでのシステムってこと。私たちにそう容易く死なれたら彼らも少しは困るわ」
「それでも生きているだけましだ。そう思わないとやってられない」
「あなた死にたいと思ったことないの?」
「数えきれないくらいある」
「でも今は違うのね」
「そうなのかもな」
「大丈夫。あなたは、必ず生きてここから出られるわ」
「また根拠はない…か。それならお前もここから出られるな」
「根拠は?」
「この籠を一人では持てない」
俺はそう言った。
彼女は少し笑っているように見えた。
「そろそろ先に進みましょう」
しかし、彼女は末期の患者のようにまるで活気がなかった。




