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食器を片づけるためにヘレンは部屋を出ていった。外はどんどん暗くなっていく。それでしばらくすると、小さな灯りを持ってヘレンがまた戻ってきてくれた。
「ハンク、今夜はずっとそばにいることにするから」
「え? いっしょに寝るの?」
「だってまた悪夢にうなされて、ハンクが自分のことを傷つけるようなことあって欲しくないもの」
まあ、そういうことなら、べつに構わないかな。ヘレンが止めてくれなければもっとひどい怪我になっていたかもしれないし。
でもそれでも、あるわけないと思うけど、あの悪夢が現実みたいになってヘレンを傷つけるようなことにかもしれない……なんていうような不安も感じる。
「どうかしたの?」
「ううん。なんだか、いろいろと不安な気持ちが浮かんでくるような気がして」
ヘレンは寄り添ってきて、ぼくの手をとった。
「大丈夫、わたしがずっとそばにいる。それにそんなケガになって、疲れていて、きっとそのせいよ」
「そういうものかな」
「それよりもケガのようすは大丈夫? 痛まない?」
「うん……まあ、少し痛いけど、たぶん大丈夫だよ」
「なにかあれば、またすぐに言ってね。そのときは手当てしてあげるから」
「ありがとう」
「きょうは早めに、ゆっくりと休むことにしましょう」
「そうだね」
そうして、また屋敷での一日が終わる。
***
闇に包まれている寝室、ベッドの上。ぼくとヘレンは肌がふれあうような近さで横になっている。こうしていると、気分が落ち着くような気がした。
でもいっぽうで、そうしている自分がとても弱い存在になったようにも思えた。
ヘレンことは守りたい。どんなことがあっても絶対に守る。でも、でもそれでも、ヘレンにぼくのことを守ってもらいたい……そんなふうなことも、少しだけ思ってしまう。
“男なら強くあらねばならい”
それは人間でも獣人でも、たぶん魔族でも……きっと、どこの世界でも同じだ。
だから、このことを悟られたくないようにも思う。
とにかく、休もう。ゆっくり眠るんだ。
暗がりのなか、寝ようとして目をつむる。するとなんでか、あの地下の空間を歩いていたときのことを思いだす。それも鮮明に目のまえに出てくるような感じ。
それから、なんだかそのまま地下に連れていかれるような、そしてそのまま二度と出られないような、そんな感覚になった。そんなことあり得ないのに!
目をあけて、ゆっくりと息をして、落ち着こうとするけど耐えられない。
思わず身体を起こす。
「ハンク? どうかしたの?」
横で寝ているヘレンを起こしてしまった。
「あ、うん、ごめん。ちょっと落ち着かない感じがしただけ」
「眠れないの?」
「べつに、そういうわけじゃないけど……」
ぼくはまた横になって、少しだけヘレンのほうに身を寄せた。
「ハンク? ほんとうに大丈夫? もしかして具合でも悪い?」
「わからない。ただ怖い、ような感じがして……目を閉じると、あの暗闇が広がるだけの地下空間に、ひとりで閉じ込められているような感じがして、なんだか落ち着かなくなる。それだけだよ」
ヘレンの手がぼくの胸元に触れる。
「ハンク、あなたはちゃんと戻ってきた。それにこうしてベッドで寝ている。地下に閉じ込めれてなんかいないわ」
「それは分かっているよ」
ヘレンの手をそっと握りかえす。
「でも、なんていうか」
なんて言いえばいいのか、うまく言葉にできない。
「ハンク、地下の探索でなにがあったの?」
「ううん。話したことがぜんぶだよ。なにか危険に思うようなこともなかった」
「ほんとうに?」
「うん」
なぜかわからないけど、ヘレンに気持ちを伝えなければいけないような気がした。悟られるようなことになる前に、正直に言うべきな気がした。
「ヘレン、ぼくは……君のことが好き。好きだよ」
「え? 突然どうしたの?」
「だから、ヘレンのことは、なにがあっても絶対に守りたいんだ。でも、今の自分は、なんだか弱くなったみたいな気がする。なんていうのか、自信がもてなくなったというか、そんな感じがするんだ」
「言いたいことはわかるような気がするけど、考えすぎているようにも思うわ」
「うん……まあ、なんだかいろんなことが、頭のなかに浮かんできて、落ちつかない」
「むずかしく考えなくても。それにハンクが弱い人なんて思わない。それに、何かあれば支え合えばいいだけだと思うわ。わたしがつらいときには、ハンクが頑張る。でもハンクがつらい思いをしているときには、わたしが頑張ればいいだけのことよ」
「でも、ぼくと君と、ふたりともつらくなったとき、どうすればいい?」
「そんなこと……そうなったときには、そのときに考えればいいわ」
「そうかな……」
「それにわたしだって、ハンクのこと好きよ。わたしのことを思ってくれているのに嫌いになんかならい」
ヘレンがぼくのことを抱きしめてきた。それで、なにか呟いた。小声だったから聞き取れない。
「また、なにかのおまじない?」
「そうね、これでぐっすり眠れるといいんだけど」
「ありがとう」
思いきって心のうちを言葉にしたからなのか、それともヘレンのおまじないのおかけなのか、それとも両方だからなのか、気持ちがすっと楽になった感じがした。
***
目が覚めた。
あのあと、自分でも気がつかないうちに、ぐっすりと眠れていたみたいだ。
まだ日が昇っていないみたいだけど、ちょっと明るくなりはじめている。
ヘレンはまだ寝ている。起こしてしまわないように、ぼくはそっとベッドから出た。
それから部屋を出て、下へ向かう。とりあえず庭に向かう。それでも外の空気が吸いたかった。
庭の、壁に囲まれた空は、少しづつ明るくなっている。朝の少しひんやりとして、澄んでいる空気に触れると、気持ちが楽になるような感じがする。でも今日がはじまって、なにをすればいいんだろう?
まだ見落としているかもしれない場所を調べる? それとも、ほんとうにここで過ごすことを考えて、身のまわりのことを整える?
壁にもたれて地面に座って、ぼんやりと庭を眺める。
すこしづつ、空が明るくなっていく……
出口なんて見つからないのかもしれない。
そうなれば、ここで暮らしていくことになる。
「つまりは、この屋敷の今の主は、やっぱりぼくというわけだ」
ああ、口に出して言葉にしてみると、なんだか変な気分。
そうだ、そんなことよりも朝食の用意でもしよう。




