サポート
月曜日は正しくブルーマンデーだった。
週末を無駄に過ごしフラストレーションの権化となり出社する。
株式会社ナライ 商品開発部が俺の勤務先で何の会社かといえば総合スポーツ用品の会社で開発部なんていう部署で日々悪戦苦闘している。
開発部のドアを開けると腐れ縁とも言うべき同僚で同期の河津が満面の笑顔を向けてきた。
河津とは高校からの知り合いで大学は違ったがお互いに連絡を取り合い飲んでいた仲間の一人で半年前に結婚した新婚ホヤホヤだ。
「月曜の朝から冴えない顔だな」
「おはよう。挨拶が先だろうが先に行っておくが幸せそうなお前のお惚気は一切聞かないからな」
「で、何でそんなに冴えない顔をしているんだ?」
「トラブルに巻き込まれて休日を無駄に過ごしたからだ」
ひったくり犯に遭遇して取り押さえたことを河津に話すともしかしてこれかと朝刊を渡された。
そこには県内で続発していた連続ひったくり犯逮捕の見出しがありスクーターを使った二人組の文字がある。
恐らく抑止の意味を込めてわざと大きな記事にしてのだろう。
「表彰モノの快挙じゃないか」
「こんな事で表彰される訳がないだろ。人命救助したわけでもなくコソ泥を捕まえただけだぞ。それにこれから裁判が始まれば証人として出廷しなければいけないんだぞ」
「会社からしてみれば良い宣伝になるかもしれないじゃないか。ほら、松月課長が呼んでるぞ」
意味ありげな顔をして河津が早く行けと促している。
開発部のどんづきにあるデスクで紺色のスーツ姿の松月課長が手招きしているのが見え身なりを整えて歩き出した。
松月課長は俺の事を開発部にサルベージしてくれた恩人の様な人で開発部の部長ですら一目置いている人だ。
何故、課長に留まっているのかと聞いた事があるが現場が好きだからの一言だった。
「おはようございます。課長」
「ちょっと良いかな?」
「はい」
週末の件で警察から連絡があったのかなどと思い当る事を頭の中で検索してしまう。
そんな俺に構うことなく前を歩く課長が応接室に入り腰を重々しくおろしたので課長の前に座る。
「朝一番で申し訳ない」
「いえ、そんな事は無いですが……」
思わず浮かない顔をしている課長の表情が気になり言葉に詰まってしまう。
重々しい空気が嫌でこちらから切り出してみた。
「週末の事で警察から連絡でも?」
「警察? 吉野は何かトラブルにでも巻き込まれたのかね」
「いや、朝刊に載っていた連続ひったくり犯逮捕の記事で犯人を取り押さえ警察に連絡したのは僕なのですが」
「凄いじゃないか。直ぐに上に報告をしておくから。これは表彰もんだぞ」
松月課長がいそいそと内線で報告をしているようで、これからの話とは違うようで話が大きくなってしまいそうな予感がする。
しばらく内線でやり取りしていた課長が再び俺の前に腰を下ろした。
「実は吉野に折り入って頼みがあるんだが」
「松月課長、何なりと言っていただければ」
「吉野がそういうと思うからこそ頼み辛いんだよ」
恩人の様な松月課長の折り入っての頼み事なんて断る理由もなく、そんな俺だからこそ頼み辛い話とは何なんだろう。
「実はある体操選手のサポートに回って欲しんだが」
「サポートですか」
「スポーツに関して心得のある吉野に上部から指名があってね」
株式会社ナライは総合スポーツメーカーとして各種スポーツ選手のサポーターになっている。
そんな一選手のサポートに回るだけなのに何故か課長の表情は険しいままで何らかの理由があるのだろう。
「結論から言うとサポートに回る選手の肩を叩いてほしい」
「引退を促せと言う事ですか?」
「今すぐにとは会社側も言っていないが1年が猶予らしい。選手としての年齢もある事だし何より最近は成績も芳しくない。この意味が解るよな」
「はい」
俺自身もスポーツをしてきて引退した経験を持っている、だからこそ松月課長は俺に話し辛かったのだろう。
でも、ここは元スポーツ選手として言いたい事は言っておくべきだと思った。
「猶予が一年あるという事はそれまではサポーターとして活動していいという事ですね」
