XVIII
手にするランプの灯りが辺りに光を落としてる。それでも地下室は暗い。特に奥の方は闇に包まれてる。
作業台の上にはソルバッティの死体が載ってる。
もしもまたここへ戻ってこなきゃならんのなら、その時はこいつをバラバラにしてその肉を喰らってやるって訳だ。
「カルバン、いよいよ行くのね」
「君の方こそ、いいか?」
俺の問いかけにクリスティはしっかりと頷く。
「いいわよ」
「よし、じゃあ出発だ」
ゆっくりと、奥の闇が広がる空間へ踏み出す。
とりあえず壁伝いに進む。万が一、灯りを無くすような事態になっても、壁に沿ってれば困ることもなかろう。
にしても全くもって暗い。まるで闇が灯りの光を飲み込んでるようだ。ずっと先まで闇が続いてる。
しばらくは黙って進んでたが、クリスティが呟く。
「私の目で見ても、ここは酷い暗さね」
「クリスティ、君は夜目が利く方だろ?」
「もちろんよ。でもここはひどいわ。それに……暗闇そのものが広がっているように思えるわよ」
「広がってるだって?」
思わず立ち止まる、それで今一度、注意深くあたりを見渡す。といっても闇ばかりだが。
小さなランプを片手に、終わりの見えない地下室の奥へ、ずっと壁に沿って進んできた。だが確かに! 反対側の壁や天井がまったく見えなくなるほど、空間が広くなってる。
広がってるだと? しかも天井の方向まで? そりゃ、どう考えてもおかしいだろ。
「クリスティ、どう思う? この地下室……というか、もはや巨大地下空間って言うんだろうが」
「そうね……なんていうか、まるで地の底へ向かっているみたいな気分」
「地の底か。下手をすると地獄と通じてるのかもしれん」
「地獄なんて、そんなところへ行くのはごめんよ」
「ああ、そう願いたいもんだよな」
いずれにしたって異常だ。
そうしてまた黙って進んでたが、クリスティがいきなり立ち止まった。
「どうかしたか?」
「なにか、声? 何か音が聞こえるような気がするの」
「ん?」
俺の耳では何も聞こえん。
「俺には、何も聞こえんぞ」
「ええ、まあ、もう少し進んでみればもっとはっきり聞こえるかもしれないわ」
「なにか魔物か、あるいは地獄の住人がいるかもな」
「そんな感じの音には思えないけど」
「ともかく、先へ行ってみるか」
そしてゆっくりと歩き続ける。
彼女は俺の左腕を軽く掴むようにして隣を歩いてたが、次第に身を寄せてきた。
「おいおい、あんまりくっつくなよ、歩きにくいぜ」
「あ、ええ、ごめんなさい」
「つってもな、俺も怖いっちゃ怖いが。それにしても、どこまで続いてんだ?」
そのとき何か聞こえた……クリスティが話した声とは違う。なんだ、何かを叩くような、鍛冶屋みたいな……だが叩いてるのは金属とは違う。
「クリスティ、あの音が聞こえるか?」
「声みたいな音は、近づいていく感じはしないわ」
「違うんだ。何か叩くようながしないか?」
「冗談言わないでよ。そんな音は聞こえないわ」
「俺には聞こえるぞ」
「どういうことなの」
「分からん。あるいは……もしかすると、聞く人によって違う音に聞こえるってことか」
「だとしたら随分と、きめ細かい幻術を使う魔物か何かがいるのね、きっと」
「クリスティ、君が灯りを持ってくれ」
「え、いいけど」
俺は灯りを手渡し、それから代わりに剣を手にする。
「カルバン、まだ音のする場所はずいぶんと遠い気がするけど」
「用心して進むに越したことはない」
「それじゃあ、いざという時は守ってくれるのね」
「今度は俺が君を助ける番ってわけだな」
ともかく警戒しつつ少しずつ進むが、横目に見ると彼女は落ち着かないようすで尻尾を揺らしてる。それに耳もせわしなく動かしてる感じだ。
またしてもクリスティが立ち止まった。
「また何か聞こえたか?」
するとクリスティは後ずさりながら俺の腕をひっぱった。
「音がちょっと大きくなった気がする」
