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18/21

第18話 保証人制度で儲けているのは誰ですか

 セシリアから受け取った情報をもとに、レーヴェルト大使館がディーン交易商会と王都商業連合の記録を調べ始めた翌朝、エレナは会議室の机いっぱいに広げられた帳簿を見て、思わず眉を寄せた。


「多いですね」


「君が調べろと言った」


 向かいに座るルシアンが、当然のように答える。


「全部持ってこいとは申し上げておりません」


「どれが必要か分からなかったからな」


「それで十年分?」


「念のためだ」


「殿下は時々、私より仕事の増やし方が雑ですね」


「褒め言葉か?」


「いいえ」


 横でティアナが笑いを堪えている。


 机の上にあるのは、王都商業連合への加盟記録、外国商人の保証人業務を扱う商会の一覧、ヴァルツ公国側の商業組合に関する公開資料、それから五か国をまたぐ取引で保証人制度を使った商人たちの申請記録だった。


 昨日名前が浮かんだディーン交易商会は、王都では中堅どころに分類される。


 自前の大型船を持つほどではない。


 だが、外国商人と国内商人の仲介を多く手がけ、特にヴァルツ公国から来る商人の取引保証を得意としていた。


「この商会、ヴァルツ商業組合の正式加盟ではありませんね」


 エレナが名簿を確認する。


「準加盟だ」


 ヨハンが答えた。


「正確には、ヴァルツ側の加盟商会と業務提携している。国内での窓口を代行している形だ」


「保証人を直接引き受けるのではなく、保証人を紹介する?」


「それだけではありません」


 クララが別の契約書を開いた。


「申請書作成、身元照会、取引先審査、保証人との契約仲介。すべて一括で請け負っています」


「手数料は?」


 ゲオルグが数字を読み上げた。


 エレナは黙った。


「……高いですね」


「高い」


 ルシアンも同意する。


「ただし違法ではない」


 クララが釘を刺した。


「現行制度では、外国商人が自力で国内保証人を見つけることを禁止していません。しかし実際には言葉や信用調査の問題がありますから、この種の仲介業者を使う者が多いのです」


