13
けっきょくは、焼いた肉の残りはぼくが食べた。
このことに嫌悪をなにも感じないかといえば、それはちがう。でも、でもだって……わからない、わからないよ。こんな状況で空腹なんて、ぼくは耐えがたい。でもヘレンの気持ちだって、わからなくはないよ。それとなく理解はできる。
それでヘレンのほうは、集めたサラザンを少しだけ使って薄い粥をつくって食べていた。
でもあったかいお茶だけは、二人でいっしょにゆっくり飲んだ。
お茶を飲みつつ、ヘレンが言う。
「もう一度、屋敷のなかを隅々まで調べてみることにしましょう」
でもその口調には、いつもの明るさが感じられない。
「ねえ、ヘレン」
「どうしたの?」
「無理しないでいいんだよ」
「だいじょうぶよ。疲れたときは、そのときに休むから」
でもやっぱり、ヘレンの表情はどうみても疲れているときの表情そのものだ。やつれているっていうのは、ちょっと言い過ぎかもしれないけど、でもやっぱり。
「ヘレン、お願いだから少し休んでいてほしい」
「そんなに、わたしが疲れているようにみえる?」
「うん。すごく疲れているようにみえる」
「そうよね……ハンクはじゅうぶんにご飯を食べることができたものね、わたしとちがって」
なんだかトゲのある言葉。
「えっと、ぼくだって……できることなら、こんなこと、」
「ごめんなさい……こんな言いかた、なかったわね」
「ともかく、ほんとうにヘレンのことが心配なんだ」
「わかったわ、ハンク。少し休むことにするから」
それで食事はおしまい。
厨房を出て、ぼくはヘレンに付き添うようにして階段をあがる。
「ヘレン、」
「どうかしたの?」
「あ、いや、なんていうのかな、その、ぼくのことを嫌いになったわけじゃないよね……とか思って」
「どうして、そんなふうに思うの?」
「えっと、うん……さっきの食事のこともだし、それにあの戦いで、ぼくは魔族の小娘相手一人に手間取って、エッジもブリムも助けられなかった。それに、危うくヘレンのことも、」
「そんなふうに考えないで」
「それはそうかもしれないけど、」
「ハンクだってじゅうぶんに戦ったわ」
「そうだといいんだけどな」
「わたしもつらいのは同じ。それに、こんなことになっているのは、まだ信じられないような気分よ」
それでとりあえず一番手前にある寝室。でもヘレンは、なんだか入るのをためらっているようにもみえた。
「ヘレン? だいじょうぶ?」
「ええ、なんだか……この部屋で休んだら、ほんとうに屋敷の住人になってしまって、わたしたち、二度と外へ出られなくなるような、そんな気がして」
そんなふうな考え、ぼくには浮かばなかった。
「ヘレン、その、えっと」
「いいの、わたしの考えすぎね。やっぱり疲れているみたい」
ぼくはただうなずくしかなかった。
「ハンクのほうこそ、だいじょうぶ?」
「うん。もういっかい、屋敷のなかをみてまわるよ。なにか有益なものが見つかるかもしれない」
「あるいは、外への出口が見つかればいいのだけど」
「ぼくもそのあとで、少し休むことにするから」
「わかったわ。それじゃあ、気をつけてね」
「ヘレンのほうも、ゆっくり休んで」
そうしてヘレンは部屋に入った。ぼくは一階にもどる。
***
あらためて屋敷のなかを見てみることにする。どこかに出口がないか探してみよう。
あの玄関扉の先は、ずっと変わらずに黒い壁が立ちはだかっている。
まずは広間のような部屋。
ちゃんと見ていなかったけど暖炉がある。灰もみあたらないほどきれいだけど、覗きこんでみても煙突はなかった。どこにもつながっていない。ただ暖炉のかたちをしたものがあるだけ。
窓も調べてみるけど、だめだ……出られない。
それから厨房、浴室、庭にも出てみる。井戸のなかも覗く。ひととおり見てみたけど、外へ出られるような場所も、隠し扉とかそういうものも見つからない。
やっぱり出口になりそうなところは見当たらない。
あ、そうだ。地下室もよく見てみよう。もしかすれば、地下のどこかから掘り進めるようなことが出来れば、この屋敷の外へ出られるかもしれない。
とにかく灯りを用意して向かってみる。
まず物置の地下室。ここでもう少し長く過ごさないといけないのなら、またあとでちゃんと片付けないと……いいや、出口を見つけることができれば、そんなことをする必要もないはず。ああ、こんなことを考えるのはあとでもいい。とにかく、今じゃない。
それから血肉で汚れている地下室。
あらためてみると、そんなに広い部屋でもない感じ。
作業台、そして天井から吊るしてある肉塊が並んでいる。その向こうには、向こうには……? え?
