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38 汚冥界:楼門(アルシャーネ)

 

 黒い瘴気に霞む、朧(おぼろ)げな世界

 渦巻く怨念に沈む、重苦しい世界


 その世界は腐臭にまみれ、重い大気に埋没する


 汚冥界

 邪まなる魂の世界


 四人の人影が、巨大な門の片隅で動く



 ⬛司祭アルシャーネの視点


 ああこれは酷い……

 霞の中に佇む楼門を見てそう思いました。


 まるで汚泥で造られたよう……

 黒く、ドロドロした不快な楼門があるのです。

 楼門の壁は全体的に濡れているようでヌラヌラとして……気持ち悪いです。現世の楼門は、聖地を護り、誇るように佇む厳かな建造物なのに……


 気味の悪い楼門の脇。

 不浄な黒い霞の中に隠れながら、大柄で逞しい神殿騎士様はクラウディーアの意識を回復させました。


「うぐっ……ここ、は……ぅぅ」 クラウディーアは胸を押さえながら言いました。良かった、とりあえず無事そうです。

「ああ良かった、クラウディーアさん」 システィーナさんがよろめく彼女を支えました。「ここは汚冥界のミシェリア島です」

「えっ!? あっ!!」クラウディーアはハッとして「何てことだ! こんな大事な時に、気絶していたのですか!? うっ!」


 クラウディーアは再び胸を押さえました。ああ! 五感を強化していたダメージが!


「申し訳ありません。私のせいです」 と神殿騎士様が謝罪しました。ええ、なぜでしょう!?

「「ええ!? なぜ!?」」 システィーナさんとクラウディーアが同時に聞き返しました。

「私の想定が甘かったためです」

「「想定!?」」


 神殿騎士様はうなずくと説明してくれました。


「汚冥界の深層がこれほど不浄な気に包まれているとは……。想定してしかるべきこと。想定していたら、これほどダメージを負わずに済んだハズです」

「でもそれはコックリだけじゃないよ? 私だって想定してなかったから!」

「立場が違う。俺は神殿騎士だ。もし俺がアヴァン殿のような神殿騎士ならばできていたハズだ」それを聞いてクラウディーアが。

「それならば、神殿騎士殿は同じ条件で気を失わなかったのに私は……僧兵を束ねる者として失格だ!」


 私は皆がそれぞれ自己否定しそうだったので話題を変えました。


「反省は後です。神殿騎士様、もしや霊力で五感を強化はしない方がいいということですか?」

「そうです」

「むう」


 クラウディーアは唸りました。聖剣技を会得した『 聖戦士 』にとって、霊力で五感を強化することは戦闘を有利に進めるために、特に重要なのだそうです。


「想定外は他にもありました。私の考えでは、サマラの肉体は現世の大聖堂にあったため、汚冥界に入ると大聖堂の中か魂のそばに堕ちると考えていたのですが……」

「実際は、島外……」

「ええ。さらに、ムッ!」


 ムッ!? とは何かと思ったその時、霞の中から大きなうめき声が! 同時に腐乱死体が!


     オオオオッッ!!


「 」


 きゃあっ! と私が悲鳴を上げるよりも早く! クラウディーアが一歩踏み出し戦棍を下から上へかち上げるように叩き込みました!


 ボキャッ!!


 はあっ、戦棍が当たった胸から上が跡形もなく吹き飛び! 胴体が後ろの霞の中に吹き飛びました! ああ変わらぬ戦闘力、と思ったのも束の間、クラウディーアは胸を押さえました。


 腰の剣に手を添えていた神殿騎士様が話を続けました。


「さらなる想定外はこれです。汚冥界とはいえ聖地と重なる場所なので、亡者が少ないと期待していましたが」

「かっ、かなりうろついているよねっ」 とシスティーナさん。


 とその時、どこからともなく「ドポンッ」「ゴポンッ」と! 不気味な音が!


「こっ、今度は何!?」とシスティーナさん。

「粘性を持ったモノが気泡を発している音。恐らくヘドロの海が満ちてきたんだ」

「ええ!? そんなところは現世と同じなの!?」

「ゴホゴホッ!」 私は咳き込みました。「霞が! 黒い霞が濃くなってきていませんか!?」

「ゴホゴホ! コックリ、この瘴気はヘドロの海から発生しているのかしら!?」

「ゲホゲホッ! ああ、可能性が高い!」

「ゴホゴホッ神殿騎士殿! 気のせいか……亡者のうめき声が増えていないですか!?」 とクラウ。

「ええ! 増えているようです」


 た、確かに! 霞の向こうでするうめき声が増えているような……こ、ここにいたら良くないのでは!?


「ヘドロの海から逃れるように亡者が集まってきたか海自体が亡者を運んできたか! 進みましょう! 隊長、危険で申し訳ありませんが、殿(しんがり)をお願いできますか?」

「是非もない! 任せてください!」


 私たちは増え続けるうめき声にせかされるよう、足早に楼門へ進みました!

 ああ! 中は暗いです! 神殿騎士様が中を窺います! 現世と同じならばトンネルのように奥行きのある楼門の先は岩山で遮られ、右に曲がるようになっていますが! 楼門の中も先も暗くて……と何かゴツンゴツンと音がします!


「亡者です」


 ああやはり亡者が! 神殿騎士様いわく、亡者が壁に頭をぶつけている音のようです! 暗闇ですが見えたんでしょうか!? 神殿騎士様は腰から剣を引き抜きますと「皆さんは待機してください」と楼門の暗がりへと向かいました! と、しゃがれた威嚇の声がしたと思いましたら、布を叩(はた)くような音が二回しまして、何かが崩れ落ちる音が……と暗がりから神殿騎士様が姿を見せました!