「必要だから商売になる」


 エレナは頷いた。


「なら、手数料を取ること自体を悪いとは言えませんね」


「ええ」


「問題は、制度が簡単になればこの仕事の一部が不要になることです」


「その通りです」


 ヨハンが別の収支資料を差し出した。


「ディーン交易商会の昨年収益のうち、およそ四割が外国商人の資格申請と保証人仲介に関係しています」


「四割」


 かなり大きい。


 共通商人資格が導入され、保証人制度が共通保証へ置き換われば、その収入は大きく減るだろう。


「動機としては十分ですね」


 メリアが言った。


「でも、まだ噂を流した証拠ではありません」


 エレナはすぐに返した。


「はいはい、分かっています」


「その返事、少し雑では?」


「昨日から何度も聞いたので」


 メリアが笑った。


「あなたが怪しい相手をすぐ犯人にしないのは、もう皆分かっていますよ」


「なら結構です」


 エレナは帳簿へ戻った。


 利益がある。


 改革で損をする。


 だから妨害した。


 話としては綺麗すぎる。


 綺麗すぎる話ほど、エレナは警戒するようになっていた。


「もう一つ気になることがあります」


「何だ?」


 ルシアンが尋ねる。


「そもそも、保証人制度は本当に悪い制度なのでしょうか」


 ゲオルグが顔を上げた。


「今さら?」


「昨日までは、既得権化している部分ばかり見ていました。でも制度そのものが作られた理由は、十五年前の詐欺事件だったのでしょう」


「そうです」


 ティアナが記録を探す。


「外国商人の一団が複数の国内商会から前金を受け取り、商品を納めないまま国外へ逃亡。被害商人は二百十三名。破産した商会が二十七」


「かなり大きな事件ね」


「それ以前は、外国商人が比較的自由に取引できたそうです」


「だから保証人を義務づけた」


 エレナは少し考えた。


「当時の被害商人からすれば、制度は救いだったでしょうね」


「でしょう」


 ゲオルグが答える。


「保証人がいれば、外国商人が逃げても国内で損害を請求できる」


「それなら、単純に廃止すればいいという話ではありません」


 ルシアンがエレナを見る。


「最初から廃止案ではなかっただろう」


「ええ。でも私、少し心の中では『面倒な古い制度』と見ていました」


「認めるのだな」


「間違っていれば直します」


「知っている」


 ルシアンの返事には、少し笑いが混じっていた。


 エレナは聞かなかったことにした。


     ◇


 午前の後半、ゲオルグがヴァルツ公国側の古い制度資料から、興味深い記録を見つけた。


「保証人制度、最初は民間組合の独占ではありません」


「どういうこと?」


 エレナが近寄る。


「導入から最初の五年間は、政府認定の保証業者なら複数の組合や商会が登録できたようです」


「今は?」


「ヴァルツ中央商業組合の認定が事実上必須です」


「いつ変わったの?」


「十年前」


 ちょうど制度が定着し始めたころだ。


「理由は?」


「不正保証人が増えたため、審査を一本化するとあります」


「それ自体は理解できるわね」


 エレナは記録を読む。


 実際、制度導入後に偽保証人や資力のない保証人を使う業者が現れ、被害が発生している。


 政府はそれを防ぐため、中央商業組合へ審査を集約した。


 最初は合理的だった。


 だが、そこから十年。


「審査料」


 ゲオルグが呟く。


「何?」


「中央商業組合は、保証人資格の認定にも手数料を取っています」


「外国商人だけではなく?」


「保証人になる国内業者からも」


 エレナは資料を取り上げた。


 外国商人は仲介料を払う。


 保証人は資格認定料を払う。


 取引成立後には一定率の保証料も発生する。


「ずいぶん多段ですね」


「制度を守る費用だと言われれば、それまでだ」


 ルシアンが言う。


「でも、誰が金を受け取るかは重要です」


 エレナは各手数料の流れを紙に書き出した。


 外国商人。


 仲介商会。


 保証人。


 中央商業組合。


 行政。


 それぞれへ矢印を引く。


「こうして見ると、保証人制度を残したい人間は一人ではありませんね」


 ヨハンが言った。


「そうね」


 最初に考えていたより厄介だった。


 大商会だけの利権なら、その大商会と交渉すればいい。


 しかし今の制度は、複数の仕事と収入を生み出している。


 突然消せば、単純に不正利益がなくなるだけではない。


 正式に働いている書記。


 審査員。


 信用調査をする業者。


 外国語の契約を確認する代書人。


 そういう人々の仕事まで消える。


「悪人を一人見つけて終わる話ではありませんね」


 ティアナが言った。


「そのほうが現実的でしょう」


 エレナは椅子へ戻った。


「制度が長く続くと、その周りで生活する人が増えます。最初は必要だった仕組みでも、途中から『なくなると困るから必要』という理由が加わる」


「だから改革が進まない」


「ええ」


 ルシアンが地図を指先で軽く叩いた。


「なら、廃止ではなく置き換えだな」


「そう思います」


 エレナは新しい紙を取り出した。


「保証人そのものを人間から制度へ変える」


「どういう意味だ?」


「外国商人が特定の商会を保証人にするのではなく、一定額を共同管理機関へ預ける形です」


 ゲオルグがすぐ反応した。


「保証金制度?」


「はい。ただし一律額にはしません」


「そこは以前の議論ですね」


「取引規模、取扱品目、過去の実績に応じて段階を作る」


