35 大聖堂2
■システィーナの視点
美しくて綺麗な大聖堂。
白と黒の床石がチェス盤のように広がっていてね。
その床石には、座ることで磨かれた長椅子が整然と並んで、奥へ奥へと列なっているの。
ああ、天の高い壮麗な大聖堂は天から聖霊が舞い降りてきそう……
大聖堂の正面には聖霊の世界を思わせる祭壇があって、そこには美しい金色の縁を持つ楕円形の鏡が輝いて……綺麗。
そんな美しい大聖堂に、修道院の主立った面々が集まっている。
大修道院長、修道僧長、司祭長、そしてアルシャーネさん、クラウディーアさんが。
その皆の中心に、背が一際高くて体が一際大きい私の神殿騎士がいる。
今、彼の低くて良く通る声が皆の耳に入っていった。
「サマラの肉体はこの現世に存在し、魂は汚冥界に存在する……そしてまだ繋がっている。現世にいながら汚冥界にもいて、なおかつ繋がっている極めて特殊な存在……その特殊な存在が、怨念以外で二つの世界を繋げる『 扉 』になっている」
その言葉に皆が頷く。現世と汚冥界に同時に存在し、繋がっている……繋がっているからこそ魂を戻せるけれども、繋がっているからこそ誰かが堕ちる。そう、それしか考えられない。と大修道院長が恐る恐る質問した。
「では……今サマラに触れると、汚冥界に堕ちるということですか?」
その言葉に、修道僧長と司祭長がわずかに後退った。そうよね、修道僧長も司祭長も汚冥界と繋がった世界に足を踏み入れたことがないから怖いよね。私はコックリと旅をする間に、何度もあったけれども……でもそこは汚冥界のごく浅いところなのか。それでも酷いところだった。
「どこか誰もいない場所に隔離した方が?」
「いえ、今の状況は人が堕ちるほど汚冥界との繋がりは強くありません。扉が閉まっている状態です」
「扉が閉まっている状態」
「『 あること 』をすると、扉が開くのでしょう」
「あること!?」
皆が考え込んだ。あることって、何だろう!? と一早くアルシャーネさんが答えた。
「そういうことですか。『 ミサ 』ですね」
「「そうか!」」
大修道院長たちが一斉に声をあげた。そうだ! ミサを行うと汚冥界が繋がるって言ってた!
「そうです。ミサのうち、第四章は世界に渦巻く怨念を鎮め、汚冥界に堕ちた魂を鎮魂する章……汚冥界に干渉する法術を行うことで、現世と汚冥界との関わりが強くなる」
「なるほど……現世と汚冥界との関わりが強くなることで、サマラの魂と肉体の関わりも強くなって扉が開く……」
そういうこと……汚冥界と繋がらないよう怨念を鎮めるミサを行うと、逆に汚冥界が繋がるという矛盾する謎も解き明かせる。本当に特殊な存在だ。
その時私はふと、サマラちゃんがなぜこんな特殊な状態になったのか、その理由が浮かんできたの。そう、サマラちゃんはたまたまこうなったんじゃなく、必然的にこうなったんだって……
アルシャーネさんに聞いてもらおうと彼女を見ると、何かを考えている。ああ今は話しかけない方が良いのかな? でも何か決意に満ちた表情でもあって……白い肌に黒い髪、黒い瞳だからとても神秘的で神秘的で。綺麗……と、大修道院長が問いかけた。
「サマラの魂を戻すためには、具体的に何をするのでしょう? アルシャーネが戻す役割を担うのですよね?」
「はい……具体的には」 とコックリがアルシャーネさんを見て言いあぐねる。あら、珍しい。
「気遣いは無用です。もう理解しています。仰ってください」 とアルシャーネさん。
「ええ、では……具体的には 汚冥界に入りサマラの魂を探し出します」
「「ええ!?」」
その場に居合わせた全員が驚きの声をあげた! 私もビックリした! えええ!? そうか、そういうことになるのか! ああさっきのアルシャーネさんの決意の表情は、そういうことだったのか!
「ちょっ……何を!?」
「汚冥界に入る!?」
「そ、そんな無茶苦茶な!」
皆が混乱して! そうだよね、私も! とアルシャーネさんが目を閉じて体を強張らせたの!
「ああ、理解はしていますが……やはり怖いですね」 と少しだけ震えるアルシャーネさん。
「ええ、仕方がありません。当然の反応です」
「神殿騎士様……共に行ってくださいますか?」
「もちろんです」
「クラウディーア……ついて来てくれる?」
アルシャーネさんが本当に申し訳なさそうな表情で。その言葉と表情にクラウディーアさんは眉間にシワを寄せた! でも嫌だという意味じゃないの!
