第32話 新居の予定地
色々な意味で大変だった王都行きも無事終了し、エストリア達はオーレルム領に帰って来ている。
愛する妹の晴れ姿を見られなかったルーカスを宥めたりもしながら、普段通りの生活に戻ったエストリア。
ただし正式にオズワルドの婚約者となった事で、様々な変化が生まれている。
特に大きいのは新居の建築開始である。2人が夫婦として暮らす為の屋敷が用意される事となり、大工達と現地で話し合いつつ工事を進めている。
エストリア様の結婚祝いだと、大工達はやる気満々で作業をしていた。
「浴室は1階にしておくのがオススメですぜ」
「ふむ、特に支障はない様に思うが」
「私はそれで構いませんよ」
まだ土台を用意する段階だが、間取りを今の内に決めておかないといけない。土地を均している間に、凡その配置を相談していた。
2人の新居は要塞都市の外側に建てられる事になった。それはエストリアとオズワルドが、出来るだけ農地の手伝いをする為である。
しかし農地に寄せ過ぎると、今度はオズワルドの政務がし辛くなってしまう。その辺りのバランスを取った丘の上が候補地となった。
要塞都市にも農村にもすぐ馬で行ける丁度いい配置だ。丘の上にあるので、何か起きた場合も直ぐに察知する事が可能だ。
「使用人達の部屋は西側に固めておけば良いだろう」
「洗濯がし易い様に井戸側に出入口を付けてあげて下さい」
「分かりました」
大体の間取りが決まった所で、エストリアとオズワルドは一旦都市内に戻る。
現時点での生活拠点はオーレルム邸であるので、少々手間ではあるが行き来を繰り返す必要がある。
だがそれは2人の幸せな生活の為なので、大した苦労だとは2人とも感じていない。
これもまた結婚に向けての準備として楽しんですらいる。大工に全てを任せてしまっても良かったのだが、どうせなら2人で決めようとなった次第だ。
現場主義な2人だからこその考え方である。ついでに農地を見て回れるので、一石二鳥とも言えた。
夏期に入り暑い日々が続いているが、農民達は元気に畑の手入れをしているのが馬車の中からも伺えた。
「王都も悪くは無かったが、やはりこの風景が一番良いな」
「元気そうな民達を見ていると、私も頑張ろうと思えます」
「そうだな。俺も王族として出来る限りの仕事はしよう」
王座に関する争いが落ち着いたと言っても、それで全てが終わった訳ではない。
むしろこれからが始まりであり、オーレルム領を如何に守っていくかが重要となる。
ここ数年はモアラ大森林から魔物の襲来は起きていないが、だからと言って油断してはいられない。
生態系の変化によって、大群が押し寄せる例は長い歴史の中で何度も起きている。
自然に起きる事だからこそ、いつ何が起きるかは予測不可能だ。
定期的に騎士達が確認と調査を行ってはいるが、絶対という事はない。蓄積された法則はあっても、外れてしまう時だってあるのだから。
「そろそろ壁の一斉点検も始まりますからね」
「エストリアも参加するのだろう? ならば俺も同行しよう」
「結構大変ですよ?」
「構わないさ。ただ報告を聞くだけは性に合わない」
大森林から魔物の侵入を防ぐ大きな石造りの壁。大城壁と呼ばれている長大な壁は、通常の城壁とは違って非常に長い距離に渡って聳え立っている。
国内への侵入を防ぐ目的があるので、その距離は数キロにも及んでいる。日々の点検も当然行われているが、それだけでは不十分である。
学者や技術者も含めた大規模な点検も行わねばならない。特にひと月掛けて行われる一斉点検は、最も重要な確認作業であり泊まり掛けの大仕事だ。
自分達も含めた大勢の命に関わる為に、その重要性と労力は半端ではない。
「オズワルドらしい理由ですね」
「こればかりは昔からでな。癖の様なものだな」
「ふふっ。私と同じですね」
エストリアもまた自分の眼で確かめないと気が済まないタイプだ。彼女は子供の頃から大城壁の点検に参加して来た。
父親や兄達の後ろをついて歩きながら、巨大な壁を見上げて来た。オーレルム家の人間にとっては誇りとも言える代々継いで来た壁。
あまりの巨大さに、初めて見た時はエストリアも感動を覚えたものだ。こんな大きな物を人が作ったのかと、先祖が遺した聳え立つ壁を見ていた。
その時エストリアは、この壁に恥じない大人になりたいと願った。そんなエストリアの始まりとも言える大切な壁を、オズワルドが重要視してくれている事を彼女は嬉しく思った。
「ここからでは分かり難いですけど、本当に大きいのですよ」
「資料では読んだが、実際に近くで見るのが楽しみだよ」
「見ていて面白い物ではありませんけどね」
「そんな事はないさ。エストリア達が国を守り続けてくれた証なのだから」
オズワルドも王子として、国の歴史について勉強している。その過程でオーレルム領の大城壁についても当然学ぶ。
何故作られたのか、どうやって作られたのか。材質や強度、高さについても詳しく教わった。
オーレルム領に来たからには、いずれ側まで行って見てみたいとは思っていたのだ。
だがこれまではわざわざ対魔物の最前線に行く必要性が薄かった。
そもそも命を狙われている危険性すらあったのだから。
しかしそれも解消した今ならば、見に行く事も可能である。
愛する女性とその一族が守り続けたその象徴。それをこの目で見たいという願いを果たせるのだから、彼にとっては十分な意味がある。
「オズワルド……」
「俺は王子として誇りに思っているよ、貴女達が守るオーレルム領をさ」
優しい微笑みを浮かべるオズワルドと、そんな婚約者の姿を喜ぶエストリア。
2人を乗せた馬車は、鮮やかな緑が広がる草原を駆け抜けて行く。




