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ひったくり

サラリーマンのオアシスというべき居酒屋。

地鶏が美味しくミニスカ浴衣の店員さんが料理を運んできてくれて、かなりの人気店らしく来店するたびに賑わいを見せていた。

週末なので尚更なのだろう席が開けば直ぐにバッシングされ新規のお客が案内されていて、腕時計を見るともう直ぐ日が変わろうとしている。

「悪いけどそろそろ」

「お前は相変わらずだな。早く引っ越せよ、片田舎から」

「片田舎ほど田舎じゃないよ。ただ少しだけ終電が早いだけで自然が多くて住みやすいんだぞ」

「自然が多いところを田舎と言うんだよ」

笑顔で見送られ足りるであろうと思える程のお金を同僚に渡して賑やかな居酒屋を後にした。


会社の最寄り駅から乗り換えが1回で自宅の最寄り駅につくのだが、その電車の終電が早く便が悪い。

新しいアパートなりマンションなりに引っ越せば良いのだがそれをしない理由がある。

それはアウトドアを楽しむという自分の趣味の為で、その為に働いているようなものだからだ。


駅の自転車置き場から愛車を引っ張り出し、それなりに栄えている駅前を抜けしばらく走ると遠くにコンビニの明かりが見えてくる。

いつもの様にコンビニの脇の道にクロスバイクを滑り込ませると二人乗りをしたスクーターが止まっていて、スクーターの脇をすり抜けると若そうな男が2人フルフェイスのヘルメットをかぶっていた。

この近辺では時々若い奴らがバイクやスクーターで走り回っているので特に気を留めずにペダルを踏み込む。

夜だと言うのに蝉の鳴き声が聞こえ前を歩いている女性の横を通り少し走ると田んぼからカエルの合唱が聞こえてきた。

蒸し暑いので雨が降るのかもしれないなどと考えていると背後から悲鳴が聞こえスクーターのエンジン音が接近してくるのを感じる。

「捕まえて! ドロボー!」

自転車を止めて振り返ると無灯火のスクーターが突っ込んできた。

フルフェイスのヘルメットをかぶっていて顔は分らない。

恐らくひったくりなのだろう……厄介なことに巻き込まれてしまったようだ。

しかしこの場で何とかしないとクロスバイクでは太刀打ちできずに逃げられてしまうだろう。

田んぼと俺の間をすり抜け逃走しようとするスクーターのハンドルに足をヒットさせた。

バランスを崩したスクーターが縁石の方に傾いてガードレールに突進していく。

男達が頭から田んぼに突っ込んで、スクーターが男二人の体にのしかかり後輪が空回りし、スクーターがマフラーから白い白煙を上げている。

そこへ若い女性が走り寄ってきた。

「ええ、私のバックは? もしかして田んぼの中なの? どうしてくれるのよ!」

「俺にそんな事を言われても困る。持ち去られるよりマシだろ」

言われたとおりに窃盗犯を捕まえたのに苦々しい顔をして女性が俺の顔を睨みつけている。

これ以上の無用のトラブルを避ける為に警察に一報を入れると男達も観念したのか動きを見せず田んぼの中で項垂れていた。


少しすると赤色回転灯を付けたパンダカラーの警察車両がやってきて夏服の警官が下りてきた。

「通報されたのはあなたですか?」

「はい、彼女がひったくりに遭ったらしく振り返るとバイクが向かってきて」

一人の警官が自分に話を聞いてきてもう一人の警官が懐中電灯の様な物で田んぼの中を照らしている。

そして直ぐに無線機でどこかに連絡していた、すると数台の覆面パトカーが集まり田んぼの脇が騒然としてきた。

「それでは詳しく事情を聴きたいので署までご足労願いませんか」

「分りました。出来るだけ協力いたします」

なんでもこの辺りでひったくりが多発していて警戒に当たっていたらしい。仕方なくコンビニに事情を話してクロスバイクを預かってもらい警察に向かう。

連れて来られたのは取調室で刑事ドラマに出てくるものと大差なかった。

違うところと言えば壁がグレーではなく明るいオフホワイトだったことだけで、机があり対面に刑事が座りもう一人の刑事が調書を書いている。

「まずは名前と住所から」

「吉野颯哉(よしのそうや) 25歳 桜区398 メゾン風早202」

「それでは詳しい説明を」

「はい」

調書を作成し終わる頃には日が変わり2時間ほど経っていた。

今後、呼び出される事がある事を了承させられやっと解放されアパートに帰り寝るころには明け方だった。


翌日の午前中には警察から連絡があり実況見分の様なことをさせられる。

昨夜話した事と同じような事を言わされ被害者の声が聞こえ振り返った場所を指さしながらカメラで写真を撮られた。

事実を知らなければ犯人だと思われかねない状況で早くこの場から立ち去りたい気分だ。

この上に裁判が始まれば出廷しなければならないのだから無用のトラブルに巻き込まれた感は否めない。

予定を入れってあった日曜日も出かける気になれずアパートで掃除や洗濯など他愛のない事をしているとチャイムが鳴った。

「どちら様ですか?」

「私、染井と言うものですけど金曜日の件で」

知らない男の声で金曜日の件と言われため息が漏れる。

渋々、ドアを開けるとラフだけどかっちりしている服装の男の後ろにひったくりに遭った彼女が立っていた。

「この度は本当に有難うございました」

「僕は特に何をした訳でもなくバイクを田んぼに落としただけですから」

「こいつの所為で不愉快な思いをされたと思います。本当に申し訳ございませんでした」

裁判になれば顔を合わすかもしれないがそれまでだと思い気にしないでくれと告げると菓子折りを置いて頭を下げて帰って行った。

生真面目と言うか自分と違いエリートぽい感じを受け再びため息をつきドアを閉める。

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