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XVI

 ツァップの死体を前に、クリスティがぼそりと言う。

「でも、ちょうど良かったかもしれないわ」

「は? 何がだ?」

「地下室にある肉、だいぶ少なくなってきていた感じだから」

 どこかあっけない感じがして笑えた。さっきまで命の危険があるような状況だったくせに。

「カルバンってば、なにがおかしいのよ」

「いやいや、さっきまで危ない思いをしてたわりに、ずいぶんと冷静だと思ってな」

「だってもう危なくはないでしょ?」

「ああ、そりゃそうかもしれんが」

 やれやれ、いずれにせよ目の前の危機は去った。後は……そのとき死んだツァップの死体が、まるで床に沈んでくようにして消えた。

 ほんでもって衣服は残したままだ。

「な! こりゃ、どういうことだ」

 引っ掴む暇もなかった。

 何が起きてんだ? いや待て、それならソルバッティの死体は……俺はすぐに二階へ向かった。

 だが部屋を見てみれば、こっちは残ってた。

 それでクリスティが後からやって来た。

「ちょっとカルバン、いきなり二階へ向かうからびっくりするじゃないのよ」

「それより、ありゃ……さっきのは、どういうことだ? こっちの死体は消えたりしてない」

「ここは二階よ」

「は? 一階だと死体は消えるってか? そんな単純な話なのか? ツァップの死体は床に沈んでいくみたいに消えたんだぜ」

「多分だけど、屋敷そのものも時には人の肉を欲するということなんじゃないかと思うのよね」

 そうだ。地下室も確かめるんだ。

「ちょっと、今度はどこへ行く気なの?」

「なら地下室だ」

「ええ? 地下室を見に行ったところで、代わり映えするようなことはないわよ」

「なんで分かるんだ」

「前にも、似たようなことは目にしたもの」

「なんだ? なら言ってくれよ、それでどうなるんだ?」

「もしかすると、地下室の作業台の上に手足の一部くらいは、ちゃんと置いてあるかもしれないわね」

「分かった。どっちにしろ、この目で確かめさせてもらう」

 それで結局、地下室に行ってみたが変わった様子はない。作業台の上にも何もない。

 なんてこった。なんだかんだこの屋敷は、実際に人を喰うってか? しかも死体に限るとみえた。

「どうかしら? その目で確かめれて?」

「それよりクリスティ、どう思う? やはり屋敷も人を喰うんだろうか?」

「うーん、さっきの死体が消えたのは確かだし、これまでにも死体の頭が消えたりしているから、そういう意味では人喰い館って言えるのかしらね」

「まあ、生きた奴には関心がなさそうで何よりだがな」

「それよりも上に戻って片付けてしまいましょ」

「そうだな。ソルバッティの死体をここへ運ぶか?」

「そうね」

 そうして再び二階へ向かう。

 ソルバッティの死体を前にしてふと冷静になってみれば、厄介なことになったわけだ。

 そもそもこの二人、何のためにここへ現れたのか? 屋敷のことは他の奴らも知っているのか? それで俺を探してここへ来たのか? だとすれば、戻らないとなると更に他の奴らがまた探しに来ることになるはずだ。

 それともただの偶然? いやいや、そんな都合良く……それともこの屋敷がそうさせたとでも?

 まあいい。どっちにしろ他の奴らが来る危険が高まったと考えとくのに越したことはない。

 ならば尚更、ここから早めに逃げ出さなければならん。それが出来んというなら、何か対処方法を考えなきゃならん。

「カルバン、どうかした?」

「あ、いや、ちょっと考えごとだ」

「ところでカルバン、」

「ん? なんだ?」

「この二人の、名前を知っていたみたいだけど、もしかして知り合いかなにかだったの」

「ああ……まあな、騎士団(ファミリー)の連中さ。どうにも俺が生きてる事が気に入らんらしい」

「それって……カルバンのことを、」

「連中は簡単に諦めるようなことはせんぞ。ただ、あの二人がここへ来たのが偶然なのか、検討つけてなのかは分からん。まあ偶然だったところで、また別の奴らが来る可能性は高いだろうな」

「それは、また危険な目に遭うかもしれない、ってことよね?」

「そうだな」

 そしてクリスティは何か考え込むように、ただ黙って目の前の死体を見つめた。

「その、君を危ない目に遭わせて、すまないな」

「別にいいわよ」

「あの日、俺が屋敷の外で死んでりゃ、こうはならなかっただろうな」

「どうかしら? そうだっとしても、あの二人組が訪れていたかもしれないわ。そうなっていたら私も切られていたかもしれないわよ」

 それはそうかも分からん。だが考え過ぎじゃないか?

「どうだかな。ちょっと想像力を働かせ過ぎじゃないか」

「そうかしら? でも久しぶりにスリリングな経験になったのは確かね」

 俺にしてみりゃこんな経験願い下げだがな。あるいはもしかすると彼女にとって、兄貴が死んだことに比べれば、それ以外のことは些細なことなのもしれん。

「それにしても今日は、朝から大変なことになっちゃったわ」

「まあ、それもそうだな」

 まったくだ。忙しない朝だこった。

「ともかく片づけを済まそう。とにかく死体は地下室に運ぶ」

「いいわよ。それと床も掃除しなくちゃね」

 とにかく二人で死体を抱えて地下室まで運ぶ。それから次にはバケツと雑巾を用意して部屋に持って行き、手分けして床についた血を拭う。バケツに汲んだ水はあっという間に赤黒く染まった。

 朝飯前からつまらん労働とは、こんなことはたまの出来事であってもらいたいもんだ。

 それで最後に一階の玄関傍……ツァップの服はそのままになってるが、周りにあった床の血の染みが薄くなってるように思えた。

「クリスティ、俺の気のせいじゃなきゃ、床の血の染み……さっきより薄くなってるように見えるが、君にはどう見える?」

「うーん、そうね……言われてみれば、そんな気もするけど」

「まったく気味が悪いもんだな」

「でもここの床掃除、これでしなくてもいいなら楽ね」

 掃除がサボれるってか……クリスティ、どうにも君は、この屋敷での暮らしに適応しているように思えるぜ。

 ともかく、一階の床で倒れて死んだ奴は、その身体だけが床に吸われるように消えてく。おそらくそれは、この屋敷が人を喰うためだと。

 となると少なくとも生きた人をそのまま喰うことはないだろうと、そう言うことだ。

 そして俺は腹が減った。

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