「そうだな。最後に大輪とはいかないまでも花を咲かせてやってくれるのなら吉野に一任するよ。精一杯のバックアップはするから」
「はい、判りました」
先ほどの曖昧な返事とは正反対の意思表示をすると今まで曇っていた課長の表情が一気に明るくなった。
課長から資料を受け取り、応接室を後にしてデスクに戻ると直ぐに河津が瞳を輝かせて喰いついてきた。
「何の話だった? 金一封か? 表彰状か?」
「仕事の話だよ。スポーツ選手のサポートに回って欲しいんだと」
「なんだよ、仕事の話かよ」
「そんなにゴシップがすきなら記者にでも転職しろよ」
後日、身から出た錆と言えばいいのかまんまと会社の宣伝材料にされ警察の方から感謝状を授与され。
それが大々的にニュースで流れ社内では一躍時の人になってしまい河津に囃し立てられたのは言うまでもない。
今日は社内での仕事ではなく、松月課長に言われたサポートする体操選手との顔合わせの為に都内の練習場に来ていた。
株式会社ナライはスポーツ用品の開発販売だけではなく色々な競技場や練習場にも多額の出資をしてスポーツを広めている。
練習場では沢山の選手が体操競技の練習をしていた。
そんな中でも動きに違和感を覚える一人の女子体操選手を見つけ注目する。
少しすると数人の視線を感じる。
恐らく株式会社ナライの入館証を首からぶら下げているからだろう。
床運動をしていた一人の選手がこちらに向かって歩いてきた。
その彼女は俺が違和感を覚えた選手で俺の顔を見た瞬間に顔が強張った。
「あ、あなたはあの時の。何か御用ですか? 警察にここを聞いてきたんですか?」
「警察ですか? 僕は株式会社ナライから…… あっ、あの時の」
最悪だと思わず口が滑りそうになり口を噤んだ。
髪をお団子に纏めていたので分らなかったがひったくり犯を取り押さえたのに食って掛かってきた被害者の彼女に間違いない。
神様の悪戯と言うより閻魔様の悪戯だろうか、今度は頭を抱えたくなってきた。
「新しいサポートの人が貴方だったなんて。仕方が無いわね」
「まぁ、一年間と言う期限付きなので我慢してください。吉野颯哉と言います。宜しく」
頭を下げたのに彼女は不機嫌そうに腕を組んだままだった。
「私は桐谷ユリア。資料はもう読んだんでしょ」
「ええ、成績が伸び悩み停滞中」
「そうよ、どうせ貴方も私に引退の勧告をしたんでしょ」
彼女は体操選手としては大柄の方で150を超えている。
そして年齢も女子体操選手は16歳から20代前半の選手が多い中では後ろから数えた方が早い立ち位置だ。
会社といては課長の言う通り少し花を持たせて引退してもらい次世代の選手に投資したいのが本音だろう。
そんな事を見透かしての彼女の態度なのだろうと思うが、出会いが別だったら違ったのかもしれない。
そんな事を考えても彼女の態度には閉口する。
「サポートをするか肩を叩くかは君次第だと思うけど」
「貴方なんかに何が解るの? どうせ普段は営業マンかなんかなんでしょ。そんな貴方に体操の何が解るのよ」
「さっきから聞いていれば『あなた、あなた』って俺には吉野颯哉と言う名前があるのだけど。桐谷ユリアさん。確かに俺は商品開発部の人間だがスポーツに関してはシロートじゃない。サポートとして進言するが次の大会は辞退して右足首の治療に専念するんだな」
俺の言葉に桐谷が口をきつく噤んだ。
核心を突かれたのか、俺の言葉に目の前の桐谷ユリアが口をきつく噤んだという事はそう言う事だろう。
練習にキレが無かったのは足首を痛めているのが恐らく原因で。
彼女の性格からコーチ陣も何も言えなかったか色々な事を考慮して何も言わなかったか。
恐らく後者で俺の出現に胸をなでおろしているかもしれない。
「辞退なんて出来る訳がないでしょ。私の体操人生が掛かっているのよ」
「それじゃ、勝手にしろ。次の大会で本格的に足首を痛めたら確実に引退勧告するからな」
売り言葉に腹を立て練習場内で言い合いになってしまった。
これではサポーター失格で、数日で引退勧告なんて事になれば俺に任せると言ってくれた松月課長に申し訳ない。
しかし、彼女があんな態度では一筋縄ではいかないだろう。