「大丈夫です、行きましょう!」


 ああ! でも暗くて怖いです! 逡巡しているとシスティーナさんが手を繋いでくれました。ああシスティーナさん!


「私が案内します! エルフは夜目が利くんですよ」

「お願いします」


 ああ! 頼もしいです。サマラの魂の糸を強化しながら、暗がりの楼門の中をシスティーナさんに手を引かれ歩きます。床がデコボコしていて洞窟のようで歩きづらいです。前を見ると楼門の先がわずかに赤く……人影が! と思ったら神殿騎士様でした。


 暗い楼門のトンネルを抜け、少しホッとしたのも束の間。

 楼門の出口で右を向くと……


「「っっ!!」」


 ああ……!

 これは……!

 皆が絶句しました!


 町……と言うより……!

 目の前には犇めくような……汚泥の廃墟群が……!!


 システィーナさんが私の心を口にしたのではないかと錯覚する問いかけをしました!


「コ、コックリ! こ、この中を! 通るの!?」

「ああ、サマラの糸が続いている!」


 ああっ本当です! サマラの魂の糸が汚泥の町の中へと続いています!

 町はもう不気味で、気味が悪くて! 歪み、溶け、不規則な造形は、魔物の巣!? 廃墟!? そのどちらとも言える、汚泥で造られたような巨大な建屋の群れが黒い霞の中でそびえています! それは現世の町同様、建屋と建屋の間が狭く、人が通れる幅は五メートルないでしょう! そして現世同様、縦に縦に伸びているので空の赤い光も射し込まず、完全な暗闇で覆われ少し先でも何も見えません! うう、わずかに見える窓や出入り口の穴がまるで魔物の巣穴のようで、今にも何かが出てきそうな……とその時クラウディーアが!


「神殿騎士殿! 楼門の向こうから亡者の声が! かなり多いです!」


 ああ、島の外にいた亡者たちが集まって!

 楼門のトンネル内に無数のうめき声が響き始めました! 躊躇している場合ではないかもしれません! と神殿騎士様が廃墟群をにらみつけながら言いました!


「クソッ! 町にもいる! 至る所で蠢いている!」

「「えっ!?」 」

「神殿騎士殿! 五感を!?」

「ええ、建屋の中で蠢いています!」


 ああ神殿騎士様の目が赤く! あと顔色が! もしや汚冥界についた時からずっと五感を強化したままだったのでは!? 島外の湾で、歩き回る亡者と一度もぶつかりませんでしたが、強化した五感で亡者の動きを把握していたからでは!?


「コ、コックリ!? まさか! ず、ずっと!? 大丈夫なの!?」

「ああ……心配無用だ」

「でっ、でも顔色が!?」


 そうです、顔色が凄く悪いです! さっきは吐血までして、目からも血が出てましたよ!? ああ、システィーナさんの表情といったらもう、何と言っていいか……と神殿騎士様はシスティーナさんの両の腕を優しく抱きしめて言いました。


「大丈夫だ。俺を信じてくれ」 ああ、酷い言い方です。

「~~っっ!!」 今にも泣きそうな表情です! 信用していても心配なんですよ!?

「アルシャーネ司祭、現世の町は修道院まで一本道でしたね」

「はっはい!」


 そうです! 現世の町は、島の沿岸を反時計回りにほぼ一本道でグルリと回っています。今いる島の入口を時計の六時の位置とすると、反時計回りに進んで九時の位置まで行きます! そこに修道院へ上るための九十九折(つづらお)りの階段があるのです! ですがそこに行くまでは一本道とはいえ、途中で家々を避けたり迂回したりで、だいたい二キロほどあります!


「サマラはこの町のどこかにいるのか、修道院にいるのか……くそ、亡者だけではなくミノタウロスもどこかにいるハズなのにっ!」

「「そ、そうかっ!!」」

「皮肉か? まるで『 ラビリンス 』だ!」


 ああっミノタウロスは迷宮(ラビリンス)に幽閉され、迷宮に落とされた幼い子供たちを次々に殺していったという伝説がありますが……ここはミノタウロスに用意され、私たちが落とされた迷宮かもしれません!


「神殿騎士殿! 楼門の中から亡者の声が!」

「分かりました、覚悟を決めましょう! 廃墟群の亡者たちが建屋から出てくる前に抜け、サマラの元へ行きましょう! 先頭は隊長! 糸に沿ってアルシャーネ司祭を護衛してください! 殿(しんがり)は私がやります!」

「「はいっ!」」

「シス! 光の精霊をくれ! 隊長の前、三メートル! 俺の後ろに三メートルの距離で頼む!」

「はい!」


 システィーナさんは光の精霊を呼び出しました! ああ、光の精霊は霞の中でボウッとにじむように光っています! クラウディーアが盾と戦棍を握りなおして気合を入れました。


「亡者め、邪魔をするなら全部まとめて討伐してやる!」

「駄目です、隊長!」

「「えっ!?」」

「貴女は強い! そう、私よりも強い! しかしそれゆえに弱点があります。貴女も把握しているはず!」

「っっ!」 クラウディーアが目を見張りました。


 え!? クラウディーアに弱点!? 神殿騎士様より強いのに!?


「約束してください! 貴女はアルシャーネ司祭を護ることに専念してください!」

「!……承知!」

「では、先に行ってください!」


 その言葉に、私たちは町へと駆け出しました!




もう三月も終わりですね、執筆に時間がかかり申し訳ございません。

関西の方も桜が綺麗です。

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