「でも小規模商人には資金拘束が重い」


「だから現金だけでなく、国内銀行の信用状や、認定保険を代替として使えるようにする」


 ゲオルグが黙り、計算を始める。


「逃亡した場合の補償先は?」


「共同基金から一旦支払い、その後本人へ請求」


「基金の運営はどこが?」


 メリアが尋ねる。


「五か国共同機関が理想ですが、最初から作るのは難しいでしょうね」


「なら各国別?」


「最初は各国で管理し、会計基準と監査方式だけ共通化する」


「保証人組合は?」


「移行期間を設けます」


 エレナは少し考えてから続けた。


「例えば二年間。既存保証人制度を使ってもよいし、新制度を選んでもよい。新制度の事故率や未回収額を公開し、安全性が確認できれば段階的に旧制度の比率を下げる」


「組合側が新制度へ参加する道も残すべきでは?」


 ヨハンが言う。


 エレナは顔を上げた。


「どういう形で?」


「彼らには信用調査の経験があります。保証人としてではなく、審査業務を請け負わせる」


「なるほど」


 追い出すのではなく、役割を変える。


 既存の能力を使えるなら、そのほうが抵抗は少ない。


「それがいいと思います」


 エレナはすぐ書き加えた。


「ただし独占はさせない」


「複数業者による認定制?」


「ええ。審査基準を公開し、一定条件を満たした組織なら参入できる」


「それなら現在の中央商業組合も、条件を満たせば残れる」


「仕事は残る。でも独占は残さない」


 ルシアンが言った。


「君らしい案だ」


「また全員を少しずつ不満にする、と?」


「今回は全員に逃げ道を残す、のほうだな」


「それなら褒め言葉として受け取ります」


     ◇


 昼食前、クララが一通の調査報告を持って会議室へ戻ってきた。


「ディーン交易商会について、追加で分かりました」


「何が?」


「昨日セシリア様から名前が出たマルセル・ディーンですが、ヴァルツ中央商業組合の理事の一人と姻戚関係があります」


 エレナは表情を変えた。


「どの程度近い?」


「妻の兄が理事です」


「近いですね」


「はい」


 さらにクララは一枚の商業記録を置いた。


「ディーン交易商会は、今月に入ってから外国商人向け保証契約の新規受付を急に増やしています」


「どのくらい?」


「前月比で約三割」


「制度変更を警戒して、今のうちに顧客を囲い込んでいる?」


 ヨハンが言う。


「可能性はあります」


「それだけでは証拠にならない」


 エレナはまた同じ言葉を使った。


「ただし、動きとしては記録しておきましょう」


「もう一つ」


 クララの声が少し低くなる。


「例の匿名刷り物が配られる二日前、ディーン交易商会が王都の印刷工房へ大量発注をしています」


 部屋が静かになった。


「内容は?」


「商会側の申告では、外国商人向けの手続案内」


「現物は?」


「まだ入手できていません」


「印刷工房は?」


「守秘契約を理由に詳細を話していません。ただし発注量は、通常の手続案内としてはかなり多い」


 今までで最も具体的な線だった。


 それでも、まだ決めつけるには足りない。


「正式な手続きを踏んで確認しましょう」


 エレナが言う。


「印刷工房へ無理に圧力をかけないでください。注文書と紙の種類、印刷版の保管記録が残っているかを、商務上の照会として確認する」


「分かりました」


 ルシアンがエレナを見る。


「随分慎重だな」


「嫌ですか?」


「いや。むしろ今は安心している」


「何がです?」


「私なら昨日の時点で一度呼び出していたかもしれない」


「殿下」


「分かっている。だから君を雇った」


「便利に使わないでください」


「高い給料を払っている」


「それを言えば何でも許されると思わないでください」


 会議室の空気が少し和らいだ。


     ◇


 午後、エレナたちは保証人制度の新しい試案をまとめ直した。


 旧制度を一気に廃止しない。


 共通資格制度導入後も二年間は併存。


 外国商人は、既存保証人、新しい共同保証制度、認定保険のいずれかを選択できる。


 保証額は取引規模と危険度に応じた段階制。


 審査機関は複数認定し、独占を避ける。


 手数料と審査基準は公開。


 さらに、制度開始から一年ごとに事故率や未回収額を公表し、五か国で見直す。


「かなり変わりましたね」


 ティアナが最初の試案と見比べる。


「最初は保証人制度をどう減らすか、という発想でしたから」


 エレナは言った。


「今は、安全性を維持したまま選択肢を増やす方向です」


「ヴァルツ側も完全拒否はしにくくなるかもしれません」


 ヨハンが言う。


「既存組合も審査機関として残れるなら、失うものばかりではない」


「でも手数料は下がるでしょうね」


 ゲオルグが計算表を見る。


「競争相手が増えれば」


「そこは仕方ありません」


「反発はある」


「あるでしょう」


「噂も増えるかもしれない」


「それもあるでしょうね」


 エレナは少し苦笑した。


「随分平気そうだな」


 ルシアンに言われる。


「平気ではありません」


「そう見える」


「新聞に祖国を売った女と書かれて楽しい人はいませんよ」


「なら、なぜそんな顔をしている?」


「今までより理由が分かるからです」


 エレナは完成した試案へ目を落とした。


「以前は、なぜ嫌われているのか分からないこともありました。自分がしていないことで悪く言われても、役目だから黙るしかなかった」


 ルシアンは何も言わず聞いている。


