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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第六章【勇者の内側を見てごらん】
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三話【鏡の世界】

 俺は、目の前の錆びついた看板を見上げた。『青夏サマーキングダム』と書いてある、左右が反転した看板を。


 鏡の中の世界を、俺は父さんと一緒に飛んでいた。そうして、勝手にこのテーマパークの入口に着地した。父さんはその途中でどこかに降りて行ったが、体の自由がきかない俺はその後を追いかけることができなかった。


 途方に暮れた俺は、海岸線の方に歩み寄る。設置されていた手すりに体を預けて、水平線をぼんやりと眺める。左右反転の鏡の世界でも、海は何も変わらない。

 父さんは、どうしてこんなところに俺を連れてきたんだろう。大事な話があるというのなら、どこか人気が無い場所に行くだけでいいじゃないか。まあ、この場所以上に人気が無い場所など存在しないだろうが。

 視線を落とす。いつの間にか、俺の服は夏物の私服に変わっていた。おそらく鏡の中に入った時に変えられたのだ。もしもこの世界が父さんの思い通りになる世界なら、俺は勝ち目など無いだろう。幸い、名枕もウエストポーチも外されていない。今はこれだけが頼みの綱だ。

 自分の状態を一通り確認したところで、地面から振動が伝わってきた。同時に、明るく陽気な音楽が流れてくる。人々を陽気にさせるその音楽は、立った二人しかいない世界ではひどく寂しく聞こえる。

 振り返ると、錆びついた入り口の門が開いていく。入れと言うことか。

「大体、こういうのは罠だって相場が決まってるんだけどな」

 漫画でもよくあるシーンだ。大抵、熱血系の主人公が「罠なんて関係ねェ! 全部蹴散らしてやるぜ!」と言って突っ込み、その度俺は「せめて準備を整えて行けよ」とツッコミを入れていた。

 しかし残念ながら、今回は俺が罠に飛び込む番だ。無視したところで、元の世界に帰れる方法がわからない。準備もこれ以上は無理だ。

「せめて俺が熱血系だったら、もう少し恰好がつくんだけどな」

 俺は周囲を警戒しながら、身を隠すようにして門をくぐった。


 青夏サマーキングダムについては知っている。数年前に大規模な事故が起き、それが経営に響いて瞬く間に閉園された。未だに取り壊されておらず、今では廃墟マニアが時折訪れる程度だ。かつては一大テーマパークだったというのに、惨めなものだ。

 それが今では、かつての栄華を取り戻さんと意気込むように稼働している。昼間だからわかりにくいが、夜間のライトアップ用の大型ライトまで点灯している。遠くでは、誰も乗せていないジェットコースターが走り回っている。目の前では、パレードの馬車たちがゆったりとした足取りで横切る。

「全部錆びついてる。でも、動いている――」

 中央の花壇では雑草が伸び放題だし、土産売り場には天井に蜘蛛の巣が張っている。ここがしばらく放置されていたのは間違いなさそうだ。それがこうして動き出したのは、父さんの仕業に間違いない。

 そういえば父さんはどこなのだろうか。名枕を手に、周囲を見渡しながら歩き回る。いくら賑やかとは言え、遊園地に自分一人というのは不気味なものだ。


 いつの間にか半周してしまったようだ。ちょうど入口の反対側ということになる。ここにはゴーカートのサーキット場がある。テレビでは、大人も子供も白熱した走りを見せていたっけ。

 エンジン音が遠く左から聞こえてきた。乗る人間もいないはずのに、勝手に走っているのか?

 不思議に思って目をやると、なんと父さんがハンドルを握っていた。しかも童心に帰ったように、妙に楽しそうだ。俺の目の前を横切るときに手まで振った。

 俺が絶句している間に、父さんはもう一周走り出してしまった。スーツ姿でカートに乗る魔王。俺はただただ、その後ろ姿を見送るしかできなかった。

 その周回を走り終えると、父さんは俺の前でスピードを落とし、斜め前方を指差した。そこには数台のカラフルなゴーカートが駐車されている。乗れと言うことか?

