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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第三章【酒の席、勇者の堰】
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七話【叶銘の大失態】

 四月十六日火曜日。

 僕は戯流堵の店長室で、面接の時と同じようにマスターと向かい合っていた。片手に手帳を持ち、背筋を伸ばす。

「それでは、昨日手に入れた情報を報告します」

「ウン」

 店長はまばたきもせず、ムスッとした顔でこめかみに血管を浮かべている。顔もほんのり赤みを増し、褐色の肌と相まって、冷え固まった溶岩のようだ。マスターが怒っているのは一目瞭然だった。

「……えっと。ここから北西に数キロ進んだ先にある三宮さんのみや市。そこの工業地域周辺で、小人のような不気味な魔物が悪さを働いているそうです」

「…………」

「えっと……被害は主に盗難です。現金には興味が無いようで、貴金属から玩具オモチャまで、見ていて面白そうなものを盗る傾向にあるようです。積極的に暴力は振るわず、敵意を向けられた場合敏感に察知して攻撃に出るようです」

「…………」

「身長は幼児程度で、くすんだ緑色の肌。痩せた体に、裸に近い服装。その容姿から、子供たちから『ゴブリン』と呼ばれているようです」

「……よし、それだけわかれば十分だ」

 ふうっとため息をついた。その吐息がマスターの髪を揺らし、不快そうに眉根を寄せる。突如刻まれた深い皺に、僕の体は縮みあがった。

 昨夜の飲み比べに勝利したことで、那須さんから情報を勝ち取った。それはいい。

 しかし実をいうと、ジョンさんの笑顔を最後に、僕の記憶は飛んでいた。気が付いた時には、制服のまま自宅のソファの上で朝を迎えていた。二日酔いが酷くて学校にも行けず、昼過ぎまで二度寝してしまったのだ。

 しかし僕も偉かったもので、酔いつぶれながらも手帳に魔物のメモを残していた。ミミズのようにふにゃふにゃした文字を解読するうちに酔いも覚め、きちんと意味の通った文章になっていることに安堵した。記憶から抜け落ちてしまった過去の自分を労ってあげたい。


 マスターは腕を伸ばすと、脇のスチールラックから何かを取り出した。

 そのゴツい両手には、深い緑色のウエストポーチが載っていた。大きなポケットはファスナーで、小さめの二つのポケットはボタンで閉じられ、丸く膨らんでいる。無言で差し出されたそれを手に取ると、ズシリと重い。

「開けてみろ」

 そう促されて、おそるおそる膨らんだ二つのポケットを開ける。その中身は、僕が目にしたことのあるアレだった。

 右側のポケットには、傷薬と薬草が無造作に突っ込まれていた。もちろん、ただの傷薬と薬草ではない。藤間先生が学校で使って見せた、あの“この世の物とは思えない”不思議なアイテムだ。

 左側には、つい昨日その効果を目の当たりにした発煙弾が三つ入っていた。カチカチと、丸い体をぶつけ合って金属音を立てている。

「チャップマンが言ってたぜ。初仕事の折には、叶銘に持たせてやれってな」

 少し遠回りになったが、ついにマスターの口からその名を聞くことができた。

「やっぱり、あの人のことを知ってるんですね」

「そりゃあな。そのポーチも中身も、ついでに言うとお前の制服も、全部あいつがくれたんだよ」

 思わず自分の体を見下ろす。手にした時から違和感はあったが、それも納得する一言だ。チャップマン――行商人とは言っていたが、まさかマスターと取引をしていたとは。

 しかしそうなると、彼はどこからこんなアイテムを仕入れてくるのか? ひょっとして自作しているのか? そんな疑問は、チャップマンの実態を垣間見た喜びによって隅に置かれた。


「それじゃあ、本題に入るぞ」


 浮かれる僕を戒めるように、マスターが凄みを効かせた声を放つ。そうだ、まだ情報を仕入れただけなのだ。本当の戦いはここからである。マスターとチャップマンのつながりを知った喜びを横にやり、姿勢を正してマスターに向かい合った。

「お前には、ゴブリンと言ったか、この魔物の討伐をしてもらう。期間は指定しないが、あんまり遅いと意味が無いんでな。遅くとも一週間以内には倒してもらいたい。それが終わったら、今みたいにオレに報告するんだ」

 それでは、「討伐しました」と嘘をついてもわからないのでは?

「言うまでもないが、『討伐しました』なんて嘘をつくなよ。そんなことをされると、オレはとても悲しい……」

 そう言って、マスターはギシギシと音が聞こえそうなほど体中の筋肉を盛り上げた。元々張りに張っていたシャツとズボンが悲鳴を上げる。「裂ける! 裂ける! タスケテ!」と、血の気の失せた僕に助けを求める。

 これが悲しさの表現だというなら、世の中はさぞ血と暴力に満ちた世界になっていることだろう。

「お前は“賢明な”人間だと信じているから、そんなこと考えもしないよな?」

「――も、モチロンですよ」ツーッと、額を汗が流れ落ちた。


「おお、そうだ。大事なことを伝えて無かったな」

 そう言ってマスターは、今度は書棚から一枚の紙を取り出した。その表情が怒りと笑みを同時に浮かべていることに違和感を覚えたが、その理由は記載されている内容を見て一瞬で理解した。


 制服代……108000丹

 ウエストポーチ代……54000丹

 アイテム代……8500丹

 ビール(大ジョッキ二杯)……1080円

 だし巻き玉子……324円

 刺身三点盛り……864円


 その金額に肝を潰した。

 これだけなら、まだ納得できる。ビールやおつまみが自腹なのだから、制服やアイテムの数々も自腹なのは理解できる。問題は、その後だ。

「……覚えのない請求があるんですけど。生中二十杯とか、椅子や食器の弁償代とか……」

 その合計額、およそ十七万丹と三十万円。現実を見つめられず、視線がテーブルのあちこちに泳ぐ。

「――あれは酷かった」

 マスターは煙草に火を点け、吐き出す煙を目を細めてぼんやりと見つめる。その煙の中に、別の映像が見えているように。


 昨夜の惨状を、マスターは淡々と語ってくれた。

 飲み比べ勝負に勝った後、気を良くした僕が観客たちに酒とツマミをおごったこと。椅子を振り回して大暴れしたこと。同時に店内の備品をいくつか破壊したこと。さらには花壇の花までむしり始めたこと。

 聞けば聞くほど、自分がやったとは思えない所業の数々に胸が締め付けられる。いっそ、「悪魔が憑りついて叶銘を操った」と説明された方が気が楽になる。

 酔いはその人の素をさらけ出すと言うが、それで言うと、僕の中には余程抑圧されたものが眠っていたとでもいうのか……。


「オレはもう二度と、お前に酒を勧めないと誓ったよ」

 常に威圧的な顔が陰る。たとえ世界の終わりが来ても、無表情か怒りを浮かべるであろうマスターの顔がだ。

「あの……申し訳ありませんでした」

「……おう。仕事、頑張ってこいよ」

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