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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第三章【酒の席、勇者の堰】
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一話【夕暮れの闘い―前編―】

 四月二十一日日曜日。

 夕焼けを背に、崩れて低くなった塀を飛び越えた。廃工場の割れたガラスたちが、迎え入れるように光を反射して黄金色に煌めく。

 ストン。湊小学校で正門を飛び越えた時とはまるで違う、軽やかな着地が決まった。地面を覆っていた砂埃さえ微動だにしない。

 倉庫の中からは、変わらずゴブリンたちの「グエッ! グエッ!」という楽しげなダミ声が聞こえる。気づかれていない。上出来だ。

 姿勢を低く保ちながら、気配を悟られないよう移動する。

 

 物陰に隠れ、

 地面を這い、

 呼吸の音すら消す――

 

 そうして、ゴブリンたちがたむろする倉庫の側面まで回り込んだ。

 耳をそばだてる。連中の声の調子は変わらない。まだ、気づかれていない。新品の制服を砂だらけにした甲斐はあった。

 マスターに渡されたウエストポーチから、一部が飛び出した鉄の玉を二つ取り出す。これらもまた、マスターからもらったものだ。使い方までは教えてくれなかったが、幸いにも今週の“勇者冒険学”で習った内容が、この手榴弾の使い方だった。偶然ではないだろう。あの三人、間違いなく仲間グルだ。

「カナメ。シュウチュウ、シュウチュウ」

 ネイサの声に、意識をこちらに戻す。深呼吸を三回繰り返し、手榴弾を握り直す。

 カチッ。カチッ。

 安全装置を解除し、レバーを外す。頭の中でカウントダウンを始めた。

 きれいさっぱり割れて無くなった窓から、倉庫の東西の門扉めがけて手榴弾を同時に投げ込んだ。

 ここにきてようやく数体のゴブリンがこちらに気づき、そのうち一体は僕と目があった。ぎょろりと大きく黒い瞳孔は、かき混ぜられた泥のように濁っている。

「ギュッ? グエァグエァッ!」

 胡坐をかいたり寝転んだりしてくつろいでいたゴブリンたちは、飛び跳ねるように起き上がり、手に手に無骨な棍棒を握りだす。枯れ枝のような細腕に、もりもりと筋肉が隆起していく。

 プシュー……。

 緊張感で満たされていく廃工場の倉庫に気の抜けた音が鳴った。それが戦闘開始の合図だ――!


 そこから一目散に駆け出した。身を翻した僕の髪を、ゴブリンの投石だろうか、何かが勢いよく掠めて行った。

 走りながら倉庫の中を覗き見ると、そこは既に真っ白な世界。あちらこちらの窓が苦しそうにと白煙を吐き出している。

 その中でゴブリンたちが「ギュエッ! ギュエッ!」と叫びながら、ゴチゴチと固いものをぶつける音が聞こえる。視界を奪われて、仲間同士ぶつかり合っているのだ。ここまでは順調。はやる気持ちを胸ごと押さえつけた。

 そうして、手榴弾――正確には発煙弾だ――を投げた反対側まで回り込んだ。この騒ぎの中で、ゴブリンたちは僕の居場所を完全に見失っただろう。

「倉庫」口元に寄せた名枕に、そっと囁く。夕日の中でより鮮やかな光が、刀身を削るように「ソウコ」の三文字を刻んだ。

 それを見届けると、思い切り倉庫の壁に名枕を突き立てた。切っ先もボロボロに崩れた名枕は、それでも豆腐に突っ込むように易々と突き刺さる。輝く刀身を中心にして、植物が根を伸ばすように光の網が広がって行く。

 トクンと、鼓動するように名枕が一度光を強める。それに呼応するように、張り巡らされた光の網が迸る。


 ピシッ――


 倉庫に亀裂が走り、崩れ落ちるのに十秒もかからなかった。崩壊する轟音にゴブリンの悲鳴はかき消され、ただそこに残ったのは、より凄惨さを増した廃墟だけだった。もうもうと砂埃と白煙が名残惜しそうに風に揺られ、掻き消えていく。


「仕事完了――疲れたぁっ!」

 ぶはぁっと大きく息を吐いて、塀にもたれかかった。

 息をするのも忘れていたのか、ぜいぜいと喘ぎながら酸素を胸いっぱい取り込む。心臓はいまさらその鼓動を荒くし、ドクッドクッと精いっぱい血液を循環させている。

「カナメ、グッジョブ。スムーズなシゴトだった」

 スマートフォンの画面に映るネイサは、涼しげな顔で僕の働きぶりを評価した。僕はこんなに命がけなのに、お前ときたら――少々ムッとしたが、ネイサに戦闘能力は無いので怒っても仕方がない。とりあえず、画面をペタペタと無意味にタップしてやった。指の向こうで、ネイサが顔をしかめた。

 袖で顔をぬぐい、先ほどまで「倉庫」だった瓦礫の山を見やる。カラカラと時折細かな破片が崩れるだけで、動く者は見当たらない。

 煙幕で出口を塞ぎ混乱させ、名枕で瓦礫の下敷きにする作戦は見事に成功したようだ。丸一日、ここを根城にしているゴブリンたちを監視した甲斐はあったというものだ。

 あとは、事の成り行きをマスターに報告すれば完了。差っ引かれたバイト代を補ってあまりあるだろう。

 緊張状態からの安堵で、まぶたが重くなるのをゆっくり受け入れていた。

 

 唐突に、ネイサが目を大きく見開いた。

「カナメ! ウシロ!」

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