 馬鹿にされているようで癪だが、俺は誘いに乗った。普通に攻撃したところで、また返り討ちにあうのがオチだろう。それならば、相手を油断させて討ち取ればいいのではないか。そういう魂胆だ。

 心の内を見せないよう、無表情でカートに乗り込む。少々窮屈だったが、運転するのには支障ない。アクセルを踏むと、想像以上に加速した。体が一瞬のけぞりそうになる。

 はて、以前もこんなことがあったような……。そんなデジャヴを感じながら、前方のヘアピンカーブを曲がる父さんを視界にとらえた。


 俺は何をしているんだろう。傍から見れば大人げない親子のレースだが、実際は憎み、憎まれる間柄の追いかけっこだ。

 父さんの走りは、一言で言えば大胆不敵だ。エンジンを吹かせてヘアピンカーブに突入し、鋭くブレーキを掛け、曲がり切ったら再びフルスロットル。細かいカーブが続く所では、多少コースを外れても強引に駆け抜けていく。土を派手に巻き上げるその走りは、他に客がいたら迷惑するだろう。

 俺は逆に繊細なハンドリングを行う。アクセルとブレーキをこまめに使い、常にコースの内側、最短距離を縫うようにマシンを操る。互いに対照的な走りを見せるが、その差は十周してもほとんど縮まらない。

 やっぱり、普通に襲い掛かった方が良かったか? そう思っていると、父さんはコース入口にカートを停めてしまった。走る理由も無くなったので、俺も続いて停める。

「ハッハッハッ! まだまだ父さんには勝てないなぁ、叶銘」

 見下ろす父さんが高笑い。俺はカートを踏み台にして跳びかかるが、片手で軽くいなされてしまう。近くの植え込みに頭から突っ込んだ。

「ほら、何をしている、叶銘。まだまだ父さんは遊び足りないぞ?」

 スキップでもしそうな軽い足取りで、父さんは別のアトラクションに向かっていく。体中の葉っぱを払いながら、俺は奥歯を噛みしめていた。


 懲りずに俺は、隙を見て父さんに襲い掛かり、そしてその度に軽くいなされた。

 ジェットコースターでは、走る列車の上で背後から跳びかかった。しかし腕を掴まれ、レールの外へと放り投げられた。

 お化け屋敷では、幽霊たちに紛れて陰から襲い掛かろうとした。しかし父さんは立ちふさがる幽霊たちをことごとくなぎ倒すという非常識な楽しみ方を披露し、ついでに俺も倒された。

 恐竜が闊歩する「ジュラシック・リバー」では、同様に恐竜たちに紛れて父さんの背後を狙った。しかし父さんに細工されていたのか、俺が恐竜たちに襲われる羽目になった。

 何度も何度も襲い掛かっても、父さんに一太刀も加えることができない。悔しいが、向こうの方が一枚も二枚も上手だ。父さんと昼食を摂っている頃には、俺はもう疲れ切っていた。精神的に疲れたのだ。

「なんだ、もうギブアップか? 若いのに情けないぞ」

 握っていたナイフとフォークを投げつけるが、空いた皿であっさり防がれた。とりあえず、おとなしく食事に集中することにした。


 陽が落ちても、俺は父さんに一矢報いることができなかった。どれだけ隙を突こうとしても、のらりくらりと躱されてしまう。向こうも全力で防いでくるのならともかく、やる気があるのかないのかわからないその態度が、知らず知らずのうちに俺の心に焦りを生んでいた。

 肩で息をする俺を前に、父さんはポップコーンを食べていた。その目は俺ではなく、俺の左側を見ていた。なるほど、今度はこれに乗るつもりか。

 それは、世界でも有数の規模を誇る大型観覧車「ホーリー・エンブレム」だ。沈む夕日をゆったり見られる人気スポットだが、もう一つの楽しみ方がある。今はちょうど、その時間帯のはずだ。

 父さんはあごで観覧車を指した。乗ろうと言っている。俺たちが近づくと、それを合図に観覧車がグオンと唸りを上げる。申し訳程度に輝いていたライトがパッと全体に広がり、複雑な幾何学模様を描き出す。ちょうど一番下に来ていたゴンドラの扉が勝手に開いた。

「さあっ、乗るぞ。叶銘」

「あ、ああ――」

 息子とは言え、自分の命を狙う相手と相席する気か?

