XIV
朝か? 相変わらず右手の怪我の痛みは鬱陶しい感じだ。
目が覚めちまったが、ちょうど夜明けの直前だな。窓の外はうっすらと明るいのが分かる。このままで二度寝するか、起きてしまうか。横を見れば、クリスティはまだ小さな寝息をたててる。
さっきまでの夢……何か夢を見てたんだが、はっきり思い出せん。あの地下室のことだっただろうか? 暗闇のイメージと、なぜか草原の光景が浮かぶ。まあどうでもいい……ともかく、地下室のその奥がどうなってるのかが気になる。
探索してみるってのも悪くないだろう。まあ、何かしらの魔物がいる可能性もデカいが、調べないより調べるのがいい。もしかすると外へ通じてる場所とかが発見できるかも分からん。
外へ出られる場所か……ここから逃げ出せたとして、それでどうする? 何処へ行く? クリスティと一緒にか?
一瞬、ここで慎ましく暮らし続ける……一瞬、そんな考えがよぎる。ここで暮らし続けるだって? バカバカしい! そんな愚かなことはない。こんな屋敷に囚われたまま、飯が人の肉しかないような場所なんぞ最低極まる。俺は出ていく。そうだ、クリスティと一緒に出てってやるぞ。
クリスティの穏やかな寝顔をみると、どこか愛嬌があるようにみえ、気持ちが落ちつくというか、なんか惹かれるというか……俺は、惚れてんのだろうか? 獣人相手に? まあいいさ。
こいつは……憎めない獣人女には違いない。
俺はそっとその寝顔の頬を撫でた。
するとその目がほんの僅かに開いて、俺は思わず手を引く。だが彼女は、まるで寝ぼけてるかのようにぼそぼそと口を動かし、また閉じた。
「起こしちゃ悪いな」
だがその直後、半目を開いて彼女は「兄さん……」とつぶやくとパッと目を覚ました。
俺と目が合う。
「え? カルバン……」
「すまない、起こしちまったか?」
「ここは、屋敷の中なの?」
ん、どうした? 寝ぼけてるのか?
「どうかしたか?」
「どうやら夢を見ていたみたい」
「夢?」
クリスティは俺の方に身を寄せ、小さい声で続ける。
「夢の中で私、どこかの丘の上みたいなところに立っていて、青空が広がっていた。私の横にはノックス兄さんがいて、黙ったまま景色を見つめていたの」
「そうか、」
「風が吹いて、兄さんがなにか言ったんだけど、聞き取れなくて、そこで目が覚めちゃった」
「昔の思い出か?」
「分からない……でも、そんな気もする」
そういや、クリスティのノックスって兄貴はどんな奴だったんだろうかな。
「クリスティは、その兄貴と一緒に、旅か何かでもしてたのか?」
「そうね……いろいろとあって。私とノックス兄さんでこの屋敷と遭遇したのは、たしか雨が降っている日だった。道に迷って雑木林の中を進んでいたら、突然開けた場所に出て、そしてこの屋敷があったの」
「なるほど、道に迷って雨にも濡れて、そこで屋敷が見つかったと来れば、寄らない訳にもいかんだろうな」
「それで玄関のところまで来て扉を叩いたけど、誰も出てくる気配がなかった。しばらく待ったの。それでノックス兄さんがノブに手をかけて、そしたら扉は簡単に開いて、中に呼びかけても返事は何もなかった。それからノックス兄さんが先頭に立って中へ入った」
「そん時は、不審には思わなかったのか?」
「ええ、まあ、少し気味が悪いとは思ったけど」
「そこで入らなければ、」
待て、言葉をよく選ぶんだ。君の兄さんも無事だっただろうな、なんて言うべきじゃないな。クリスティの兄について軽々しく言うのは、今はまだマズい。
「なければ、屋敷に囚われることなんてなかった訳だ」
「でもそのときは、こんなことになるなんて分からなかったのよ。分かるはずもなかったわ」
「そうだよな……俺だってそうさ。この屋敷の来歴を知っていたら、ドアをノックすることもしてないだろうな」
「でもカルバン、もしもそうしていたのなら、あなたは森の中で死んでいたでしょうね」
「かもしれん。人生ってのは皮肉なもんだ」
運が悪かったのか? それとも運が良かったってのか? あるいは不幸中の幸いだとでも? 分からん。だが孤独じゃないのは確かだ。
「俺も屋敷に囚われた身の訳だが、少なくとも命は助かったし、君とも出会えたって訳だ」
「え?」
クリスティはキョトンとした顔をみせる。
「それって、どういうことなの?」
「さあな。だが君は、これまで俺が会ってきた奴のなかで、一番マシな女には違いない」
「それ、どういう意味なの?」
俺は軽く肩をすくめてみせた。
「そのままの意味さ」
「それじゃあ、とりあえず誉め言葉として受け取っておくことにするわ」
まったく、俺は何を言ってるんだ? まるで惚気って感じだ。が、間違いって訳でもない。
「カルバン……」
「ん? なんだ」
「あなたを助けた理由、ほんとうは理由があるの」
「ふむ、なんとなくって聞いたきがするが、そういう訳じゃなかったのか?」
「独りでいるのが寂しくて、つらかったから。誰でもいいから話を聞いてくれるような相手が欲しかった。それに倒れているあなたの姿を見たとき、なんていうか、悪い感じはしなかったから。それにあの状況で、私が命の恩人になれば、いろいろと私の言うことをきかせられるんじゃないかと思ったの」
余りにも深刻そうな口調で言うもんだから、なんかおかしくて、思わず笑っちまう。
クリスティは少しばかりムッとしたような顔になった。
「なにがおかしいのよ、まったくもう」
「いや、すまんな。そんなこと考えてたのかと思ってね」
「でも怒っているわけじゃなさそうね」
「それどころか、俺は惚れちまいそうだぜ。まったく、おかしいよな」
「でも良かった……私のこと、嫌っているわけじゃないのよね」
「嫌ってるなら同じベッドで寝るわけないだろ。少なくとも、嫌う理由は今んとこまったくないね」
「ちょっと、今のところって、どういう意味よ」
「そのままの意味さ。案外この先、もっといい女に出会えるかも分からん」
「まあ、デリカシーないことを言うわ。それとも冗談なの?」
「どうだかな」
「でもそうね……私は獣人だし、カルバンは真人間だものね」
「だが咎めるような奴は、ここにはいないぜ」
するとクリスティは「はいはい」と、ふざけ気味に手で俺の顔を押しのけてきた。
その手の肉球と、ちょっと爪が当たった感覚……なぜだか悪い気はしない。
「はい、私はもう起きるわよ。朝食の支度もしなくちゃね」
「早起きだな」
「まだ眠かったら、カルバンは休んでててもいいわよ」
「いいのか?」
「いいわよ。私はいつものことだもの」
クリスティはサッとベッドを出て服を羽織ると、部屋を出て行った。
やれやれ、こんな調子ならここでの生活で退屈することはないだろうな。




