XXI
朝飯の準備をすると言ったものの、まあ材料は肉しかない。多少は庭に生えてる植物もあるってもんだが。
ひとまず向かうは厨房だ。例の戸棚から薪を取り出し、かまどに火を入れてやる。あったまるまでのその間に、今度は地下室に向かう。肉だ、肉の用意だ……人間のな。
小さい灯りを手に、暗い地下へ向かう。
ん? 作業台の上、ソルバッティの死体……頭が無い。無くなってる。頭部が消えてるぞ。
「おい、マジかよ」
近づいて見れば、胸から腹にかけて縦に一直線に切られ、内臓まできれいに無くなってる。誰がやった?
「うーむ」
俺は思わず闇が広がる部屋の奥に視線を向けた。何かが見える訳でもなく、気配を感じる訳でもない。だが……
「やはり、魔物か何かが潜んでるってか?」
まさか夜中にクリスティが起きて、やったわけじゃあるまい。
まあいい。とりあえず細かいところを見てみる。
クリスティが以前に言ってたように、肉が腐るようなことはないってことか? 死体ってのは、放っておくと肌が青白く、それから黒ずんでいく。ほんでもって腹を中心に身体が膨れる。そこまでくりゃ臭いも酷いってもんだ。腐るってのは、要はそういうことだ。
だがこの死体は内まできれいにされちまって、今のところその気配はない。
なんとなく思えば、ここは空気がひんやりと乾燥してるような気がする。あるいはただ気のせいか。
にしても切り取られた首の断面なんかは、異常なほど綺麗だ。死体とっても、曲がりなりにも人の首だ。そもそもどうやって切ったんだ?
それで棚に収まってる肉切り包丁だとかの刃物を手に取ってみる。流石に鈍らな刃だとは言わん。
腕くらいなら、なんとか切り落とせそうなもんだ。だがこれで首を、しかもあれほど綺麗には、少なくとも俺には無理だな。
まあそもそも魔物かなんかなら、いくらでも方法はあるだろう。ご丁寧に刃物を使ってるとは思えん。考察するだけ時間の無駄かもな。
んで、この死体のどこを切る? ん? なんだ? 手にした肉切り包丁が震えてる……じゃない、俺の手が震えてんだ。
無意識に、俺は何か恐れてでもいるってか? なんだって? 分からん。そもそも死体を見るのは初めてでもないぞ。殺しだってそうだ。気分が悪くなったわけでもない。だが、だが、妙に現実感がないような、そんな気がしないでもない。
一度、包丁を手放す。すると手の震えはすぐに止まった。どうにも俺は、肉屋には向いてないらしい。
「けっ、馬鹿馬鹿しいな」
目の前の死体を見つめる。いや、頭も中身も無くなってんじゃ、死体どころかただの“物”だ。
ソルバッティの死に様の光景が、ふと頭の中に浮かぶ。こうしてみると信じ難いもんだ。あの瞬間までは生きてたってのに。クリスティの不意打ちの一撃を食らい、俺が留めを刺した。そしてここへ運び、いつの間にか切り刻まれてるってわけだ。短いあいだに人間がこうにも変わっちまうとは、なんとも奇妙なもんだ。なにか、あるいは何かが違えば、俺がこうなっていたかも分からん訳だ。まったく、ほんとに摩訶不思議な屋敷だな、ここは。
ああクソ、とりとめのない考えばかり浮かんできやがる。そうだな……だったらこいつを切るのはやめだ。包丁も棚に戻す。それに間違って自分を手を切るような羽目になるなんてのもごめんだからな。それに吊るしてある肉塊だってまだじゃないか。そっちから頂くとしよう。
手頃な大きさのものをひっつかむと、さっさと地下室から出る。
そして厨房へ戻り、ここはここで、食材を切り分けななきゃならん。置いてある包丁を手に取る。
おっと、どうやら厨房で肉を切り分けるのに包丁を持つ手は震えない。まったく、さっきのは何だったんだ?
まあ、それはさておき、どう調理したもんか。そうだな……スープにした物ばかりじゃなくて、たまには焼くのもいいだろう。厚切りのステーキだな。
なんてこった! 贅沢な飯だぜ。だがな……硬い黒パン、クソほど不味い野菜の入っただけのスープ、あとは薄切りされたチーズと傷んだワイン。なんてこった! あの飯ですら、こうやって思い返せば懐かしく思える。
ああ、クソ……ろくな調味料がないんだったな。
塩と、胡椒? あとは庭に自生してる植物だけだ。
かまどに薪を足してやり、フライパンが温まったところで細切れにした肉を放り込む。
肉の焼ける音、それに焼ける匂い……うむ、これだけだったならば、とても人の肉を調理してるなんて思えまい。クソ……だがこりゃ人の肉だと知ってる。
「香ばしい匂いがするわね」
声に振り返ってみれば、クリスティが厨房に入ってきたとこだ。
「よう、お目覚めかい?」
「それにしても、朝からステーキなの?」
「たまには味気ないスープよりよかろう」
「なに言っているのよ、料理なんて煮るか焼くかしかないじゃない? それに焼いたって味気ないのは一緒でしょ」
朝っぱらから手厳しいご意見だこった。
「そうかい?」
「そもそも人間の肉なんて美味しいものには思えないもの。まだその辺を飛んでいる鳥のほうがよっぽどマシかもしれないわ」
「まあ、だろうな。それに調味料がこうも少ないんじゃ尚更だ」
「ここでは食事は、生きるために必要な作業みたいなものね」
「俺にしてみりゃ残念な話だ。飯が楽しみの一つだったってのに」
「それはお気の毒さま」
「まああれこれと嘆いてもしょうがないな」
そして焼いた肉を皿に移し、クリスティと二人で朝飯にありつくことにする。
だが食事をする間、あまり会話が弾まない。
なんとなく、クリスティのことを見つめてると、視線が合った。
「ねえカルバン、」
「なんだ」
「私のことを殺して味見してみようなんて、考えてないわよね?」
「は?」
なかなか洒落た冗談を言ってくるな。思わず笑っちまう。
「まさか。だいたいだ、獣人を喰ってみようなんて、思えばこれまで考えたこともないぜ」
「ほんとう? ならいいんだけど」
「そもそも殺しを楽しまないタチなんでね。ただ見とれてただけだ」
「まったく嫌になっちゃうわね。食事の時までじろじろ見られちゃうなんて」
「すまなかったな」
「ねえそんことよりも、今日はあとで剣術を教えてくれない? 簡単なことからでもいいから」
「ん? そうだな……まあ構わんが」
「ちゃんとした剣の使い方を覚えたいから」
「ソルバッティと対峙した時の、あの突き技は、なかなかサマになってたけどな」
「あれは、あの時は必死だったから、自分でもなにをしたかよく分からないくらいよ」
「まあまあ、今日やることが決まったな」




