17
戻ってみると厨房にヘレンの姿がなかった。でも食器とかはきちんと片付けてある。
それにヘレンの荷物が置いてあった。それで庭に出るための扉が、半分くらい開いたままになっている。
庭へ出てみると、木のそばに座って瞑想しているヘレンの姿がみえた。近づいて声をかけようとしたら、ちょうど立ちあがった。
「ハンク、探検の準備はどうかしら?」
「うん、だいたいできたかな」
「それは、なにかに使うの?」
「あ、これね、松明にでも使えないかなって。それで庭にもってでて、ちょうどいい長さに切ろうと思って」
「いっしょに手伝うわ」
それで二人で松明づくりをすることにした。
ノコギリが見当たらなかったから、とりあえずナイフで切り込みを入れて、なんとか折るしかない。
「ところでハンク、いくつ作るつもりなの?」
「そうだね、」
まずは行きで一本はぜったいにいる。それで帰りで二本目、あと予備で三本……最低でも三つはあったほうがいい。
「とりあえず、三本は作っておこうかな」
「ずいぶんと傷んでいる木材だけど、大丈夫かしら」
「たぶんだけど、梯子かなにかだったと思う。ほかに使えそうなものがなかったし、松明として使うのには大丈夫だと思うよ」
それから黙々と作業をつづけて、なんとか長さの揃った三つの松明ができあがった。あとは先端をランプのオイルにひたすだけ。
「ハンク、あとは油がいるわよね?」
「そうだね」
「厨房の棚に、たしか使えそうなものを見かけたから、取ってくるわ」
「ありがとうヘレン」
ヘレンが取りにいっているあいだに、松明を厨房の出入り口近くまで運ぶ。
そして瓶を手にヘレンが出てきた。
「ぜんぶ、使わないわよね?」
「うん」
ランプで使うぶんも残しておかないといけない。屋敷の外に出られないのだから、持っているもの、屋敷にあるものは、なにも無駄遣いできない。
「使うのは、やっぱり二本だけにしておくよ」
「だいじょうぶなの?」
「ところでヘレン、あの地下室にまた入っていく勇気はある?」
ぼくの問いかけに、ヘレンは少しうつむいた。言葉は返ってこない。
「その、無理そうなら、ぼくひとりでも探索には行くつもりだけど」
「できることはするつもり。なにもせずに諦めることはしたくないし」
「わかった」
「でも地下室の奥に、ハンクはどんなものがあると考えているの?」
「うーん……」
正直にいうと、よく分からない。もしかしたらちょっと進んだところで壁があって行き止まりかもしれないし、身を潜めている魔物と遭遇するなんてこともあるかもしれない。あるいはもっと別のもの。
「もしかすると、ダンジョンとか洞窟とか、そういうのと繋がっているかもしれない」
「あるいはただの迷宮で、出口もない場所かもしれないわ」
「とりあえず行ってみないとなんとも言えないよ」
「そうね。それなら、行ってみましょう」
持ち物はそろった。ヘレンも準備はできている。
「それじゃあ、行ってみようか」
そして地下室の入り口へ、そしてそこへおりる階段へ、一歩踏み出す。
松明に火をつけようとすると、ヘレンが止めてきた。
「ハンク、待って、まだ火を付けないで」
「え?」
「松明をかして」
ヘレンは短く小さな声でお祈りを唱た。それからカバンから小瓶をとりだして、なかの液体を一滴注いで、それから「グランデ イルミノ」とつぶやく。
「これでいいわ、火をつけてみて」
「うん」
最初はふつうの炎にみえたけど、すぐにかがやきがパッと増した。白っぽいような少し青みがかった。明るい火。
「とても明るいね」
「暗闇のなかを進むのには、これくらいの明るさがあるほうがいいと思って」
「ありがとう」
そして階段をおりていく。あのときみたいに、ヘレンの手が震えているるようなことはない。
下までおりていくと地下室が見わたせる。変わったようすはない。
地下室の床に足をついた直後、ヘレンがはっと息をのむような、言葉にならないような声をだした。
「どうかした?」
「あ、いえ……」
「大丈夫?」
「ごめんなさい、ハンク。やっぱり、わたしには無理。どうしてか分からないけど、」
そのとき、まるでめまいに襲われたみたいにヘレンはふらついて、ぼくはあわててその身体を支えた。
「ヘレン、だいじょうぶなの?」
「すこしだけ、気分が悪くなっただけ」
「うん、わかったから」
ぼくはヘレンを支えながら階段を引き返した。いっしょに地下から出た。
「ヘレンは無理しないで、待っていていいから。探索はひとりで行ってくるよ」
「ひとりで? でも、なにがあるのか分からないのに」
「危険があるかもしれないのは、それはそうかもしれない。でもヘレンたちと出会う前だって、ぼくはひとりで、」
「分かっているわ。でもほんとうに心配なの。あの地下室は、なにかがおかしいような気がする」
「だからそれを少し調べに行かなくちゃ。それになにかあればすぐに引き返すつもりだし」
それでもヘレンは不安そうな顔をしている。
「それとやっぱり、なにか魔術とか魔法とかそういうのが、地下室には掛けてあるある感じ?」
「そんな感じでもないのだけれど、とにかく嫌な感じがするの。あるいはわたしの知らない魔法が使われているかもしれないわ」
「だとしても目的がよく分からないな。それにぼくは、なんとも思わないよ。たしかに不気味には思うけど」
あるいは、今はぼくが屋敷の主人のような存在だからなのだろうか? それとも、ぼくが純粋な人間でなくて、獣耳と尻尾のついただけの中途半端な獣人だからなのだろうか? それに加えて今となっては隻眼にもなっている。
とにかく、探索はぼく一人で行く。
ぼくは思わずヘレンの頬にそっとキスをした。
「絶対に戻るから。ちょっと地下室の奥のようすを見にいくだけ」
「わかったわ。ハンクのほうこそ無理しないで。なにかおかしいと思ったらすぐに戻って」
「うん」
それで今度は、ぼくだけで階段をおりていく。
さてと、この地下室の奥には、いったいなにがあるんだろう。