「近づいてくるか?」
俺には相変わらず、どこかで何か叩くだけの音が聞こえてる。
「それとも何か聞き取れるか?」
「なんだか怖いわ。もう戻りましょうよ」
「何が聞こた?」
「分からないの。なにか囁いているみたいなのだけど、唱えているような感じもする。でも、なんて言ってるのか聞き取れないの。知らない言葉を聞いているみたいな感じ」
急に弱気になったと思ったが、彼女は明らかに怯えてる。
「おい、大丈夫か?」
「なんだか嫌な感じがするわ」
俺には、遠くで物を叩くような音だけが聞こえる。一体全体、どうなってんだ、こりゃ。
だが、呪術かなにかの類だとしたら、やはり逃げ帰るしかないか。
「引き返すか?」
何かが近づいてくるだけなら、待ち伏せしてもいい。
「あるいは君だけ引き返せばとも思うが、」
それとも罠か? 魔物がなにか仕掛けてきてるのか? だが訳の分からない暗闇の空間でバラバラに行動するのも危険かもしれん。クソ、分からん。
「私だけ逃げても、カルバンが一人だって、たぶん危険よ」
「じゃあ、とりあえずここまでにするか」
「早く戻りましょ」
「ああ、分かった。そうする」
俺たちは向き変えた。そして少しだけ足早に引き返す。
そしてしばらくするとクリスティが呟いた。
「消えた……」
「ん? どうした?」
「さっきの音。あの音が聞こえなくなったの」
「ふむ、」
俺は立ち止まって振り返ってみた。だが変わりない。暗闇があるだけだ。
「どうする?」
「どうするって、カルバン、また奥へ向かうつもりじゃないでしょ?」
「まあ、そりゃそうだな」
ただあまりにも味気ない探索だってのは事実だ。
「あっちの、反対側の壁がどうなってるかも気になるがな」
「真っ暗闇で、向こう側なんて見えないわ」
「とりあえず戻ろう。あれこれと歩き回るような真似をして、どんだけ広いかも分からん地下空間で迷子なんてことにはなりたくないからな」
「どうみても異常な場所だものね」
それからは会話も少なく来た道を歩き続ける、時々振り返っては、辺りに視線を向けるが、何かが追いかけて来てるだとか、そういう気配はない。
にしても、帰り道の方がえらく時間がかかるような気がする。
「なんだが、帰り道のほうが長く感じるわね」
「ん? 俺もそう思ってたとこだ」
「闇に包まれている地下空間に閉じ込められっちゃったりして」
「おいおい、変な冗談はよせ」
だがついに終わりの時がやってきた。
「あれを見ろよ」
「ようやく戻って来たってわけね」
地下室の作業場も、何も変わった様子はなかった。
それでようやく、地下室を出ようと階段に足をかけたときだ。
「■■■■■■!」
「な?!」
俺は驚いて振り返った。というか転びそうになった。
突然、真後ろというか耳のすぐ横で、罵声のような、あるいは怒号のような、そんな声をかけられた感じだった。
だがいったい何を言われたのか、さっぱり分からない。
「カルバン! そしたの? 大丈夫?」
「今の、なんだ?」
「なにが? どうしたの?」
「いや……さっきの、今の聞こえたか?」
「なんのこと?」
クリスティはポカンとして表情だった。もしかすると俺にだけ聞こえたのか?
「さっきの聞こえなかったか?」
「どういうこと?」
「さっきだ、俺には罵声みたいなのが聞こえた。真後ろから怒鳴るような感じの声がしたんだ。聞こえなかったか?」
「なにも聞こえなかったわよ。それとも冗談なの? やめてよ、そういうの」
「こんなときに冗談なんか言わん」
「とにかく出ましょう」
「ああ」
もしかすると、あの最後に俺だけに聞こえた怒鳴り声のようなものは、なにかの威嚇か、あるいは警告か何かだったのか?
それとも、この屋敷の地下には目に見えない存在がいるとでも?
忌々しいもんだな! ただ一つ言えるのは、今んとこ嚙みついてくるようなことはしてこないってこった。