 しかし、これは願っても無いチャンスだ。何十回と退けられてきたが、その敗北の数々が父さんの心に油断を生んだのかもしれない。これだけ至近距離に寄れば、何らかのダメージは与えられるはずだ。

 俺は決意を新たに、父さんの斜め向かい側の席に座った。今度は勝手に扉が閉まり、ゴンドラがゆっくり持ち上げられた。


 ゆっくりとゴンドラが上昇していく。シートからはカタンコトンと機械の鼓動が伝わってくる。軋むような音に不安になるが、父さんのことだ。途中で観覧車が壊れるような細工などはしていないだろう。

 父さんは脚を組み、窓の外を眺めていた。釣られて、俺も同じ方向へ視線を向ける。遊園地中心にそびえ立つ西洋風の城が目に入った。派手にライトアップされ、暗い群青の夜空の中にくっきりと浮かび上がっている。

 今ならいけるんじゃないだろうか? 家でくつろぐようなその横顔に、俺はチャンスを見た。


「楽しかったか?」


 そんな俺の出鼻をくじくように、父さんはポツリとつぶやいた。

 楽しかったか? その言葉が、頭の中で反響した。


「――楽しかったかい?」


 顔をこちらに向け、再び尋ねる。

 花火が打ち上がった。妙に近い。そうか、もうてっぺんか。この観覧車のてっぺんから見る花火は、この遊園地一番の見せ場だと同級生が言っていた。父さんも、これを目当てに観覧車を選んだのだろう。

 音が大きい。振動が激しい。体の中で小さな花火が破裂しているみたいだ。

 

 ドン!

 ドドドン!

 ドン! ドドンドン!


 数えきれない数の花火が上がる。どうやらこの世界に、灯りが点いているのはこの遊園地だけだ。それが、花火が花開いた瞬間だけ、世界が光に包まれる。

 静かになった。やがて、ひゅるるると蛇行する音が上昇していく。


 ……ズドン!!


 まるで、夜空に大輪の向日葵が咲いたようだ。その振動が、俺を突き動かした。

「――敵のくせに、ふざけるな!」

 名枕を口元に添え、叫ぶ。剣身に紅い光の文字で「カミキキョウジ」と刻まれる。

 小細工は抜きだ。この剣を突き立てる! 掠るだけでもいい!

 一秒にも満たない刹那。俺は父さんの胸に切っ先を向け、飛び込んだ。

 無我夢中だった。余計なものは全て視界から排除されていた。煌々と輝く遊園地も。満開の花火も。それなのになぜ、父さんの悲しそうな表情が目に映ったのだろうか。


「それでいいんだ、叶銘……」


 胸に名枕が突き刺さる。この数か月で数えきれないほど味わってきた嫌な感触が柄から伝わってくる。

 その傷口を中心に、紅い光が体中に走る。魔物との戦いで、何度も見てきた光景だ。この光に完全に包まれる頃には、対象の体は朽ち果てる。

 それが、どうして?

 どうして、俺の体に光が走っているのだろう?

 口から血がこぼれる。胸が痛い。視線を落とすと、胸の中心が紅く光っている。

 父さんは名枕を刺されながら、顔色一つ変えずに口を開いた。

「父さんの能力について、詳しいことは知らなかっただろ? 無理もない。珠恵にも話していないからな。まあ、見ての通りだ。鏡のように“攻撃を跳ね返した”それだけだ。お前が刺したのは、鏡の中のお前自身だ」

 力が入らず、膝を突く。父さんの言葉が遠い。

 単純に、名枕が刺さったダメージならわかる。しかし、名枕の能力は俺には関係ないはずだ。俺は「カミキキョウジ」ではないのだから。


「叶銘、お……信……るぞ」


 体が熱い。視界が暗い。意識が遠い。

 ぼくは、どうしたらいいの――お父さん――――

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