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親愛なる勇者へ 親愛なる魔王へ  作者: 望月 幸
第二章【勇者は学び、働き、そして戦う】
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九話【叶銘の初仕事―潜入―】

「それで、面接の方はどうだったの?」

 晩御飯のから揚げをつまみながら、彩音が尋ねてきた。テレビでは、どこかの会社員が若者二人組に襲われたという物騒なニュースが流れている。

「お母さんのお土産、役に立ったでしょう? なんなら、もっとたくさん買ってくれば良かったかしら?」

 母さんは母さんで、味噌汁を吸いながら視線だけこちらに向けている。僕が勾玉のネックレスを着けているのに気が付いて、随分と上機嫌になってしまったようだ。

「良かったか、悪かったかって言われると……よくわかんない」

「えーっ、何よそれー?」

「仕方ないだろ。対して質問もされなかったから、どう判断されてるのかわかんないんだよ」

「ということは、叶銘の第一印象が随分良かったんじゃないかしら? やったわね!」

「それも無いと思うんだけどなぁ……」

 二人には悪いが、本当のことを言うなんてできなかった。だってそうだろう? 「『一週間以内にスライムを三匹倒してこい』って言われた」だなんて、口にできるはずもない。

 僕はご飯をかきこみながら、無言でテレビのニュースを見ていた。

 そこには、誰かがテレビ局に提供したであろう、スライムの動画が流れていた。暗がりに蠢くそれはただの透明なビニール袋に見えなくもないが、直に闘ったことのある僕には、一目でそれが本物だとわかった。魔王の登場以来、噂話程度に魔物の存在はささやかれてきたが、こうしてテレビに映ったのは昨日からだ。

 幸いにも、人が襲われたという情報は無いが――自分から手を出して怪我した人はいるらしい――人々の心中には徐々に不安が蓄積されていることだろう。

 ニュースを見て、母さんは「いやあね~。怖いわね~」と。彩音は「私も見てみたいなー」と、二人とも呑気な事を言っている。ここにいる僕は、そのスライムに殺されかけたというのに……。


「ご馳走様」早めにご飯を切り上げ、流しに茶碗や箸を片づける。

「あら、もういいの?」

「うん。ちょっとやりたいことがあるからさ」

「あっ、ひょっとして兄ちゃん……コレ?」

 そう言って小指を立てる彩音。現役女子高生の仕草としては、少々親父くさい。

「違うよ。ちょっと友達に電話するだけだ」

「ほんとにー? ちょっと顔赤くなってるんじゃないのぉ?」

「あらっ! 叶銘ったら、いつの間にそんな……」

「だーかーらー……違うんだってば!」

 好奇の視線を向ける女二人を尻目に、僕はさっさと部屋の中へ――

「言っとくけど、聞き耳立てるんじゃないぞ!」

 念のために釘を刺して、さっさと部屋の中へ逃げ込んだ。「女三人寄れば姦しい」と言うが、二人だけでも僕の手には負えないのだ。




『そ、それは大変でしたね……。でも可愛いご家族ですね』

 僕はさっそく美津姫に電話していた。

 小指を立てた彩音がどや顔で「ほれ、やっぱり!」と自慢げに胸を張る姿が目に浮かぶ。ただ誤解の無いように言っておくと、僕と美津姫はただの“先輩と後輩の関係”であり、それ以上でも以下でもない。まあ、「それ以上の関係」になれるのなら、それもやぶさかではないのだが。

 さて、僕がわざわざ美津姫に電話をかけるということは、つまりこの話題を出すということだ。

「ねえ、美津姫さん。スライムの出現場所とか知らないかな?」

 電話の向こうから、彼女がロボットよろしく目を光らせてスイッチが入る雰囲気が伝わる。

『ハイハイ、スライムちゃんの情報ですね旦那! このオカルト情報のデパート、美津姫お姉さんに何でも聞きなさい☆』

「……美津姫さん、どんどんキャラが激しくなってない?」

『――あっ、すいません! 最近いろんなモンスターちゃんが発見されているらしく、私の好奇心が爆発寸前なんです!』

 コホンと咳払いする声。“こちら側”の美津姫を期待して電話したとはいえ、毎度のことながら圧倒される。

 ことオカルトに関して積極的な美津姫ほど、モンスターの情報収集の相手として適切な人間を僕は知らない。マスターの期待に応えるためにも、まずは彼女から情報を仕入れるべきだろう。


