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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第三章【酒の席、勇者の堰】
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八話【魔物の下見】

 行動を起こしたのは、二十日の土曜日からだ。

 僕はまだまだ魔物が怖い。「二回も死にそうになったんだから仕方ない」と言われるか「二回も倒したんだから自信持て!」と言われるかはわからないが。そういうわけで、平日の間は大学の講義に行くという名目で、来たるゴブリンたちとの闘いを先延ばしにしていた。

 しかし昨日、マスターから携帯電話に直に連絡が来た。メールで一言「調子はどうだ?」と。手が震えた。声が聞こえるわけでもないのに、その一文には並々ならぬ殺気のようなものを感じた。“前門のゴブリン、後門のマスター“だ。僕は「週末には倒します」と返信した。マスターからの返信は無し。

 誤解が無いように言うと、僕にだって正義感はある。魔物について話す那須さんの表情の奥には「まさか君が、なんとかしてくれるのかい?」という期待が灯っていた。一介の大学生である僕に、一回りは年下の相手に、すがるような目をしていた。目上の人に頼られることなんてそうそう無く、その瞬間はいくらか浮かれていたのも事実だ。

 彼の期待を無下にはしたくなかった。もちろん、マスターへのツケの問題もあるのだが。

 使命感と脅迫感に迫られ、とりあえず僕は現場の下見に行くことにしたのだった。


 三宮市は、一言でいえば平らな町だ。田畑が幅を利かせ、そこを見守るようにポツポツと瓦屋根の立派な日本家屋が建っている。街の中心地ですら五階建ての雑居ビルやマンションがやっとと、起伏に乏しい街並みだ。

 もっとも僕は、それが嫌いではない。むしろ、空が広く感じて好きだ。

 ロードバイクのペダルを踏む足にも力が入る。綺麗に舗装された道がまっすぐ続いており、目をつぶっても走り続けられそうだ。すぐ右側を走る車と競争するようにスピードを上げる。髪を掻き上げる風が、頭の中の不安を吹き飛ばしてくれるようだ。


「カナメ、スピード上げ過ぎ」

「うわっ!?」


 突然の声に、ハンドルをよろめかせた。チッとガードレールに擦って、慌ててバランスを取る。随分みっともない有様だった。

 僕はその声の主、ポケットの中――の、スマートフォンの中――のネイサに声をかけた。

「ネ、ネイサ? お前のアプリは起動していないじゃないか! というより、そもそもスリープ状態だぞ!」

「ワタシはトクベツだから、モンダイナッスィン」

 妙に良い発音で「ナッスィン」と言う。

「何しに出てきたのか知らないけど、勝手に起動しないでくれ。お前は知らないかもしれないが、バッテリーを猛烈に消費するんだ。たぶん、フルに充電していても三十分と持たないぞ」

「シンパイいらない。こうしてカイワするダケなら、ショウヒデンリョクはオオハバにサクゲンされる」

 すれ違った女の子が、口に手を当ててクスクス笑っていた。心配なのはバッテリーだけではないのだとネイサに言ってやった。ただ、ネイサが「世間体」というものを理解してくれるのかは疑問だったが。

「わかったわかった。出番が来たら呼んでやるから、今は静かにしておいてくれ。スマホの充電だって、今日は半分くらいしか済ませていないんだ」

「オッケイ。リョーカイ」

「――結局お前、どうして出てきたんだ?」

「――サイキン、デバンなかったカラ」

「…………」

 確かにここ数日、用事も無かったので起動もしていなかった。ネイサよ、お前は散歩に連れて行ってもらえない犬か何かか……


 街の中心から更に奥へ走り、最もゴブリンの目撃情報が多い地域に着いた。

 古くからある住宅街のようで、子供が乱雑に並べたみたいにくねくねと家が軒を連ねている。そこから小川と何本か道路を隔てて、小さな町工場が同じように並んでいる。今日は土曜日だが、半分ほどの工場では作業服を着こんだ男たちが汗を流して働いていた。その前を通り過ぎる度に、彼らの熱気が僕を包み込む。少々臭うが、尊敬できる暑苦しさだ。

 聞き込みは思いのほか上手くいった。戯流堵での経験がさっそく生きたのか、見知らぬ人に話しかけるのも僅かにだが抵抗感が薄れた。マスターがあのような仕事を任せたのも、こういった意図が隠れていたのかもしれない。

