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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第四章【勇者に必要なのは、動機と敗北だ】
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八話【叶銘の新しい朝①】


「兄ちゃん、今日は朝早いねー」

「そうか? もともとこの時間に起きてただろ?」

「だって、ほら。最近月曜日の朝の講義サボってたんでしょ? あたしやお母さんが出かける時でもパジャマだったじゃない」

「うるさいなぁ。ちょっと五月病になってただけだよ。もう大丈夫だからさ」

「まあ、いいけど。早く食べちゃってねー」

「叶銘―。パジャマ洗っとくから早く着替えなさい!」

「……二人して、朝からうるさいなぁ」


 五月二十七日月曜日。

 俺は一か月ぶりくらいに、月曜日の朝七時には起きていた。それまでは勇者冒険学をサボっている分、惰眠を貪っていた。

 しかしそれも今日までだ。逃げたり、落ち込んだりするのはもう止めにした。

 この世界が徐々に魔界とやらに侵されているのは事実だ。自分の父親がそれを指揮しているのも事実だ。そして面白半分に、俺が魔物と戦わされているのも恐らく事実だ。

 今までは、正直乗り気じゃなかった。他の誰かがこの騒動を解決してくれるものだと、心のどこかで高を括っていた。

 でも、どうやらそれは期待できそうにない。それに、あんな腹の立つ父親を仕留めるのは、俺以外の誰にも任せたくはない。

 ふつふつと怒りが込み上げてくる。ゲームのようにこの世界を混乱に陥れ、そして何より、俺の友達を簡単に傷つけるようになった父さん。あの廃ビルでのやり取りは、おそらく今後何年たっても忘れはしないだろう。

「ごちそうさまでした」湯のみのお茶を飲み干し、茶碗を流し台に片づける。

「叶銘、なんだか動きがぎこちないわよ?」

「ちょっと筋肉痛なだけだよ……」

「ふぅん」

 シャミアとの戦いから三日後。未だに体中の筋肉は苦痛を訴えていた。あんな人間離れした動きができたのだから、筋肉痛で済めば安いものだ。

「夏に向けて、体でも鍛えてるのかしら」

 そんな呑気な母さんの声が聞こえてきた。


「それじゃ、行ってきます」

 脚が痛いので、腰を下ろして靴を履く。そんな俺の頭を、歯磨き中の彩音が唐突にわしゃわしゃと撫で始めた。

「あっ、コラ! やめろよ!」

「へっへー。いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃないし」

「お前はスケベオヤジか……?」

 その手を跳ねのけ、急いでドアを開いて外に出た。ちらりと見えた彩音の顔は、どこか安堵の表情を浮かべていた。その奥で俺たちを見ていた、母さんも。

 ごめんなさい。それと、もう大丈夫だから。

 口にするのも恥ずかしいので、心の中でそうつぶやいて学校へ歩を進めた。




「おっ、叶銘! オハヨー!」

「神木先輩、おはようございます」

 いつもより早く家を出たのにも関わらず、待ち構えていたような二人に遭遇した。しかしその表情は、先ほど見た彩音と母さんの優しげな顔とどこか似ていた。アキトと美津姫も、俺の変化をどこかで察知していたのだろうか。

 三人で学校への道を歩む。こうして登校するのが、なんだか妙に久しぶりな気がするのはなぜだろうか。

 朝日に目を細めるふりをして、ちらちらと美津姫を横目で見る。多少の擦り傷は残っているが、毒の後遺症のようなものは無さそうだ。血色はよく、つやつやの髪はキラキラと潤っている。

 なんだか視線を感じたと思ったら、美津姫の頭の向こう側で、アキトがニヤニヤしながらこちらを見ていた。カッと頬が熱くなるのを感じてそっぽを向いた。視線はまだ感じる。嫌な奴だ!

「そういえばさ、この前あげたスライム。あれ、どうしたのかな?」

 照れ隠しに、美津姫に探りを入れてみた。

 先日のシャミアとの闘い。その終止符を打ったのは、あろうことかスライムだった。あの時、スライムが名枕の軌道修正をしてくれなければ美津姫は毒に倒れていたことだろう。

 自分の得意分野の話題に入ったことで、彼女の顔はぱあっと眩しく輝いた。

「はいっ! あのスライムちゃんはですね、実はまだ生きてたんですよ!