「酷い。なぜ私に、最初にお願いしてくれないのです?」
「ごめんなさい。貴女はこの島を守る役だから……」
「同じこと。貴女は私が守ります」
「お待ちなさい! 汚冥界に行くだなんて!」
「何を言うのですか!」
「汚冥界のどこにいるかも分からないのに!」
「いえ、恐らくは魂と肉体は繋がっているため、道標はあるはずです」
「ですが、戻ってこられるのですか!? 普通じゃないですよ!?」
「戻れます。修道僧のフェルメーテの遺体が地下墓地で発見されたことが証拠です。魂となったサマラは、汚冥界でフェルメーテの遺体に触れたのでしょう。魂と肉体が繋がっているからこそ、フェルメーテの遺体は戻って来たんです」
「ですが! ですがやはり聖女をそんな危険な場所に!」
大修道院長たちが言うことは、ごもっともだ。聖女を汚冥界に、なんて……一人の少女を救うためのリスクが大きい、大きすぎるもの。
でもだからと言って、アルシャーネさんは「汚冥界に行かない」なんて言わないと思う。だって……
「待ってください!」司祭長が大きな声を上げた。「このままサマラが死を迎えたら、自ずと『扉』は解消するのでしょう?」
「「そういえば!!」」
「「…………」」
その言葉に、顔を明るくする者もいれば、気まずい空気を出す者もいた。後者はアルシャーネさんたちだ。
「あの……何か?」 と司祭長。
"その通りですが……それは、弱い者を助ける慈愛の修道院が、少女サマラを見捨てるということになりますね"
「「あっ!」」
"先代聖女のリオテールは、自らの命と引き換えに人々を救いました……"
「「!!」」
"また聖霊に怪異解決の方法を問うて、戻せとの啓示を受けておきながら、危険だからとやめるなどとは……聖霊に背くことにも"
「「そんな!!」」
そう、たぶん司祭長たちは純粋にアルシャーネさんの身を案じたことから、そこまで深く考えずに発した言葉だったと思うの。だからアルシャーネさんも彼女たちを責めるようなことは言わないんだと思う。
大聖堂がシンと静まり返ってしまって。だから私はさっきアルシャーネさんに話そうとしたことを、自分の感じたことをアルシャーネさんに伝えてみたの。
「アルシャーネさん。私、思ったんです」
「はい、何をでしょう?」
「通常なら魂と肉体が切れて死んでいるハズのサマラちゃんが、『 なぜこんな特殊な状態になったか 』という理由なんです」
「まあ! ぜひ。ぜひ聞かせてください」 ああ予想外に食い付いてきた。
「はい。サマラちゃんがなぜこんな特殊な状態になったのか……それは子供の守護聖霊シャルトリアの加護と、慈愛の聖霊が残したこの聖地の力が合わさって、悲しく辛い体験をした少女を死の運命から助け出そうとして起こったことなんじゃないかって……」
そう、私にはそうとしか考えられないの。こんな特殊な状態って。
大修道院長たちが、「そうか」という表情でサマラちゃんを見た。それからアルシャーネさんが私の手を取って微笑んだの、ああ綺麗……
「ふふ、実は私もそう思っていたんです。やっぱり、私たちは似ていますね」
「はい! 私たちには、聖霊シャルトリアとミシェリア、さらに聖鏡ルシェリアがついています! きっと大丈夫です! 私も汚冥界に行きます。私は神殿騎士のパートナーですから、私もアルシャーネさんを守ります」
「ありがとう」
アルシャーネさんが霊力を抑えて私を抱き締めた。
ああ、たぶんこれだ。アルシャーネさんがサマラの魂を救う役に選ばれた理由は……この暖かな霊力に包まれたなら、サマラもきっと癒されるはずだもの。とアルシャーネさんが私の手を取りながら皆に話し始めた。
「皆さん。今、サマラは夢を見ていると思うんです」
「夢……」
「夢を」
「汚冥界という、酷い場所に迷い混んだ『 悪夢 』です」
「悪夢」
「汚冥界の」
「それは目を覚ましたくても、覚めてくれない悪夢です」
「目を覚ましたくても」
「覚めてくれない……」
「誰かに覚ましてもらわなくてはいけない悪夢です」
「誰かに……」
「私は、聖霊の啓示がなくても、その悪夢から彼女を救い戻したいです」
皆が納得したその時だったの!
聖鏡ルシェリアが異変に気がついたのは!
"皆さん、サマラの容態がおかしいです"
「「え!?」」
サマラを見ると、ああ! 顔色が土気色になって、全身に冷や汗をかいて! 呼吸も浅くて早い! ええ!? どうしたの!?
「!? どういうことだ!?」
「体力が尽きかけてる!?」
「いや、むしろ体力が回復したはずだ!」
「じゃあなんで!?」
「もしかしたら聖魔法をかけたことで、汚冥界にいる魂が反応を!?」
「そ、そうなの!?」
「アルシャーネ司祭の考えを借りると、汚冥界という悪夢の中で眠っていた魂が目を覚まして、自らが置かれた状況に絶望しているのかもしれない」
「繋がっているから、体に変調が!?」
「ああ、恐らく! このままだと死期が早まる可能性がある!」
ああ、どうしよう!
一刻も早く救い戻さないと!
「今すぐここにいるメンバーで、ミサを行ってください」
「「え!? 今すぐ!?」」
「一刻も早く、救い戻すんです」
「は、はい!」
「我々が汚冥界に入ったら、三十分おきにミサを行ってください。向こうでサマラを見つけたら、すぐに戻れるようにするためです」
「わ、分かりました!」
「シス、司祭、僧兵長、サマラを囲んで手を繋ぎましょう」
「「は、はい!」」
私たちはコックリの言われるがまま、サマラを囲んで手を繋いだ。同時にサマラに触るためだって! そうか、触るタイミングで別々のところに飛ばされちゃうかもしれないのか!
「我々も、サマラも、あまり時間をかけられません! 素早く、慎重に行きましょう」
「「はい!」」
「神殿騎士様、ではミサを行います!」
大修道院長の言葉に、聖鏡を含めた全ての者がミサの第四章を唱い始めると、神聖な大聖堂に鎮魂の詩が響く。物悲しい鎮魂の詩が。ああ素敵だ。とその時。
「見てください、サマラを」 とコックリ。
「ああ!」
「あ!」
「発光してる!」
サマラが薄く、本当に薄くボンヤリと光っている!
本当にうっすらとだけれど!
「さあ、一斉に触りますよ!」
「「はい!」」
「三……二……一……」
四人で手を繋ぎながらサマラを触った!
瞬間!
きゃああああっ!!