 土曜日ということで、子供との接触が多かったのも大きい。小さい子供にはネイサを見せてあげると、途端に食いつきが良くなった。ネイサの方も子供の相手に四苦八苦していたが、それでも機械の声に楽しさが混じっていた。いい気分転換になっただろう。

「ネイサ、なんだか楽しそうじゃないか」

「そういうカナメも、タノシそうだぞ」

「え? そうかな」

 こんなこと、本当は苦手なのに。「案ずるより産むが易し」ということか。なんにせよ、知らない人と話すのも悪くなさそうだ。疲労はしたが、心に満たされた充実感の方が勝っていた。

 公園で一息ついて、スマートフォンの地図アプリを広げる。目撃情報から、怪しいと思われるポイントにいくつかチェックを付けた。

「カナメ、ゴブリンのイバショわかったか?」

「お前は、他のアプリが起動中でも出てくるのね。まあ、大体絞り込めたよ」

 目撃者の中には、こっそりゴブリンの後をついて行った人もいた。スライムとの闘いを考えると、ゴブリンもまた危険な存在だろう。あまり感心できないが、おかげで足取りはつかめた。

 空になったペットボトルをゴミ箱に放り込み、再びペダルを踏んだ。


 三宮市の北から西を囲むように、やぐら川という大きな川が流れている。そして川に沿うように、大小さまざまな工場が並んでいる。ガンガン稼働中のものもあれば、とっくに錆びれて鉄くずの塊みたいになっているものまで。

「僕の目的地は、後者か」

「『僕らの』ダ」

「はいはい。僕らの目的地は後者だ」

 ショルダーバッグから、持参した双眼鏡を取り出して覗き込んだ。僕らがいる堤防からは見下ろす形になっているため、塀の中までよく見える。

 稼働を停止しているにも関わらず、赤茶色に錆びた門扉は主の帰りを待つようにしっかりと閉じられていた。そのすぐ横には、所々欠けたプレートに「轟紡績三宮工場」と刻まれている。工場名に負けない、太く力強い書式だ。

 その内部に視線を滑らせると、半壊した台形の建物が四つほど並んでいる。それらの脇には、三角屋根と正方形に近い建物がある。おそらく、倉庫と事務所だろう。いずれの建物も錆と汚れでくすんでしまっているが、元々は真っ白で清潔感のある建物だったことが窺える。

 クゥと、胃袋が寂しい音を出した。すっかり夢中になってしまったのか、昼を過ぎたことに今さら気づいた。堤防脇の草むらに座り、聞き込み途中で買っておいたパンを咥えた。

「ちょうどいいから、食べながらここで見張ろう。お前も、何か気づいたら教えてくれ」

「…………」

「おい、ネイサ?」

「バッテリーがピンチ。ドントタッチミー……」

 しまった、子供相手に見せびらかし過ぎたか? 画面の右上を見れば、電池のアイコンはほぼすっからかん。その残量は「10%」を示していた。

「はあ、仕方ない。一人でずっと見張ってるしかないな……」

 もちゃもちゃと、時間をかけて少しずつパンをかじっていった。


 しかし幸いにも、孤独な見張りは四十分程度で済んだ。

 口の中で三個目の飴玉を転がしている最中に、そいつは現れた。工場の敷地内のマンホール、その蓋がズズズと動き出した。「来たか!?」小さくなった飴玉を噛み砕き、双眼鏡を手にした。

 レンズの中で拡大されたマンホールの穴。その穴から、緑色の禿げ頭が現れた。皺だらけのその頭には、アンバランスなほど大きく飛び出した両耳と鉤鼻がくっついている。素早い身のこなしで穴から飛び出したソレは、身長一メートル程とかなり小柄。手には腕と同じ大きさくらいの棍棒と、女性もののハンドバッグを乱暴に握りしめている。ゴブリンは周囲を警戒すると、駆け足で三角屋根の倉庫に潜り込んだ。

「あれが今回の相手か……えっ!?」

 ふとマンホールに視線を戻すと、そこには二匹のゴブリンがいた。それがまた走り出すと、待っていたように新たなゴブリンがマンホールから飛び出した。ピョコピョコピョコ。数えてみると、計七匹。相手の数まで考えていなかった僕には衝撃の光景だった。これを、全部相手にするのか。

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