「でも今回、もし制度改革を嫌う人が私を攻撃しているのなら、少なくとも理由はあります」


「それで楽になる?」


「少しだけ」


 自分でも妙な感覚だと思う。


「能力や人格を嫌われるより、『利益を失いたくないから邪魔だ』と思われるほうが、仕事としては分かりやすいでしょう」


「君は本当に仕事へ変換すると強いな」


「褒められている気がしません」


「半分は褒めている」


「残り半分は?」


「心配だ」


 その言葉だけ、軽くなかった。


 エレナは一瞬返事を忘れた。


「何をです?」


「君が、傷つくことまで分析して終わらせるところだ」


 図星だった。


 エレナは資料へ目を落とす。


「……今日はよく人の内側へ入ってきますね」


「昨日、知人から少し進んだと思っている」


 エレナは思わず顔を上げた。


「何に?」


「仕事仲間に」


「それは以前からでは?」


「なら、仕事仲間兼知人だ」


「増えただけではありませんか」


「悪いか?」


「いいえ」


 答えたあと、自分で少しだけ困った。


 ルシアンはそれ以上踏み込まなかった。


 その距離の取り方が、今はありがたい。


     ◇


 夕方近く、クララのもとへ印刷工房から返答が届いた。


 正式な司法調査ではないため、顧客情報そのものは開示しない。


 ただし、公的機関から「匿名刷り物の印刷に使われた可能性のある紙と版式」について照会があったため、技術的な回答だけはできるという。


 匿名刷り物に使われた紙は、王都ではそれほど珍しくない。


 しかし、文字組みに特徴があった。


「この飾り線」


 クララが紙の端を指す。


「同じ型を使っている工房は、王都では二つしかありません」


「そのうち一つが、ディーン交易商会の発注先?」


「はい」


「もう一つは?」


「一般向けの宗教書や暦を多く刷る工房です。今回、商業関係の大量発注記録はない」


 線がさらに濃くなった。


「ディーン商会が発注したものと匿名刷り物が同じ工房で作られた可能性は高い」


 ヨハンが言う。


「はい。ただし、同じ工房を別の客が使った可能性は残ります」


 エレナは頷いた。


「そこまで来たなら、次は正式に確認できますね」


「商務局へ協力を求める?」


「ええ。商会の帳簿を奪うのではなく、発注内容の確認だけ。必要なら令状相当の手続きも」


 ルシアンが少し笑った。


「慎重だな」


「殿下ならもう踏み込んでいるでしょう」


「たぶんな」


「だから私が必要なのですね」


 自分から言ってから、エレナは少しだけ驚いた。


 以前なら、「必要」と言われることに過剰な意味を持たせていた。


 今は、仕事上必要であることを、そのまま仕事の評価として受け取れる。


 それだけだった。


「そうだ」


 ルシアンも簡単に答えた。


「だから高い給料を払っている」


「結局そこへ戻るのですか」


「大事なことだろう」


「それは否定しません」


 二人の間に小さな笑いが生まれる。


 そのときティアナが、新しくまとめた保証制度案を抱えてやってきた。


「公爵令嬢、表題はどうしましょう」


「まだ決めていなかったわね」


「『外国商人共通保証制度移行案』では堅すぎますか?」


「正式文書ならそれでいいと思います」


「では副題は?」


「副題まで必要?」


「各国代表へ説明するとき、短い呼び方があったほうが便利です」


 エレナは少し考えた。


「では……『選べる保証制度』」


 ティアナが目を瞬く。


「随分やさしい名前ですね」


「中身が難しいので、名前くらいは」


 ゲオルグが横から言う。


「商人はその名前だけで、自分に都合のいい制度を選べると誤解しますよ」


「では却下」


「早いですね」


「間違った名前を守る意味はありません」


「本当に愛着がない」


「あります。だから直すのです」


 また笑いが起きる。


 その日の会議は、珍しく穏やかに終わった。


 けれどエレナは、最後にもう一度ディーン交易商会の資料を見た。


 まだ犯人ではない。


 ただし、無関係とも言いにくくなってきた。


 そして今回の調査で、一つだけ確かなことがある。


 保証人制度で儲けているのは、一人の悪徳商人ではなかった。


 制度そのものの周りに、多くの生活と利益が絡みついている。


 だから改革するなら、誰かを潰して終わりにしてはいけない。


 古い仕組みが守っていたものまで見つけ、その役割を新しい仕組みへ移さなければならない。


 悪人を倒すより、ずっと面倒だ。


 でも、たぶんそのほうが壊れにくい。


 エレナは新しい制度案を鞄へ入れず、ティアナへ返した。


「明日の朝、もう一度皆で見ましょう」


「お持ち帰りにならないのですか?」


「今日は持ち帰りません」


 ティアナが感心した顔をした。


「かなり進歩しましたね」


「それ、皆で言うのやめません?」


「でも事実です」


「最近、この大使館までミナに似てきた気がするわ」


 少し離れたところにいたルシアンが笑う。


「君の周囲が正常になっているだけだろう」


「殿下まで」


 文句を言いながらも、エレナは鞄を閉じた。


 仕事は明日もある。


 だから、今日すべて終わらせなくていい。


 そして制度も同じだ。


 今日できた案が完璧でなくても、明日また直せばいい。


 王宮で十年間背負ってきた「失敗してはいけない」という癖を、エレナは少しずつ手放し始めていた。


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