XIX
やっと地下室から出た。屋敷の廊下を夕陽が照らしてる。
外の光を目にすると、なんとなく気が休まるというか、緊張が切れたような感じだ。
「終わりだ。今日はもうこれでお終いだな」
「なんだか、すっごく疲れちゃったわ」
「ああ、だろうな」
「でも無事に戻れてなによりね」
にしても、クリスティが聞いた音、俺が耳にしたあの音、それに最後のあの怒鳴り声のようなもの、ありゃ一体何だったんだ? あるいは目に見えない透明な姿の魔物でもいたってか?
そもそも地下の空間の広さ、あまりにも現実離れしてる。ごちゃごちゃ考えたところで、しょうがないことだろうかもしれんが。
どういった魔法か魔術か、どんな魔物がいるかだとか、もはや想像すらつかん。
「それにしても、せっかく荷物をまとめたのに、とんだお荷物だったわね」
「ん? そうだったな。まあ部屋にそのまま置いとくがいいさ。いつか逃げ出せる機会が来たときのためにもな」
「でも結局、屋敷の外へ出られそうな、出口になりそうな場所は見つからなかったわね」
「今回見た限りじゃ、そうだな」
「なによ、その言い方」
「全部を見たわけじゃないからな」
「まだ調べるつもり?」
「なんとも言えん。まあそうだな……次は反対側の壁沿いに進んでみるさ」
「次はなにか見つけられるかしら?」
「どうだかな。はっきり言って異常な空間だってのに違いない。外へつながっているような場所を期待するのが愚かだったかもしれん」
「とにかく休憩にしましょ。お茶でも淹れるわね」
ともかく厨房へ向かう。
「あーあ、パンやチーズでもあれば手短に晩飯もできるってもんだけとな」
「私はすっかり疲れっちゃったわ。今夜は早く寝て、食事もまとめて明日にしましょ」
「まあ、暖かい飲み物だけでも。贅沢は言わん方がいいな」
そうしてお湯を沸かすのを手伝い、お茶を淹れ、ようやく一息つく。
そんな中、クリスティが呟くように言う。
「ほんとうのところは、どうなのよ」
「ん? なにがだ?」
「この屋敷の外へ出ることができるところなんて、本気であると思っているの?」
クリスティ、そんなことを聞いてどうする? ほんとに出口が存在するか……希望を見出したいのか、それとも現実を受け止めたいのか、どっちだろうな。
「君のほうこそ、どう思うんだ?」
「たぶん、あの地下には無いわよ」
「俺も自信をなくしたよ」
「出口を見つけられると思っていたの?」
「何かしらあるだろうとは、本気で思ってた。いやはや、訳の分からない空間があるとは考えもしなかったってこった。ダンジョンなり洞窟なりに繋がってもらってたほうが、どれほどマシだったことか」
「やっぱり私たち、しばらくはここで暮らし続けないとならないようね」
「まったくだな」
だが獣人の女と四六時中いっしょに過ごすのは問題じゃない。クリスティは悪くない女だ。そりゃもう分かってる話だ。
俺の心配はもっと別のことだ。ツァップとソルバッティは死んだ。この手で殺した。だが騎士団の連中は大勢いる。備えておく必要はある。
まさか何十人と押しかけて来るとは思えんが、いや待てよ、もしも大勢やって来て屋敷を外からぶっ壊すようなことでもしてくれたほうが、逆に逃げ出せる機会を……さあどうだかな、流石にそう都合のいいことは考えすぎってもんだ。もっと現実的なことを、
「ねえ、カルバン」
クリスティの声に考えを遮られた。
「ん? なんだ」
「急にぼんやりしちゃって、どうかしたの?」
「ああ、いや、大したことじゃない。俺の息の根を確実に止めたいだろうと考えてる奴らのことをな、少し考えてたんだ」
「それって、前にも言っていた騎士団のこと?」
「俺の存在に気づいたのなら、また襲撃でもしてくるかもしれん。ほんでもって備えあれば患いなし。武器でも揃えておくのがいいかもってな。そんなことを考えてた」
クリスティは気難しそうな顔を見せた。
「同じような目に遭うかもしれないなんて、正直言って嫌よ。できれば二度とあんなことはないほうがいいんだけど」
「そりゃ俺だってそうさ。だが先のことなんて分からんもんさ」
「だったら備え以外には、出来ることってあるの?」
「祈るしかないね」
するとクリスティが少し驚いたような顔をした。
「カルバンって、そこまで信心深いようには見えないけど」
「まあ、ほんとに必要な時しか祈らんからな」
「ところでその騎士団って、ほんとうにそこまで執拗に追ってくるものなの?」
「しつこい連中なのは事実だが、時と場合にもよるだろうな」
あるいは俺自身、知ってるからこそ、ただ恐れてる……だけかもしれん。
「まあ、不安……ってもんは尽きないぜ」
「といっても、あれこれと考えてもしょうがないわね。私たちはこの屋敷から易々とは逃げられそうにないことは変わらないんだから」
「そうだな」
「あと、少し思ったんだけど」
「なんだ?」
「あの地下室をあれこれと調べるのも、やめたほうがいいんじゃない?」
「ん?」
こりゃまた突然の意見だな。
「なぜ、そう思うんだ?」
「少なくとも、何かが潜んでいるとは考えた方がいいでしょ」
「うむ……」
まあ、あんな訳の分からん音が聞こえて、あげく最後のオマケに俺は怒鳴られたような状況じゃ、なにも潜んでいないと考える方が無理ってもんだ。
「その点はそうだな。まあ十中八九は魔物だろうがな」
「もしもだけど、その何か魔物とかの機嫌を損ねるようなことをしちゃったら、私たち無事じゃいられないかもって、そんなふうに思ったんだけど」
「うむ、」
なるほど、異常な地下の空間に潜む、正体も属性も不明な魔物の機嫌を損ねる……なにか良くないことが起きるだろう想像は難くない。可能性としてありえなくもない話だ。
「クリスティ、ならばどんなことが起きると思う?」
「うーん、大暴れされちゃうとか」
「その程度ならかわいいもんだろ。俺たちが生きたまま喰われるとか、そういうことになるのは考えもんだぜ」
「でしょ?」
「屋敷に囚われて、俺たちゃただ気まぐれに生かされてるだけかもしれん」
「それはそれで、ちょっと大げさ過ぎない?」
「いずれにしたって話が通じる相手でもなさそうだ」
そもそも話が通じるようなら、こんなことにはなってないか。
「魔法やら魔術やらを使われてるようじゃ、なおさら手に負えん。そもそも見当違いだったか、ただ惑わされてただけかもな」
「いずれにしても、なかなかスリリングなこと続きで疲れちゃった」
「まったくだ」