灯りをかざしてみるけど、その向こうに壁が見えない。
「うそだ……どうなっているの?」
暗い闇が、その先にずっと続いているみたいに見える。
腕をいっぱいに伸ばして明かりをかかげて、すこし奥に向かって進んでみてもみても、そこに壁が見えない。ずっと奥まで闇が広がっているみたい。
どこかにつながっているのかな? 思わず駆けだしてしまいそうになった。この先の空間はどこまでつづいているの? どこへ向かっているのかな? もしかすると外へ出ることができるかもしれない……そんなふうに思った。
でも、でもまだだ。いったん落ち着こう……焦っちゃいけない。
このことはヘレンにも教えなくちゃいけないし、この地下室の深部を調べるにしても、その前にちゃんと準備をしたほうがいいに決まっている。
***
地下室を出て二階へ行く。二階から飛び降りないといけなくなっても、ここから出れるならそれでもかまわない。
そういえば、あの女主人レッターに案内されているときは、ひどい状態だったから細かなところにまで気がまわらなった。この屋敷には寝室が四つもあるんだ。
そのなかの一つは今、ヘレンが休息に使っているけど、どれも同じような内装で、ベッドは二人でも使えそうなくらい幅がある。思えば贅沢なことかもしれない。
そして四つめ部屋。ここの机には、きちんとたたまれて置いてある衣服に二丁の銃とホルスター、それと細長いナイフも置いてある。
戦った相手は三人だけだったけど……もしかすると、ずっと前には四人いたのかな? それとも犠牲者? いいや、そんなふうには思えない。部屋はきれいな状態で整えてある。それにこうやってきちんとたたまれて置いてある服、この銃とホルスター……まるで、亡くしてしまった仲間を弔うような、そんな雰囲気というか、そんな感じがする。
少し迷った。でも置いてある銃を手にとってみた。どちらも単発式で、それなりの年季が入っている。どうやらナイフは、この銃の先端に取りつけられるみたいだ。
だとしても、どうして使わなかったんだろう? それとも使えなかっただけなのかな。ところどころにサビが浮いていて、銃口のあたりには、かすかにススがついている。撃ったあとに、そのままにしていたみたいな感じ。
もしかすると、あの女主人レッターがぼくを生け捕りにして、下僕かなにかにさせたがっていたのは、かつての仲間の面影を見いだそうとでもしてのかな? そんなことがあるのかな? まさかね、そんなことあるわけない。どっちにしても、たしかめるようなこともできない。
なにか、べつの考えも浮かんできた。あの女主人レッターは、もしかするとわざと負けたのかもしれない。でも、あり得るのかな? わからない。
いったんヘレンの寝ている部屋のところへ戻る。
扉の前で、ぼくは立ちつくした。ちゃんとノックしようか、それともそっと開けて、ほんのちょっとだけようすを見ようか、でも寝ているだろうから起こしちゃいけないような気もするし、黙ってのぞき見るようなことをするのも、なんか嫌だな。
ああ、ぼくも疲れている。疲れているんだ……たぶん。
ベッドに横になって休もう。
あの銃が置いてあった部屋に向かう。どうして? わざわざヘレンが休んでいるところから離れた部屋を選ぶ理由はないはずだけど、なんでだろう? なぜだか引き寄せられるようなものがある気がした。
もしかすると、この部屋で過ごしていた人は、ぼくと似たところがあったのかもしれない。
ベッドに横になる。
たぶんだけど、これは上等なベッドな気がする。まるで住人が少しでも快適に過ごせるように、そんなふうにしてあるみたいだ。
疲れた……まぶたが、なんだか重い。




