XV
俺も起きるとしよう……欠伸が出る。とりあえずベッドから出ようじゃないか。
軽く伸びをする。背中の傷は少しばかり疼く感じで、手の怪我の痛みは鬱陶しい。まあこれから酷くなることはないだろうけどな。それからさっさと身支度を整える。
窓の外の景色は代わり映えしない。それと今日は少し雲の多い空だな。
ベッドサイドに置いてるレイピアに手を伸ばしかけて止めた。まあまあ、朝飯の時くらいはゆっくりと過ごそうじゃないか。
それから部屋を出て階段を降りて厨房へ向かう。
クリスティが手慣れた雰囲気で食事の準備にかかってる。
「朝食の用意、何か手伝おうか?」
「どうってことないわよ。いつものことだし」
「皿を出すくらいはどうだ」
「別にそれくらいなら好きにすればいいわ」
「んじゃあ仰せの通りに」
そういうわけで棚から食器一式を取り出し、テーブルの上に並べる。
それでクリスティは調理をしながら続けた。
「ところで本当に、あの地下の奥に探検なんかに行くつもりなの?」
「そうだな……多少は、調べる価値があるだろ。まあともかく朝飯を食って、探索の準備することから始めなきゃならんが」
「いずれにしても時間ならたっぷりあるわね」
「それとも料理の待ち時間を使っちまおうか?」
「なら、やかんに水を汲んできてちょうだいよ。お茶も、」
そこで唐突にクリスティは料理の手を止め、黙り込んだ。それで耳を忙しなく動かて出入口のほうへ顔を向けた。
「どうした?」
「ええ、玄関の扉を叩くような音が聞こえた気がしたから」
「来客……なわけないよな」
「でもやっぱり、誰か来ている気がする」
なんとなく嫌な予感だ。これまでの経緯を考えるに、森に迷い込んだ旅人だとか、それ以外だとロクな連中じゃないだろう。
「ともかくまあ、出てみるか。レイピアが部屋に置きっぱなしだ。用心に取りに戻ったほうがいいか?」
「そんな余裕ないと思うわ。玄関の扉には鍵なんてないから。だから気づかれたら簡単に入られちゃうわよ」
「厄介な相手じゃないことを祈るしかないな」
「でもこれ、火搔き棒ならあるわよ」
「じゃあそいつを持って様子を見にいこう。クリスティ、部屋からレイピアを取って来てくれるか? 念のためだ」
「分かったわ」
そして俺たちは玄関へ向かい、クリスティは二階へ上がった。
確かに、外から扉を叩く音が聞こえた。何かを話すような声も聞こえる気がする。とりあえず玄関横の窓から外を見るか……と、相手も窓から中を覗き込もうと考えたらしい。
視線が合う。
相手は少し驚いたような顔を見せた。
なんてこった! 俺だって驚きだ。知ってる顔だ。
「クソ……」
そりゃもちろん騎士団の奴らだ。
直後に扉が開いた。俺は火搔き棒を構える。それで計何人だ? 何人で来やがった?
だが入って来たのは二人だけ。しかもどちらも知ってる顔。
「お前は、」
「な! カルバンじゃないか! 貴様生きていたのかよ!」
早速、声を出した奴はツァップだ。ハッキリ言って獣耳クソ野郎。俺のことを追撃し続けてたのもこいつだ。
もう一人、窓で視線が合った奴はソルバッティ。少なくとも理性的な思考を持ってる。まともな人間だ。ただし要注意だ、敵に対しては冷酷が過ぎる性格の持ち主だからな!
ツァップが剣を抜く。そして階段の上からクリスティの声が。
「カルバン!」
「クリスティ逃げろ!」
直後、危うく斬られそうになる。二度目は火掻き棒で受け止める。
クソ……ツァップは余裕のある表情をしてやがる。
「おいおいカルバン、火搔き棒で応戦か? 貴様も惨めなもんだな!」
「生憎、今はこれしかないもんでね。ツァップ、その剣こそ……俺のか?」
「拾ったんだよ。勝手に使わせてもらっている。自分の剣で斬られることになるとは、どんな気分だ?」
「たわけめ、終わっちゃいない」
剣を受け流すと同時にツァップの足を払う。油断したか? 見事に転倒した。
「卑怯な、カルバン」
俺はツァップの反応より早く、その頭に火搔き棒を振り下ろした。
嫌な感触が手に伝わる。だが構ってられない。ソルバッティは二階へ行ったか? ツァップの手から剣を取り返し、急いで二階へ向かう。
廊下にはいない。寝室か?
部屋を覗き込むと、クリスティは追い詰められたみたいにソルバッティと対峙してる。それでも不格好にレイピアを構えてるが、その手は震えてる。
「これは勇ましいね。獣人のお嬢さん、それでわたしと戦うつもりか?」
「ソルバッティ! その前に俺が相手だ」
「な!?」
振り向いたソルバッティは驚いた顔をしてる。
「カルバン……」
「残念だったな。ツァップは油断しちまったぞ」
「まあよい。それならば、」
その時、クリスティの動きが早かった。まるで跳ねるように動いたと思うと、ソルバッティの首元めがけてレイピアの先端を突き刺した! それで彼女は焦ったように手を放した。レイピアが首に刺さったままのソルバッティは困惑した表情でそのまま倒れた。
「わ、私、やったの?」
「よくやった! クリスティ」
ソルバッティの手がまだ動いてる。とどめを刺すか? それから何か言おうとしたように見えたが、そこでこと切れた。お終いだ。
「カルバン! 大丈夫?」
その声に俺はクリスティに駆け寄り、抱きしめた。
「これでいいんだ。もう心配はいらん」
終わった……脱力感が押し寄せる。
「クリスティ」
「なに?」
「怪我は、ないな?」
「あ、ええ、そうね。大丈夫よ」
「とりあえず、下へ行こう。水でも飲んで落ち着こう」
それで一階へ向かうと、ツァップがまだ生きてた。
頭から血を流し、床を這うようにして玄関扉のところまで移動したらしい。あの黒い壁にもたれかかってる。
残念だな。ここに来なければこうもならんかっただろうに。
近づくと俺に気がついたようで、祈るように手を突き出してきやがった。
「か、カルバン……これは、なにかの魔法か? 閉じ込める気なのか? 頼む、なあ、命だけは、」
死ねよ、クズめ。この期に及んで? 助ける訳ないだろ!
俺はその死にかけの頭を掴んで、壁に叩きつける。一回、二回……これで充分だ。ツァップの身体は力なく床に転がった。
はぁ……これでほんとに終わりだ。ようやく一息つけるはずだ。
「カルバン……ちょっとやり過ぎじゃないの?」
「ん?」
どうやら、ちょっと怖がらせてしまったか? だが俺は軽く首を振った。
「相手を甘く見るなってことさ。あと楽にしてやったんだ。それに俺を殺そうとしてた。あの日もそうだった」
「そう……なのね。なら、もう気が済んだ?」
「まあな」
手についた血。服の端で拭った。
「にしてもやれやれ、飯の前に派手な運動とはキツいもんだぜ。それで片付けはどうする? 飯の前にしてしまうか?」
「そうね。食事は後で、ゆっくりととることにしましょ」
朝飯の前に死体運び……だ。この屋敷は、ほんとに狂ってやがる。