『それで、スライムちゃんの居場所なんですけどね。先輩、みなと小学校の場所はわかりますか?』

「ああ、知ってるよ」僕の家から見て、大学とはほぼ正反対に位置する小学校だ。自転車で走れば、三十分以内には着くだろう。

「そこにスライムが出るのか?」

『目撃情報があるんです。深夜のことなんですが、その小学校のプールでスライムらしき謎の生物を見たと、二十歳くらいの女性が自慢していたそうです。しかも、ばっちり録画までしていたとのことです!』

「…………」深夜の小学校にビデオカメラ持参で侵入したことについては、触れるべきではないのだろうか? その女性も別の意味で怪しい存在だぞ。話の腰を折ってしまうため指摘はしないが。

「ありがとう。参考にしてみるよ」

『あ、ひょっとして先輩、スライムちゃんに会いに行くんですか? それなら私も――』


「いや、駄目だ! やめてくれ!」


 ハッと、電話の向こうで息をのむ音が聞こえる。知らず知らず、強い口調で美津姫に釘を刺してしまったようだ。

 幸いにも、報道されるモンスターによる被害はまだ軽微なものばかりだ。しかし、僕は奴らの危険性をおそらく誰よりも知っている。下手をすれば、命を落としかねない相手だ。まして興味本位で何をしでかすか分からない美津姫には、申し訳ないがモンスターに近づいてほしくないのだ。

 美津姫のことを、ただの「情報源」としてしか扱っていなかった自分に気が付き、心の中で頭を抱えた。「情報はくれ! でもお前は来るな!」って、いくら美津姫のためとはいえ、それはあまりにも身勝手だろうに。

「――大きい声出してごめん。でも、あまり危ないことしてほしくないからさ……」

『いえ……私も頭が冷えました。ありがとうございます、心配してくださって……』

「ああ、うん――」

 照れくささと申し訳なさとで、何と言葉を続ければいいのか分からなくなってしまった。こんな時、アキトだったら気の利いた言葉も言えるのだろうにと、女性慣れしていない自分に歯がゆくなる。

「……あ、そうだ! 今度は土産話だけじゃなくて、写真も撮ってきてあげるよ! だからさ、ほら、それで機嫌直して……」

『ふふ、おかしな先輩。別に私、怒ったり落ち込んだりしていませんよ? でも、いいお写真期待していますよ!』

「ああ、わかった。待っててくれ」

 なんだか後輩に良いように振り回されている自分に苦笑しつつ、そこで電話を切った。こんな会話も、たまには悪くない。




 みんなが寝静まった頃、僕は愛用のロードバイクを走らせて湊小学校に向かっていた。

 街全体までもが寝静まったように息をひそめ、その代わりと言わんばかりに、濃紺の夜空では煌めく星々が己の存在を主張していた。風を切る音に混じって、赤ちゃんの泣き声のような猫のしゃがれた声が耳に潜り込んでくる。

 冷え冷えとした空気の中を、定規で線を引くように僕はただまっすぐ走っていった。

 

 時計を見ると、家を出て二十五分ほどになる。

 僕の目の前には、件の湊小学校が鎮座している。ほとんど直方体のシンプルな校舎は、夜の帳の中で巨大な羊羹のようにも見える。

 目立たないところで自転車に鍵を掛け、持ってきたメッセンジャーバッグを背負い直す。「ちょっと失礼しますね」誰に対するわけでもなく、一応断りを入れて低い正門をよじ登った。

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