第36話 一斉点検後半戦
大城壁の一斉点検もそろそろ大詰め。5日目の夕暮れ時に野営の準備が進められている。
結局3日目と4日目に若干の魔物が襲来し、一時は騒然となるタイミングもあったが無事に乗り越える事が出来た。
この程度は元々想定済みであり、騎士達が混乱する様な事はない。今回の責任者でもあるルーカスの指揮であっさりと処理されていた。
あくまで彼は妹が絡まなければ優秀な男性である。そんな前日までのハプニングも本日は特になく無事に終わりそうな空気だ。
見回りを終わらせたエストリアが少し休もうとテントが集まっている位置に近付くと、何故かオズワルドが調理係に混ざって料理をしていた。
「あ、あれ? オズワルドは食事係ではない筈……」
「お帰り、エストリア。これはまあ、少し手伝おうと思ってね」
料理が得意なオズワルドが、誰よりもスムーズに調理を進めている。同行している調理班の面々も思わず苦笑していた。
ただの野営地なのに、王宮の調理場かと思う程に異様な品の良さがある。これから貴族を相手に野外パーティーでもするかの様。
しかしオズワルドが作っているのは騎士達が食べるただの食事でしかない。
何とも不思議な空気となっているが、オズワルドは気にせず調理を続けている。
以前と同じで騎士達を労う意図があるのはエストリアも理解出来た。
それにエストリアとしても、オズワルドの料理が食べられるのは大歓迎だ。
「でも少しって量では無い様な……」
「昨日まではルーカス殿との話し合いが長引いていて作れなかったからな。その分も込みさ」
「相変わらず律儀ですよね」
王子としてこれで良いのかは、エストリアにも分からない。でもそんな彼の在り方がやはり心地良いと感じている。
わざわざ尋ねるまでもなく、オズワルドは1人だって騎士を切り捨てる様な扱いをしないのだろう。
そんな彼の優しさと心遣いが行動に表れている。本当にオズワルドがオーレルム領に来てくれて良かったとエストリアは心から思った。
この地に生きる領民も騎士も、全てを大切にしてくれる人なのだと彼の姿を見て実感している。
決してそれは口先だけではない。でなければ、こんな事を普通はやらない。
それにオズワルドは無駄に王族という地位を笠に着る事もない。こうして見ていると、本当に理想的な婚約者だなと温かい気持ちが湧いて来る。
「いつも、本当にありがとうございます」
「これぐらい大した苦労ではないさ」
「それでも私は嬉しいです」
これまでに何度も行って来た大城壁の一斉点検。エストリアにとっては慣れたものだが、今回はこれまでと違っていた。
本当に心から大城壁を大切にしようとするオズワルドが側に居てくれている。
オーレルム領に生きる人々にとっては、生活に関わる大切な防壁。オーレルム家にとっての誇り。
領地の象徴に真摯に向き合い、積極的に参加してくれている。オズワルドが直接見に来た事で、これまでよりも良い方向で物事が進んでいるのだ。
王族としての意見を色々と聞く事が出来たのも大きいだろう。国として出来る事と出来ない事、譲歩可能なラインまで全て教えてくれている。
オズワルドのお陰で気分が上々なエストリアは、心からの笑顔を見せる。その表情が可愛らしくて、思わずオズワルドは見惚れてしまう。
「……ま、まあもう少しで出来るから、待っていてくれ」
「はい、楽しみにしていますね」
「出来たら声を掛けるから」
オズワルドは嬉しそうに微笑むエストリアの姿を気に入っている。彼にとって最も美しい光景であり、この姿を見る為なら何でもやるつもりだ。
もちろん領民達や騎士達、そしてレアル王国に住まう国民達の事も大切に思っている。
彼らの為にも当然働いているが、一番はやはりエストリアである。
この場でこうして料理をしているのも、エストリアに食べて欲しいという想いもある。
それが全てではないが、料理を覚えた切っ掛けを思えば真っ当な想いである。大切な人の為に、その気持ちが始まりなのだから。
オズワルドが料理を作り終わる頃には、すっかり日が落ちていた。
「今回は少し味付けを変えてみたのだが、どうだろうか?」
「さっぱりしていて美味しいです!」
「そうか! それなら良かった」
夜とはいえ夏期に入ったので、太陽が沈んでも少し暑い。そんな時にあまり濃い物は良くないだろうと、やや薄味のスープをオズワルドは用意した。
これがまた騎士達はもちろん、エストリアにも好評であった。本当ならエストリアの食事は常に自分が作りたいとオズワルドは思っている。
だがやる過ぎると料理人達が困ってしまう。彼らを首にする訳にもいかないし、絶対にオズワルドが食事を用意出来るとも限らない。
だからこうして、エストリアに料理を作れる機会は彼にとって非常に貴重なのである。
並んで食事を楽しんだ2人は、少し風に当たる事にした。大城壁の尖塔を登り、歩廊に出る。心地良い夜風が2人を出迎えた。
「想像以上に大変だったが、この地に来て良かったよ」
「あまり無理はなさらないで下さいね?」
「分かっているよ。俺が倒れては元も子もない」
飲み過ぎない程度であれば許されている酒を、眼下で騎士達が楽しんでいる。
そんな彼らの姿を眺めながら、オズワルドはエストリアの肩を抱き寄せる。
大変な事も多いけれど、こうして皆が笑っていられる様に。そんな事を考えながら、夜空の下で2人は笑い合っていた。




