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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第六章【勇者の内側を見てごらん】
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二話【電話の先】

 俺は部屋の中で、いつもの戯流堵の制服姿に着替えていた。腰にはいつものウエストポーチ。最近はマスターのアイテムの仕入れも滞っているようで、ポーチの中には数えるほどしかアイテムが入っていない。

 不安をごまかすように手には名枕を持っている。思えば、名枕とも長い付き合いだ。緑色に錆びついた銅剣だが、どれだけ酷使しても、初めて見つけた時となんら変わらない姿を維持している。このガラクタの銅剣で、一体何体の魔物を倒してきたことだろうか。

 もう片方の手にはスマートフォン。既に番号をほとんど打ち終えており、最後の一文字を打ち込むのみだ。まるで、バンジージャンプでもするかのような心境だ。一歩足を前に出すだけで、自分の力が到底及ばない場所に放り込まれる――そして、細いロープ一本に自分の全てを委ねるのだ。

「ムリするな、カナメ」

「ネイサか。いや、大丈夫だよ」

 ワイプのように、画面の端っこからネイサの顔が覗く。相変わらずの無表情かつ無機質な声で、本当に心配されているのかどうかわからない。そんなコミュニケーションにも、もうすっかり慣れてしまったが。

「ネイサも、いざという時のために準備しておいてくれよ。大事な場面でバッテリー切れとか勘弁してほしいから」

「ダイジョブ、ダイジョブ。そういうカナメこそ、早くデンワしたらどうだ?」

「うるさいな、わかってるよ」

 そういえば、戯流堵に初めて電話した時も酷く時間を浪費したっけ。少しは成長したはずなのだが、いざ重要な場面になるとこの体たらくだ。

 俺は頬を強くたたき、気合一発。深呼吸をして、心を落ち着ける。いつも平常心のネイサには、俺の気持ちはわかってくれないらしい。冷めた目で見ているだけだ。

「……じゃあ、ワタシは待機シテル。ガンバレヨ」

「ああ、ありがとう」

 画面からネイサがフェードアウトして、再び一人きりだ。いざという時のことを考えてアキトを呼ぶことも考えたが、やめることにした。心の中では、この電話が誰につながるのか、うっすらとわかっていたからだ。

 画面を睨みつける。小刻みに震える指で、最後の数字を叩いた。


 そのままの姿勢で数分。何も変化が無い。誰も出ない。打ち間違いを危惧したが、何度紙と見比べてみても間違いは無い。

「――なんなんだよ」がっくりと肩を落とした。気を張り詰めていた自分が随分滑稽に感じる。

 張りつめていた緊張の糸が緩んで、そして気づいた。音楽が聞こえる。家の中からだ。

 どういうことだ? 今、家には俺しかいないはずだ。空き巣? いや、それにしたって侵入先で音楽を奏でるなど馬鹿げている。一秒でも早くその場を立ち去るのがセオリーのはずだ。足音を殺して歩き、扉に耳を付ける。間違いない。リビングから音楽が流れている。

 どうする。どうする。扉を開けるか。どうする?

 迷った末、俺は名枕を構えてドアノブを握った。大丈夫。相手が犯罪者だろうが魔物だろうが、今の俺には大した相手ではない。せいぜい、家を壊さないように気を付けるだけだ。

 ふう――ハッ!

 ドアノブを回し、体当たりの要領で飛び出す。


 ――僕は子供とにらめっこしていた――


 体をリビング中央に向ける。名枕を突き出す。


 ――君はすぐに吹き出しちゃって――


 人影を見つける。ソファの上を睨みつけた。


 ――そのあと悔しくて泣いちゃうのさ――


 視界に四人の家族が飛び込んできた。

 二人掛けのソファの上では、一人の男がギターを弾きながら歌っている。その両脇には、小さな男の子と女の子がまどろんでいる。キッチンカウンターの中からは、女性が演奏に合わせて歌声を紡いでいる。

 なんだろう、これは――答えが出ないまま二、三度瞬きすると、その光景は消え失せた。

 しかし一人だけ、消えない人物がいた。子供に挟まれて、ギターを弾いていた男。少し老け込んだが、その内側には衰えることのないエネルギーが感じられる。


「父さん……」


 父さんの手と歌が止まる。ギターを大事そうにケースに戻し、そしてようやく、俺の方を見た。


「やあ。久しぶりだな、叶銘」


 その一言が起爆剤になった。家の心配だとか、先ほどの温かな光景だとか、そんなものは頭から消去された。その代わり、俺の頭を埋め尽くしたのは、あの廃ビルでの出来事だ。俺とアキトを痛めつけ、美津姫を死の一歩手前に追い込み、得体のしれない魔物と仲良さ気にする父親の姿。

 その全てをかき消すように、力を込めた腕を振る。風圧で家具が傾く。小物が吹き飛ぶ。今なら象すら転倒させるほどの怪力だ。

 そんな俺の一撃を、父さんは煙のようにするりと躱し、腋の下で挟み込む。反対の腕を振り下ろすが、それも同様に挟み込まれた。動揺する俺の隙を見逃さず、脚を払って床に叩きつける。流れる動作で俺の腕を締め上げ、起き上がることができない。ギシギシと、腕の関節が静かな悲鳴を上げる。

「まあ、落ち着け。叶銘」

「うるせぇ! 何度も何度も、人を……家族を馬鹿にしやがって!」

「だから落ち着けと言っている。見ろ、あのギター」

 ギター? その声に促されて、つい傍らに置いてあるギターを見る。何の変哲のないギターだが、これが何だというのか。

 しかし気づいた。

「これ、彩音のギターじゃないか……」

「元々は私のギターだがね。今は彩音が使っているようだが」

「まさか、彩音に何かしたのか!?」

 俺が電話を掛ける前、彩音はギターの練習に出かけたはずだ。それが、ここに置いてあるということは――。

「おいおい、変な詮索はするな。部屋に置いてあったから、つい懐かしくなって弾いてしまっただけだ。それより、彩音はギターを忘れて出かけたんだろ? このままでは戻ってきてしまうぞ」

 歯ぎしりをする。落ち着けとはそういうことか。このままでは、彩音が父さんと鉢合わせしてしまう。そうなったら、彩音にまで危険が及んでしまうのでは?

 俺の悲痛な表情から全てを察したのか、父さんは軽く笑った。

「だから、変な詮索するなと言っている。私は、叶銘と二人きりで話をしたいと思っていたんだ。大事な話なんでな」

 そう言い終えると、父さんは顔を部屋の隅に向けた。つられて視線を向けると、そこには一枚の姿見が置いてあった。ごてごてにシールやらビーズやらが貼られたそれは、彩音の部屋に置いてある姿見だ。そこに、床に這いつくばる俺と、その上に乗る父さんの姿が映っている。

「そういえば、お前に見せるのは初めてだな。始めは酔うと思うから、目を閉じておいた方がいいぞ」

 何を言ってるんだ? そう思った瞬間、目の前の姿見が光り出した。視界を埋める白い光の中心で、その姿見だけがぼんやりと浮いている。

 体がふわりと浮いた。慌てて手足をバタつかせるが、どこにも触れられない。まるで、突如空中に放り出されたようだ。俺を締め上げていた父さんは、見えない翼でも生えているように優雅に浮き、鏡の中へ飛び込んでいく。

「うわっわっ、うわっ!?」俺の体も、鏡の中の世界へ吸い込まれていく。膜のようなものを破った感覚。俺は、鏡の中の世界に入ったのか?

 左右が反転した世界の中を、俺と父さんはどこまでも飛んで行く。その世界には、人も動物もなにもいなかった。

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