XX
さっきまで夕陽が屋敷の中を照らしてたと思ったが、日が落ちて徐々に暗くなってく。
腹が減ってないと言えば嘘になるだだろうが、今さらあれこれと準備するには疲れすぎてる。
「ところ夕食、どうしようかしら?」
「もっと暗くなるぜ。その中で準備か?」
「カルバンがどうしてもって言うんだったら私は構わないけど、でも今日はほんとうに疲れた」
「なら今日はもうお終いにして、さっさと休むとしよう。灯りもあまり無駄には使えまい」
「それなら今日は早めに寝ることにしましょ」
そうして飲んでたお茶やカップを片付け終える頃には、外はすっかり暗くなっちまった。
「ところで、カルバン」
「ん? なんだ?」
「今夜も、一緒に寝てもいいかしら?」
「まあ別に構わんが、流石にお楽しみは無しだぜ」
するとクリスティは呆れたようなようすで言い返す。
「カルバンったら、なにを言っているのよ。冗談のつもり?」
「ああ冗談だ。君だって疲れてるだろ」
「当たり前でしょ、まったくもう!」
「さてさて、寝室に行ってさっさと休むとしよう」
そして俺たちは二階の寝室へ向かった。
「あーもう、ほんとうに今日は疲れちゃった」
そう言ってクリスティはベッドに倒れ込むようにして寝そべった。俺は思わず、彼女の顔にそっと近づいて口づけをしてやる。
「え? なによ、突然」
「お休み前のキスだ。嫌だったか?」
「別に、そういうのじゃないけど」
「ほんじゃあ、もう寝るとしよう」
「はいはい、それじゃおやすみなさい」
そうして明かりを消して、俺もベッドに横になる。そこでクリスティのため息が聞こえたような気がした。
「なあ、気に障ったなら謝る」
「なにが?」
「キスのことだ」
「いいわよ。唐突だったから、少し驚いただけ」
「そうか……」
すると頬になにか触れた。
「ん?」
「私からもお休みのキスね」
「ああ、」
「それじゃおやすみなさい」
「だな、おやすみ」
***
不意に目が覚めた。暗い……まだ夜中か?
嗚咽するような声。クリスティが苦しむような呻き声を出してる。
「おい、大丈夫か?」
俺は起き上がってクリスティの肩を揺すると彼女は飛び起きた。
「嫌!」
「クリスティ、どうしたんだ?」
「え? カルバン? カルバンなの?」
「おいおい大丈夫か? どうした?」
「ここは……私、」
「落ち着け。どうした?」
「ええ、わ、わかった」
そしてすがるように抱きついてきた。
まだ息が荒い。
「まさか病気か? 苦しいのか? 水でも持ってくるか?」
「いいえ、大丈夫。嫌な夢をみたの。きっと夢のせいよ」
そしてクリスティは、まくしたてるように話す。
「地下室みたいな場所で、私一人で、何かに追われていていて、逃げていたの。でも上手く足が動かなくて、それで私を掴んだのはノックス兄さんに見えて、そしたら今度は目の前でバラバラになっていて、私は血のついた剣を持っていたの。あとは、私を呼ぶ声で目が覚めた」
「そりゃ酷い夢だな」
「でも、ほんとうに気持ちの悪い感じがした」
「もう終わってるだろ。夢はただの夢だ」
「そうよね……夢でよかった」
こういう時、どう寄り添ってやるべきか……自分でもぎこちないと思いつつ、彼女の背中をさする。
「俺のせい……だろうかな?」
「どうしたの? なのが?」
「君の悪夢の原因だ。俺が地下室の探索に連れてったもんだから、そのせいで悪夢でも見たんじゃないかとな。そんな気がした」
「べつに、カルバンが悪いなんて思っていないわ。それに悪い夢をみるのは初めてじゃない」
「そうか……だが、苦しそうだったぞ」
「ほんとうに?」
だがようやく落ち着いてきたようにも感じた。
「でも悪夢で目が覚めたときに、傍に誰かがいてくれるっていうのは、悪いことじゃないわね」
「そりゃ、お役に立てたようでなにより」
クリスティは安堵したような欠伸をして横になる。
「まだ夜更けよね?」
「そうだな。まだひと眠りできる」
俺も横になって目をつぶった。
***
目が覚めた……が、部屋の中が真っ暗だ。まだ夜中か? いや、そんな感じでもない。なんだ? なにか妙だ。異常なほど暗い。
「クリスティ……」
だが返事は無く、手で探ってみても横で寝ていたはずの姿はない。
起き上がり、ベッドから出て……暗すぎてなにも見えん。たしか、テーブルにローソクが置いてたはずだ。
椅子に足をぶつけ、手探りでテーブルを見つける。
「よし、いいぞ」
それから手でゆっくりと机の上を探る。灯りになるローソク……あったぞ! なんとか火をつけると部屋の中に光が現れる。
良かった……自分の眼が見えなくなったわけじゃない。
「いったい何が起きてんだ」
それで窓のほうを見た。
どういうことだ? 窓……その外にはレンガの壁が見える。
「なんだ……どうなってんだ?」
ともかく部屋から廊下へ出てみる。同じだ。廊下の窓の外も全部だ。全部レンガで塞がれている。
それとクリスティがいない。彼女が使っていた部屋にも、書斎も、厨房も、浴場も、どこを見てもいなかった。トイレにもいなかった。
「おい、クリスティ! どこにいるんだ!」
そして地下室を見ようと地下へ向かうと、そこは水没してた。まるで沼を思わせるような、湿った不快な匂いが漂ってる。
「いったい、なにがどうなってんだ」
無駄と分かってるが、玄関の扉も開けた。な……そこもレンガの壁があった。
「何がどうてってんだ、クソ」
思いきって叩いた。すると僅かにレンガが動いたような感覚があった。
これは……もしかすると、このレンガの壁は壊せるのか?
ならば、壁の破壊を試みるしかない。
なにが起きてるのか確かめるんだ。それにもしかすれば、これを破壊すれば外へ出られるかもしれないとも思った
しばらく格闘した。そしてレンガの壁を壊すことができた。しかしその穴から、乾いたような砂ががこぼれ出てきた。
「噓だろ……馬鹿な」
さらに壊して穴を広げたが、さらに多くの砂がこぼれ出てくるだけだ。
最悪の想像が頭をよぎる。
「屋敷が、地中に埋まってんのか」
そして屋敷全体がしなるような、軋むような音を立てる。目の前のレンガの壁はひとりでに崩れ始め、どこかで窓の割れる音がした。
ヤバいぞ、生き埋めだ……
「あ!」
天井が見える。ベッドの上だ。窓の外には……外の景色、早朝の白んだ空。横にはクリスティが、まだ寝てる。
やれやれだ……俺も悪夢を見させられたって訳だ。
「カルバン? どうかしたの?」
クリスティが幾分か寝ぼけてるような口調で聞いてきた。
「もう起きるの?」
「いや、ちっとばかし俺も悪夢に付き合わされただけさ」
「悪夢? それは災難ね」
「まあいいさ」
だが俺はベッドから出た。
「やっぱり起きるの?」
「今日の朝食は俺が用意しようと思ってな。クリスティはまだしばらく寝てればいい」
「じゃあ、お願いね」
クリスティはうつらうつらとした様子でまた目を閉じる。俺は静かに部屋を出た。




