36 汚冥界:上空
■システィーナの視点
四人で手を繋ぎながらサマラに触ったその瞬間!
突然!
突然だったの!
大聖堂が、突然真っ暗闇に包まれたの!
「「きゃああっ!!」」
「ふおっ!」
「おおっ!」
皆の驚きの声!
ひゃあっ! 明かりが! 光がない!
大聖堂を照らしていた松明の火も!
祭壇を照らしていた燭台の火も!
聖鏡の放つ金色の優しい光も!
全てがなくなった!
完全な闇の世界!!
「ひゃあっ! 皆、どこ!?」
暗くて! 皆がいるか見えない!! 声は聞こえたけど!! ひゃあっ!
「大丈夫だ! 手を繋いでいる! 暗くて見えないけれど、皆いる!」
コックリが手をギュッと握ってくれる! ああ、本当だ! 良かった! 手を繋いでいなかったら大パニックだ!
「ここ! 汚冥界なの!?」
「分からん! だが邪悪な気配がないから、まだかもしれない! 言うなれば『 狭間の世界 』かもしれない!」
「狭間の世界!?」
「ああ! 皆さん!」闇の中でアルシャーネさんが叫ぶ。「サマラが!」
「「えっ!? あっ!!」」
わずかに闇に慣れた目が捉える!
目の前に、サマラがいる! 目の前にサマラがいる! 半透明のサマラがいる! ええっ半透明!?
しかも、半透明のサマラが仰向けに横たわりながら、宙に浮いてる! えっ!? ええっ!? 浮いてるっ!?
「あっサマラが!?」
「おお!」
サマラが!
少しずつ少しずつ、上に向かって動いている! 天に昇っている!
「いや! 我々が下に落ちているんだ!」
「「ええっ!?」」
下に落ちてる!? ああ、言われてみると……!!
そうか! 全てが闇だから気づかなかったけれど! 床がない! 大地がない! 足がバタバタ……!ひゃあっ!! 怖いっ!
「大丈夫だ。大地の感覚はないけれど、背筋を伸ばしていれば普通に立っているようにいける!」
う、うん確かに……でも、怖っ!! 足元の感覚がないから、怖いっ!
ああ! 腰の高さにいたサマラはいつの間にか頭の上に……! って、あれ!? サマラの背中から光る糸が!! 細い細い、髪の毛のような糸が垂れてる!
「神殿騎士様! もしかしてこれは!?」 闇の中でアルシャーネさんが叫ぶ!
「ええ道標です! サマラの肉体と魂を繋げているモノです」
道標があった! 本当にあった! この先に魂があるんだ!
でもっ細いっ! 怖いくらい細いっ! 今にも切れてしまいそうなくらい細い、髪の毛のような糸! ひゃあっ!!
「これは魂が伸びている状態なのかもしれない」
「ああコックリ! でも今にも切れちゃいそう! はわあぁっ!!」
もしこれが切れたら! ひゃあ! 私たち、戻って来られなくなる!?
「アルシャーネ様、この糸を貴女の霊力で補強できませんか?」
「や、やってみます!」
そういうと、闇の中でゴソゴソと音が!
すると、アルシャーネさんの両手と思われる手がほのかに光って! ほのかな光の手はサマラの半透明の体に触れると、ああ薄い光がサマラを包み込んで! そのまま細い細い糸を両手で優しく包みながら……ああ細い糸をコーティングするように、光が包み込んで太いロープになっていく!
ああ! おかげで皆の姿も朧気ながら見える!
「ああ良かった! 皆の姿が見える!」
「ああ!」
良かった! 見える見える!
と、喜んだのもつかの間。発光する半透明のサマラが闇の空に消えていく……ああ、また暗くなった! 皆の姿がシルエットくらいになってしまって。
「はあぁ……」
私は思わずため息をつく。
私たちは、そのまま下へ下へと落ちて行っているみたい。一メートル先のアルシャーネさんがやっと見えるくらいの闇だから、本当に落ちているか分からないんだけれども……サマラを繋ぐ細い糸が足元の方から上って、霊力で補強されたロープが上に昇って行くから……たぶん落ちている。
ああ……怖い……怖い。
キョロキョロと周りを見回す。でも周囲は本当に黒くて黒くて、闇だから……
どこまで落ちていくのか……
ああ……怖い……怖い。
この闇の中に何か潜んでいないか……
怖くて全身の神経が過敏になる。闇の中でアルシャーネさんの表情も強張る……私は恐怖からコックリとクラウディーアさんと繋いだ手をギュッと握りしめたの。とその時クラウディーアさんが。
「大丈夫。霊力で感覚を強化していますが、何も反応はありません」
「そう、大丈夫」
闇の中で頷くコックリが見える。あぁ、ああそうか……。人類でも最強クラスに位置する戦士が二人いるんだよね……きっと大丈夫だよね。
闇の中を下へ下へ……ああ、テラ・メディウス海の大陸棚のよう。
闇の中を下へ下へ……うう、大丈夫って言われても、やっぱり……
うう……怖い……闇が……うう……
とその時!