 それからは餌をあげたり、散歩に連れてったりして可愛がってるんですよ~」

 そう言って、美津姫はポケットから小さな瓶を取り出した。紛れも無く、あの時道路に転がっていた瓶。そしてその中では、小さくなったスライムが元気そうにちゃぷちゃぷと波打っている。

「この子、特に散歩が大好きみたいで、こうやっていつも持ち歩いてるんです。どうやってるのかわかりませんけど、体の大きさをある程度変えられるみたいなんですよね。本当は外に出してあげたいんですけど、騒ぎになっちゃうし……」

 てへへと残念そうにはにかむ美津姫。この子は自覚が無いかもしれないが、魔物を飼い馴らすという恐ろしいことを自然にやってのけている。

「でも気を付けろよ。そいつ、触ると凄く痛いぞ」

「それが大丈夫なんですよ。懐いてくれたからか、触ってもひんやりして気持ちいいんですよ~」

「あ、ああ……そう」

 この子は案外、現世が魔界に支配されても生き残るかもしれない。


「そ、それじゃあ私は、向こうの方なので。ここでお別れですね……」

 学校に着いて通常モードに戻った美津姫。こうして見れば、ちょっと引っ込み思案な可愛い女の子なのだが……。

「神木先輩……その髪型、えっと……似合ってますよ! それではっ!」

 最後にそれだけ言い残し、美津姫は逃げ出すように校舎に走り去っていった。年上の男を褒めるというのは、彼女にはかなりハードルが高かったようだ。

 もっと自信を持てばいいのに――と、俺が言えた義理でもないか。

「何にせよ、上手く行ったみたいだな」

 少しかすれた声で、しかし柔らかい口調でアキトが口を開いた。

 まだ傷が完治していないのだ。しかし余計な心配はかけまいと、美津姫が一緒の時は口数を減らし、しゃべる時は懸命に元の声を出していた。意地っ張りで、強い奴だ。

「お前が美津姫ちゃんを助け出すところ、この目で見届けてやりたかったな」


「……アキト、ごめんよ」


 目を丸くするアキト。その瞳に、伏し目がちな俺の顔が映っている。

「今まで黙っていけど、実は俺、魔物と戦ってきたんだ。そうだよ、あのスライムも、この前のサソリ女も、俺が倒したんだ。今まで黙ってて、頼りにしなくて、ごめん」

 頭をガリガリ掻きながら頭を垂れる。

 事情が事情とは言え、俺は親友に何の相談もできなかった。血を吐きながらも、俺を鼓舞してくれるほどの親友にだ。廃ビルでの一件が無ければ、きっとこの世界の終わりまで打ち明けることができなかっただろう。

「――全くよォ。お前は頭がいいのか悪いのかわかんねぇな」

 頭上からアキトの呆れた声が落ちてくる。顔を上げると、やれやれと言った表情でアキトは苦笑いしていた。

「このアキト様が、そこまで懐の狭い男だと思ってんのか? 自分の父親が魔王で、世界征服を狙ってる。おまけに、あの怪物どもを送り込んでるのもその父親。そんなこと、相談できる方がどうかしてるだろ」

 そう言うや否や、アキトは乱暴に俺の頭を撫でまわした。

「おい、こら! やめろよ!」

「その髪型、覚悟を決めた証なんだろ? 前のボサッと伸びた髪型より、ずっと似合ってんじゃねェか」

 なんとかアキトの手を振りほどき、手探りで髪を整えていく。


 父さんと接触した翌日、髪をばっさり切りに行った。小学校での大ゲンカ以来、髪を伸ばしていた。それは言わば、外界との繋がりを薄く遮るカーテンのようなものだった。

 それを取っ払った。そんな狭い視野じゃ、俺は父さんを倒せない。魔物たちと戦えない。

 美容院から出た俺の視界に、眩しい太陽の光が降り注いだ。いつもの倍は明るく感じた。生まれ変わった気さえした。


「何か大変なことが起きたら俺に知らせろよ! 大丈夫だって。俺はこう見えて、実は結構強いからよ」

 グッと自信満々に腕をまくるアキト。

 さすがに、魔物との戦いに巻き込みたくはない。だけど、その姿を見ているだけで、百人を超える仲間を手に入れた気分になった。

 ありがとう、アキト。俺はとっくに、お前に助けられているんだよ。

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