ゴウッッ!!
風の塊のような激しい音とともに!
世界が一変した!
「「ひゃああっ!?」」
私とアルシャーネさんは同時に叫んだ!
突然の変化と! 突然の苦痛で!
本当に突然で!
きゃあああっ!
三つの苦痛が! 同時に襲いかかってきて来たの!
「「ああっ! 目がっ目がぁっ!!」」
最初は視覚! 突然、目の前が! 真っ赤な光に包まれて!
ああ! 焼かれるように痛い! 目が滲みる! 開けていられない!
「「ああっ! 臭いっ! 鼻が!! 喉が!! 痛い!!」」
続いて嗅覚! 卵が腐ったような臭い!! 火山にいるような、不快さを凝縮したような臭い!! 鼻が痛い!! 鼻の奥が、喉の奥が、焼かれるように痛い!!
「「ああっ気持ち悪い!! 邪念が!」」
最後に精神的感覚! 世界を包む圧倒的な邪念に、心が潰される! 何て酷い不浄な空間なの!? ああ!
目、鼻、心がおかしくなり、頼れるものが耳だけの中、突如聞こえてきたモノがあった!!
「ゥゲオッッ!」
「ゥゴボェッッ!!」
それはコックリとクラウディーアさんの、何かを吐瀉する声だったの!!
「きゃああっ!? コックリ!?」
「ク、クラウディーア!?」
どうしたの!? 目が開けられないから何が起こったか分からない!! それでも何とか滲みる目を開けると!
ああ、コックリが!
ああ!
血を吐いて! 口から下が血塗れで!! ああ! 目と鼻からも血が! きゃああ!
「クラウディーア!?」
アルシャーネさんの声にクラウディーアさんを見ると、やっぱり同様に目、鼻、口から血を流していて! ああ! クラウディーアさんは繋いだ手の力が抜け、後ろに倒れそうになった! きゃああ! 私は彼女の手を握りしめる!
「ゲォッッ……し、まっ……た」 とコックリの絞り出すような声。
「しゃべらないで!? 大丈夫!?」
「グオォ……」
コックリは苦しい息の中、回復の聖魔法を自分にかけた。金色の光がコックリを包む。
ああ、クラウディーアさんは!? と、クラウディーアさんは気絶して!!
「待っていて、クラウディーア!」
アルシャーネさんが片手でサマラの糸を補強し、もう片手でクラウディーアさんを掴みながら回復の聖魔法をかけた。
「グゥッッ……霊力で、五感を、強化していたことが……裏目に出た」
目、鼻、口から流した血をサーコートで拭いながら、コックリはそう話した。ああ! 無理しないで! そうか、普通の感覚の私たちでさえ、目も痛め、鼻も痛めるような状態なのに、この二人は常人の数倍も感覚を強化して研ぎ澄ませているんだもの……!!
「クソッ目が……」
ああ、コックリは薄目だけれど、白眼が真紅になっているのが分かる。まるでヴァンパイアのよう……
私はアルシャーネさんの聖魔法が終わったのを確認すると、気を失ったクラウディーアさんの腰を持って、抱き支えた。アルシャーネさんには魂の糸を補強する役目があるから。
とコックリが咳き込みながら、薄目のまま呟いた。
「ゲホゲホッ、認識が甘かった。……今まで、人魚の国などで何度か汚冥界に入っていたから……その延長上だと思っていた」
「う、うん」 そう、確かに!
「ゲホゲホッ、だがそこは、表層も表層……本当の汚冥界はこれほどに酷い世界なのか……!」
「う、うん!」
コックリは紅い目を擦りながら周囲を見る。
「フゥー……ここは……空の上……か?」
「う、うん!」
苦しい息の中、コックリが周囲を見渡して言った。
そう! 私たちは今、空の上にいる! かなり高い空の上に! ゆっくり落ちてる!
私たちの下には霞のような雲が薄く伸びる! 黒い、霞のような雲が! あれは瘴気の雲!? 不快な重々しい空気の塊!?
その黒い霞の雲の下! 眼下のはるか彼方まで、海と陸地が広がっている!
ああ、海は……紅く、燃えるような……マグマのような紅さの海が、どこまでもどこまでも続いている……! うわあっ遠くの海で、海面から何かがウネウネと天に伸びて……クラーケンの触手!?
陸地には、黒い黒い何かが……あの黒いモノは何!? 森なの!? 不吉な黒い森が続いている! ああ、その森の上に羽根の生えた黒い何かが大量に飛び回っていて!! 何!? ガーゴイル!?
「ああ! コックリ! 真下!」
そう! 私たちの真下!
紅い海の中に、黒い島が!
この世界にも、島がある!
ああ、島の岩山の上に、建物の姿が見える! ああ、麓にも建屋の姿が見える! どちらもボロボロの朽ち果てた廃屋のような姿だけれども! 建物がある!
その頂きの建物の中に、サマラの糸が続いている!
「重なり合う世界ゆえに、ある。この世界にもある……モン・サン・ミシェリア……!」




